第二十五話 良薬は口に甘し?

「おはよう、フィリゼー。頼まれてた粉砂糖買ってきたよー。」

「おお、シルト!ご苦労様なのじゃ!」

「……シルト兄ぃ、お疲れさま。」


 今日は火曜日。喫茶店も定休日なので、お使いを頼まれた砂糖の大袋を持参し、フィリゼの薬屋を訪れていた。


「よいしょっと……それにしても、薬屋さんってこんなに沢山砂糖を使うんだね……。」

「うむ。基本的に薬の素材は、苦味や雑味が強いからの……。飲みやすくするためには、砂糖や蜂蜜は欠かせないのじゃ。」

「確かに、『良薬は口に苦し』とは言うけど、飲みやすいに越したことは無いよね。僕も昔、風邪を引いた時とかに飲む、苦い粉薬が苦手だったなぁ……。」

「それにの、薬に混ぜる砂糖はただ飲みやすくするだけではないのじゃ。砂糖の糖分は脳の栄養になる他、疲労を和らげたり、精神安定に効果もあるのじゃ。もちろん摂り過ぎも良くないのじゃが、糖分は適度に摂取する必要があるのじゃな。」

「へぇ……ある意味、お砂糖も薬の一種だったんだね。」

「……甘いものは正義。」

「……さてと、今日は魔法薬の種類や作り方について教えるとするかの。」

「フィリゼ先生、お願いしまーす。」

「うむ!まずは薬の種類じゃな。初めに薬草などのエキスを皮膚に塗る為に固めた、塗り薬、軟膏、湿布薬。目を洗浄したり潤す点眼薬に、直腸から素早く吸収する坐薬、喉や気管支に薬剤粉末や蒸気を吸い込む吸入薬、坐薬と同じく、吸収が早いのが特徴の舌下薬。これらの薬は『外用薬』と呼ばれ、皮膚や粘膜から成分を吸収する薬じゃ。……次に薬剤を粉状にして溶けやすくした粉薬、それを蜂蜜などで固めて飲みやすくした丸薬、薬剤のエキスを溶かした水薬や、薬剤シロップ。これは口から服用して消化器官で吸収する『内服薬』じゃな。他には、注射器や点滴で注射して血液に薬剤を溶け込ませる『注射薬』や、治癒魔術のように身体自身の状態に直線働きかける『影響薬』などがあるのじゃ。」

「ふむふむ……。フィリゼ、一つ質問なんだけど、飲むと瞬間的に傷を癒やすポーションとか、傷に振りかけると傷を治す粉薬はどの薬のタイプに入るの?」

「良い質問じゃな!身体に取り込んだり触れた瞬間に効果を発揮するタイプの『即効薬』は、薬を調合するときに、発揮する魔術効果と範囲をあらかじめ指定してあるのじゃ。つまり、魔法薬に魔術式を仕込んであるのじゃな。内服や外用が、仕込んである魔術が起動するトリガーになっておって、魔法薬が使用されると、含まれている魔力が瞬間的に発現し、あっと言う間に効果が現れるのじゃ。だから、内服や外用をしていても、『影響薬』の分野に含まれるのじゃな。」

「なるほど……即効薬は元から魔術がセットされた魔法の素なんだね。」

「ただ、瞬間的に作用する影響薬には欠点もあって、治癒が急速であればあるほど身体に負荷がかかって、数時間ほど自然治癒力が低下したり、疲労感が出たりするからの。即効治癒は、戦闘中や急を要する時以外はあまり使わない方が良いのじゃ。」

「ふむふむ……。」

「しかし、頭痛や腹痛、怪我などの苦痛はなかなかに辛い物。身体はいたわりたいが、速く効いて欲しい事もあるじゃろう。そこで登場するのが、『準即薬』じゃ。主に粉薬や水薬で、吸収の早い魔力が血液に溶け込み、身体の治癒力を活性化させて治す薬じゃ。調合の際にある程度効果も指定できて、即効薬程ではないが素早く効き、副作用も幾分柔らかくになるのじゃ。」

「おお、即効性と副作用がちょうどいい塩梅なんだね。」

「そして、ゆっくり効く事によって、効果が長く続き、身体への負荷はほぼ無い『通常薬』は、病気の予防や栄養補給、継続して症状を抑制する薬に使われるのじゃ。これは栄養や成分を通常の消化で吸収する、一番昔ながらの薬じゃな。……と、ここまで説明してきたが、薬の即効性・遅効性の種類については明確に区分されているわけではないのじゃ。服用者の状態や求める効果によって、その都度効き目と効く時間を調節して、一人一人調合するのから、あくまで便宜的な分類じゃな。」

「確かに、薬の用途によっても違ってくるよね。」

「さて、長々と小難しい話をしてても退屈じゃし、試しに一つ水薬のポーションを作ってみるかの!」

「おお、それは楽しみ!」


 フィリゼは背中の白い翼を羽ばたかせ、調合台の上の棚から各種用具を取り出す。身長の低いフィリゼは、屋内でも翼をうまく活用しているようだ。


「さて、まずはミスリル製の鍋に蒸留水を注いで火にかけるのじゃ。」


 蒸留水を貯めた樽の蛇口をひねり、ビーカーに適量を量って注いでから、鍋に移す。アルコールランプの上に金属製のスタンドを置き、鍋を火にかけた。


「ミスリルの鍋か……普通の鍋とはなにが違うの?」

「うむ、ミスリルは強塩基や強酸を始め、様々な薬剤や魔力への耐性がとても強いのじゃ。普通の金属鍋だと溶けてしまうような強い薬剤にも使えるから、とても便利なのじゃ。」

