第二十四話 石の巨人と少年と

「いらっしゃいませー!空いてるお席へどうぞー。」

「……ありがとう。」


 オータムフェスタの終わったカルサの街。今日は心地よい秋晴れという事も相まって、喫茶シルリィを訪れるお客さんの数も、まずまずといったところだった。今は日曜日の昼下がり。お昼を食べに来たお客さんが粗方帰って、忙しさも一段落した所だ。


「……ねぇシルト。あのお客さんは、さっきから何を調べてるんだろうか?」

「うーん、何だろうね。変わった石をルーペで調べてるけど……。」


 喫茶シルリィの窓際の席に座っている、金髪でエルフ耳の少年(エルフ等の場合、見た目通りの年齢とも限らないが……)は、モノクルのような片目掛けのルーペで、小一時間程赤い石を観察していた。宝石商かとも思ったが、宝石の鑑定とはこんなに時間の掛かるものなのだろうか?


「……んー?兄さん、どうかしましたかー?」

「いや、そこのテーブルのお客さんは、一体何をしてるのかな?って話をミルトとしていたんだよ。」

「どれどれ……あっ!懐かしいー!あれはゴーレムのコアですよ!魔法中学の頃、実習で見ましたー!」

「へぇー、そうだったのか。ゴーレムって昔のドワーフが作ってた、でっかい魔導人形でしょ?」

「そうですよー。ゴーレムは石や木、土や鉄なんかで出来た体に、高度な魔法式や魔法陣を刻んだコアをはめ込んで作る自律制御人形さんです。凄く力持ちで、持ち主の為に一生懸命働いてくれるいい子なんですよー。」


「ゴーレムか……カルサ騎士団も雑用を手伝ってくれるアイアンゴーレムが数体居るんだ。あのゴーレムは北東戦争の頃作られて、最初は戦闘用だったんだけど、ゴーレムの戦闘利用が禁止になってからは、重い荷物の運搬とか、防衛設備の修理の為に働いてるよ。」

「今は少なくなりましたけど、今でもゴーレムを作ったり治したり出来る職人さんが居るらしいですー。あのお客さんもおそらくゴーレム職人さんなんでしょうねー。」

「へぇ……。珍しい職人さんなんだね。」


 窓際のテーブルで熱心にゴーレムのコアを調べているその姿は、僕と同じ位の少年らしい見た目にそぐわず、まさしく熟練の職人の風格だった。辞典と思われる本を片手でめくり、たまにメモを取っている。その様子に、僕たちはつい見入ってしまった。


「……あの……あんまり見られてると……気が散る。」

「あっ、すみません。ついジロジロと……。」

「……お客様、それゴーレムのコアですよねー?」

「……うん。……見てみる?」

「あっ、はい!ぜひ!」


 拳大の大きさのゴーレムのコアは、赤いガラスのような透き通った色で、薄い透明な石の板に魔術式を彫って、魔力を通すロウを流し込んだ物が幾重にも重なっている様子が良く分かった。


「うわー!綺麗ですねー!」

「……うん、宝石みたいだ。」

「あー、細かい文字を彫って重ねてあるんだね。」

「……これは僕が治してるゴーレムのコア。……この魔法式の解読……すごく難しい。普通は古代ドワーフ言語で書いてあるけど……この言語は……見たこと無い。」


 少年は魔法式を書き写したノートを開いて見せてくれた。何やら見たことのない言語の文字列がびっしりと並んでいる。


「どれどれ……むむっ!これ昔、古典言語の授業で見た事があるような……ちょっと待ってて下さい!」


 リリィは急いで自室へ駆けていくと、魔法中等学校時代の教科書を持って帰ってきた。


「ありました!なんとなく見たことある文字だと思って調べてみたんですけど、これは吸血鬼族の古代言語みたいですねー!私、吸血鬼族の言語なら多少読めるので、お力になれるかもしれません!」

「本当……!? ……手伝って貰えると……嬉しい。」

「分かりましたー!よーし、頑張っちゃいますよー!」


 それからゴーレム職人さんとリリィは、ひたすらにゴーレムのコアに刻まれた魔術式を解読しようと奮闘した。リリィは元々パズルのような謎解きが大好きなので、古代魔法式の解読は難しいながらも楽しいのだろう。解読と壊れた魔法式の修復が終わったのは、喫茶シルリィも店を閉め、片付けの一通り済んだ午後7時頃だった。


