第二十六話 ライバルちゃん襲来!

「兄さーん、また近所に桃ノ花亭の支店が増えるみたいですよー。郵便ポストにチラシが入ってましたー。」

「あぁ、また増えるのかぁ……。最近どんどん支店が増えてるよね……。」

「カルサだけじゃなくて、ブランピュールや各地方の都市にも支店があるらしいね。私は行ったことが無いけど、騎士団の皆にも人気の料理屋だよ。」

「あの料理屋のグループ、僕の普通中等学校時代のクラスメートが社長をやってるんだよね。事業がうまく行っているのは喜ばしいけど、この近くにライバル店が増えるのは少し複雑かなぁ……。」

「まぁ、このお店は常連のお客さんも多いし、チェーン店のレストランとは、別の魅力があると思うよ。シルトのコーヒーやリリィの料理は絶品だしね。」

「えへへ、照れますねー。私も、他のお店に負けないような、もっともっと美味しい料理を作れるようにならないと!」

「僕も、リタリアンだけじゃなくて、色々な創作料理のメニューを増やしたいなぁ……。」

「そうだね……例えばだけど、フルーツやチョコレートを使った、デザートピッツァとかはどうだろう?」

「おお、それは良いかも……!閉店後にでも試作してみるかな……。」


 と、話し終えた矢先、喫茶シルリィの店先に一台の馬車が停まり、中から桃色の日傘を差した女性が降りてきた。濃い桃色と黒色のフリルのドレスを身に纏い、桃色の長い髪を縦ロールにまとめたその姿は、おとぎ話のお嬢様の様だった。(まぁシルリィには本物のお嬢様が働いているのだが……。)


「ごきげんよう、少しお邪魔するわ。マスターのシルトは居るかしら?」

 その人は、燕尾服の従者を従え店内へ入り、スカートの裾を持ち上げて貴族風の挨拶をすると、そう言った。


「あら、噂をすればなんとやらだね……。リッテ、久し振り。」

「久し振りね。アンタも元気そうで何よりだわ。」

「……シルトのお知り合いの方か?」

「ミルちゃんミルちゃん!この人はまさに、さっき話していた、桃ノ花亭グループの社長さんで、兄さんの元クラスメートでもあるリテルーナさんですよー!」

「えっ、この方が!?」

「あら、アナタに会うのは初めてだったかしら。そう。私こそ、桃ノ花亭グループの社長兼代表取締役を務める、リテルーナ・クラッドネスよ。」

「リッテの家は、代々続く商人の家系で、リッテも僕と同じように、学校を出てから家業の飲食店の経営を受け継いだんだよ。リッテは若き敏腕女社長として有名で、小さな街の料理屋だった桃ノ花亭を成長させて、全国に展開したり、凄い社長さんだよ。」

「シルトったら、そんなに褒めても何も出ないわよ……。/// ……こほん。まぁ、堅苦しいのは苦手だから、気軽にリッテと呼んでちょうだい。」

「分かったよ、リッテさん。……私はこの店でアルバイトをさせてもらってる、ミルトニア・レア・ルエルだ。よろしく頼むよ。」

「貴方のことは知っているわ。……話には聞いていたけど、本当に領主様のご令嬢が働いているとはね。むぅ……こんな可愛い看板娘2人をはべらせて、アンタには勿体ないんじゃない?」

「あはは……相変わらず辛辣だね。……所で、今日はどんな要件なの?」

「……えっと、アンタの店の敵陣視察と、私の桃ノ花亭の新店舗を、特別に紹介してあげようと思ったのよ。悔しいけど、アンタのコーヒーとリタリアンは、特別美味しいからね。うちの料理長他、部下を色々連れてきてるから、きっちり視察させて貰うわよ。その代わり、後でうちの開店前の店も見せてあげるんだから、おあいこでしょ?」