「へぇ、ミスリルの道具って結構高く売られてるけどだけど、そういう利点があったんだね……。」

「次に……ルーヴ、そこの薬棚からヤミスイの種を十数粒とシオサイガイの貝殻を一つ、イカヅチバチの巣と炭化したトーストの欠片を少々持ってきてくれぬか?」

「……んっ。」


 ルーヴは踏み台に乗り、手慣れた様子で薬の材料を取り出すと、フィリゼに手渡した。


「ルーヴ、ありがとうなのじゃ。さて、まずは成分が溶け込みやすいように薬研ですり潰すぞ。ちなみにこの薬研は、この前マーケットで買った奴じゃよ。丈夫で使いやすくて、なかなか気に入ってるのじゃ。」

「おー、なんかそうやって薬の材料をゴリゴリしてると、凄く薬屋さんっぽいね。」

「じゃろう?……シルトもやってみるかの?」

「おお、じゃあぜひやらせてもらうよ……。よいしょ、よいしょ……結構力がいるね、でもちょっと楽しいかも。」

「うむ、その調子じゃ!」

 しばらく薬研で挽いていると、粒状になって材料が混ざってきた。

「そろそろいい頃合かの。そうしたら、挽いた材料を布の袋に入れて成分を煮出していくのじゃ。熱に弱い成分もあるから、低温でじっくり煮出していくぞ。」

「ふむ、お茶とかに似てるんだね。」


 材料を煮出しながら待つこと約10分。成分が溶けだしたのか、薄いこげ茶色に色が出てきた。


「成分が十分に溶け出したら、布袋を取り出して、光魔力粉を加えて魔法薬を合成していくのじゃ。水晶〈クリスタル〉で出来た特殊な調魔棒を使って、魔法薬に仕立てていくぞ。ここから先は、失敗の効かない職人技じゃ。少し集中するのでの、静かにしていてくれ……。」


 フィリゼは大きく深呼吸すると、鍋に調魔棒の先を入れ、とても長い呪文を唱え始めた。フィリゼの純白の長髪が眩く光り輝き、先ほどまでただの茶色い煮汁だった鍋の中身は、七色の光を帯びた。やがて強烈な閃光がほとばしり、光は次第に収束していった。


「……ふぅ。まぁ、こんなものかの。」

「……な、なんか凄かった。魔法薬ってあんな風に作るんだね……。」

「うむ、魔法薬の合成は特殊な技能が必要での、質の良い魔法薬を作るにはそれなりの熟練を要すのじゃ。ほれ、薬を見てみるのじゃ。この透明度と鮮やかな色が、品質の良い魔法薬の証じゃな。」


 出来上がった魔法薬は、透き通った鮮やかな紫色をしており、おそらくこの綺麗な色は、フィリゼの腕前の証拠なのだろう。


「うわー、綺麗な色になってる……。」

「うむ、最後に砂糖とフレーバー数滴で飲みやすいように味を整えてから、冷熱魔法で冷やして瓶に移したら……よし、これで抜瘴薬(ばっしょうやく)の出来上がりじゃ!」

「おお、完成だね!……ところで、抜瘴薬ってどういう薬なの?」

「うむ。抜瘴薬は服用すると、疲労や心の疲れ、溜まったストレスを、瘴気というもやに集めて排出してくれるのじゃ。シルトはいつも働き詰めで、なんだか疲れてそうじゃからの。早速飲んでみると良いのじゃ。」

「うん、ありがとう!じゃあ早速……いただきます。」

 フィリゼから手渡された紫色のポーションを飲み干す。抜瘴薬は甘く爽やかな味に整えられており、とても飲みやすかった。すると……。

「なんだか……少し身体がポカポカするような……うっ!」


\ボフッ!!/


突然、大きな音を立てて、シルトの頭頂部から真っ黒な瘴気が大量に吹き出した。


「けほっ、けほっ……なんじゃこれは!真っ暗で何も見えないのじゃ……。風よ追い出せ、ウィンド・ヴァンティレーション!!」


フィリゼが風魔法で換気をすると、ようやく瘴気のもやが晴れてくると、床にうつ伏せになって倒れている僕が見えてくる。


「シルト、大丈夫か!?」

「うぅ、なんとか……。」

「……ビックリ……した。」

「あんなに瘴気が吹き出すとは……シルト、お主どれだけ無茶してたのじゃ……!」

「うーん、ちょっと最近疲れが溜まってたのかも……。」

「いや、アレはちょっとどころの問題じゃ無いのじゃ……。無理をしすぎて、身体を壊してしまっては意味がないのじゃぞ!」

「……心配かけてごめんね。どうも最近、お客さんが喜んでくれるのが嬉しくて、つい働き過ぎちゃったみたい。だけど、ここまで身体が弱っているとは思わなかったなぁ……。」

「もう……お主は本当に仕事人間じゃのぅ……。こうなっては放って置けぬ、シルトよ!お主、今度から、休日には妾の店に来るのじゃ!治癒は光竜の得意分野、妾が丹誠込めて癒してやろう!」

「おお、それはありがたいな。是非お願いするよ。」

「うむ。妾にお任せなのじゃ!」

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