「最後に……このピンを填めれば……。」

「おっ、もしかして……!」

「……うん。……これで……完成。」

「やったー!!ついにやりましたよ!!」


 すっかり打ち解けた2人は、思わずハイタッチを交わして喜んだ。


「お疲れ様、リリィ。疲れたでしょ、コーヒー入れたよ。お客様も是非どうぞ、サービスです。」

「……どうも……ありがとう。」

「兄さん、ありがとうですー。」

「……ところで、このコアの持ち主はどんなゴーレムなんだい?」

「……カルサの東に5リノールラ(約1km)くらいに……廃墟の館がある。……そこの庭園の……庭守のゴーレム。……良かったら一緒に……来る?」

「私も元気になったゴーレムさんを見てみたいですー!」

「そうだね。今日はお店ももう終わりだから、皆で見に行こうか。ミルトは来る?」

「うん、一緒に付いていくよ。」

「じゃあ、支度して皆で出かけよう。」


 ゴーレム職人のお客さんに案内され、カルサの東門を出て街道をしばらく進み、街道から別れる小道を進んだ先に、その館はあった。


「うわー!レトロで素敵なお屋敷ですねー!……でもちょっとボロボロです……。」

「……屋敷の裏にお墓があった。……屋敷の住民は……みんな亡くなって……居ないのかも。」

「うーん、ちょっと不気味だなぁ……。」

「ひえっ、ムカデ!?うわあああああ!ち、近付くなぁー!!」

「きゃー!こっち来ないで下さいー!!」

「わあああ!ミルト、危ない!危ないから剣振り回さないでー!」


 取り乱したミルトとリリィを制しながら屋敷の裏に回ると、そこにはワインレッドに光り輝く、美しいバラの庭が広がっていた。すると、庭の奥から大きな石で出来たゴーレムがやってきた。


「うわぁ……!凄い、本物のゴーレムだ……。はじめまして、ゴーレムさん。よろしくね。」

「私も石のゴーレムを見るのは始めてだよ……。よろしくね。」

「はじめましてですー。ゴーレムさん、おっきいですねー!わー!凄くすべすべですー♪」


 そのゴーレムは人の背丈一つ半程の大きさで、ツルツルに磨かれたような角張った大岩で出来ていた。頭には二つの目らしきものが、ほの暗く白い光を放っていた。ゴーレムは軽く会釈をしてから、ゴーレムに頬擦りしているリリィを優しく掴み、肩に乗せた。


「わー!凄く高いですー!!いい眺めー♪」

「おー、楽しそう……。」


 ゴーレムは職人の少年の前へ来て、彼をじっと見つめる。


「……久しぶり……今日はようやく……君の相方を治せる。……ずっと一人で……寂しかっただろう。」


 ゴーレムは静かに少年の手を握った。言葉は話せないし表情も無いが、喜んでいる様に見えた。しばらくして歩き出し、庭の片隅に横たわる一体のゴーレムのボディの前で止まった。


「あー、この子が壊れちゃったゴーレムさんですかー!」

「このゴーレム君の兄弟みたいな物なのかもね……。」

「あらら、かわいそうだね……。早く修復したコアを戻してあげようよ。」

「……うん。……今からやる。」

 ゴーレムの胸にはめ込まれた石のブロックを引き出すと、コアを嵌める窪みにコアを装填して、ゴーレムの胸に戻した。すると、ゴーレムの目が一瞬眩く光り、瞳に灯りが灯った。ゴーレムは立ち上がると、感触を確かめるように手足を動かし、もう一体のゴーレムと拳を合わせた。


「わー!上手く動きましたー!ゴーレムさん、良かったですねー!!」

「……リリィちゃん……が手伝ってくれたお陰……ありがとう。」


 復活したゴーレムは、近くに転がっていた岩を手に取ると、ガリゴリ食べ始めた。


「……ゴーレムはボディの材料を食べて……身体を修復する。あれは……ゴーレムの食事。」

「わー!ゴーレムがご飯食べるところが見れるなんて感動ですー!」


 すると、感動ムードに包まれていた一同に水を差すように、聞き慣れた呼び声が掛けられる。


「あれー?シルト達に……キリルじゃーん。こっち来てたんだー。」

「あっ、ルーン!どうしてここに?」

「アタシはここの屋敷の主人に、ここの庭の手入れを頼まれてるから、定期的に来て手入れしてるんだー。ここ、知り合いの吸血鬼族の屋敷なんだけど、今休眠期で寝てるから代わりアタシがやってるって訳さ。」

「えっ、寝てるって、あのボロボロの屋敷の中でかい?」

「いやいや、流石にそれは無いってー。この屋敷の裏手にお墓あるでしょ?あそこの棺桶の中で寝てるのよー。吸血鬼族は7年に一度、約1年間の休眠に入るから、今は墓の中で眠りについてるの。」

「へぇ……そうだったのか……。ところでさ、ルーンは何でゴーレム職人さんの事知ってるの?」

「あっ、まだ聞いてなかった感じー?こいつ、キリルって言って、アタシの弟だよー。」

「……リリィ達……姉さんとも知り合いだったんだ……。……遅れたけど……弟です。」

「「えぇー!?」」

「金髪……エルフ……言われてみれば……確かに納得だ……。」

「やっぱり人の巡り合わせって……。」

「本当に不思議ですねー!でも、とっても素敵ですー♪」

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