「まぁ、そう言うことなら別に良いかな。僕のコーヒーや料理は、そこまで特別なレシピって訳でもないし……。」

「やった!じゃあ決まりね。手始めに、メニューに載ってるコーヒーとピッツァ・パスタ、端から端まで全部頂戴!料理人たち、味をしっかり覚えて帰るわよ!!」


\リョウカーイ!!/


 しばらく、リッテと部下の料理人達は色々と話し合いながら、黙々と料理を食べ研究を続けた。時折料理人から、材料や作り方について聞かれたので、答えられる範囲内であれこれ答えたりして、あっという間に数時間が経過した。


「うー、ちょっと食べ過ぎたわね。でも、やっぱり美味しかったわ。料理長達は、何か分かったかしら?」

「えぇ、パンや乳製品など、一部の材料が良質なのと、マスターの調理が上手なことは分かったのですが……。」

「材料の質で言ったら、当店も負けてないと思いますし、調理法も決定的に何かが違うわけではないのです。なので、何故この味が出せるのかまでは……。」

「うー、何でなの!?何でシルトの料理は、こんなに美味しいのよ!?何か味の秘訣でもあるの?教えなさいシルト!」

「うーん、……僕もよく分からないんだけど、父さんがよく、『料理で一番大切な隠し味は、その料理に込めた思いだぜ。』って言ってたなぁ。何となくだけど、僕もお客さんへの気持ちを込めた料理の方が、美味しくなる気がするんだ。」

「そんなスピリチュアル的な話は聞いてないのよ!何か隠し味でも入れてるんじゃないの??」

「いやー、本当に特別な事は何もしてないんだって。……それじゃぁさ、試してみる?」


 僕は、コーヒーを二杯淹れ始めた。一つは何も考えず、ただ淹れたコーヒー。もう一つは、忙しい中、わざわざうちの店に来てくれたリッテへの感謝と、桃ノ花亭へ応援の気持ちを込めたコーヒー。


「さて、どっちのコーヒーの方が美味しいかな?シンキングターイム!」

「そんなの、今同時に淹れたんだから、変わるわけ無いじゃない!もう……。」

 少々文句を言いつつも、リッテは一つ目のコーヒーに手を着ける。彼女は『やっぱりコーヒーはただのコーヒーだわ。』と言いたげに眉をひそめて二口程コーヒーを啜る。そして、二つ目のコーヒーに手を着けると、リッテの表情が変わった。

「う……そ……、信じられない!」

「ふふっ、分かった?」

「うん……こっちの方が、ほんのり味が柔らかで、何というか、ホッとするわ。」

「ちゃんと気持ちを込めた方が、美味しいでしょ。」

「そうね……。まさかこんな事が隠し味だったなんて……。これじゃぁ、流れ作業のチェーン店じゃ出せない筈だわ……。」

「……うーん、そんな事は無いと思うけどな。どんな形態のお店でも、お客さんが美味しそうに食べてくれる所を見れば、作る方も気持ちがこもると思うよ。」

「そうね……私もこの隠し味、試してみても良いかしら?」

「いいよー。今はお客さんも少ないし、自由に厨房使って良いからね。」


 リッテはエプロンを身に付けて厨房へ入り、しばらく調理したあと、出来上がった一杯のオムライスを持ってきた。


「さて、私の気持ち入りオムライス、食べてみなさい!」

「おお、どれどれ……いただきます。」


 そのオムライスは、何とも言い表せない、今まで食べたことの無いような、甘くて優しい味がした。


「うん!凄く美味しいよ。甘くてまろやかで……優しい味がした。」

「ふふっ、良かった。……シルト。今日は、バー営業も無いし、そろそろ閉店でしょ?この後新店舗、見せてあげるわ。ついていらっしゃい。」

「おお、それは是非行きたいな。」

「さて、私の店に戻ったら、気持ちと味の関係について、更に研究しなきゃね。腕が鳴るわ!」

「……ところでさ、さっきのオムライスには、どんな気持ちを込めてたの?」

「ふふっ、ナイショよ。ナイショ。」

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薬屋のドラゴンさん 真冬 雪々(まふゆ ゆきゆき) @yukiyuki_mahuyu

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