第二十話 オータムフェスタ編(その5) お酒はだいたい飲まれるモノ

 街はすっかり日が落ち、祭りの灯りが一層輝き出す。カルサの西、西町の北側にある飲食店街の酒場の店先には、椅子や机が出されて、老若男女が賑やかに酒を酌み交わしている。夜の闇をかき消すように、賑やかな声が通りを埋め尽くしていた。


「随分と賑やかじゃの。祭りらしくていいの!どこに入るかの?」

「じゃあそこのお店にしようよ。『赤い三日月』っていうお店なんだけど、僕の昔のクラスメイトがやってて、良い酒が揃ってるんだ。」

「そうなんだ、良さそうなお店だね。」

「とりあえず座ろう。あっ、荷物こっちに置くよ。」


 すると、馴染みのあるウサ耳の女性がやってきた。


「あっ、シルト君!いらっしゃい。うちに来るのは久しぶりね。」

「パレッタちゃん、こんばんは。今日は友達を連れてきたんだ。ザルツ君は元気にしてる?」

「うん、兄さんは元気も元気。大元気よ。でも今日はお客さん多くててんてこ舞いね。いまは少しお客さんが引いたけど、今頃カウンターの方でくたびれてるでしょうね。」

「オータムフェスタは野外テーブルもあって大変だね。」

「そうね。でも書き入れ時だし、頑張らなきゃ!はい、これメニューね。今日はどうする?」

「僕はとりあえずビールかな。おつまみはチーズと角切りベーコンの盛り合わせを頼むよ。」

「妾は……おお!竜人族の焔舌酒(えんぜつしゅ)があるのじゃ!じゃあ妾は焔舌酒をロックで頼むぞ。あとこのこだわり自家製生ハムという奴を頼むのじゃ。」

「私はどうしようかな。うーん、メニューを見てもよく分からないな……。」

「……ミルトは初めてだし、サワーか甘めのワインとかが良いんじゃないかな?」

「お酒は初めてなの?だったら、ポルタガル産の甘口のロゼワインがおすすめよ。フルーティーで見た目も綺麗だし、きっと気に入るわ。」

「うん。じゃあ、それにしようかな。」

「おつまみは妾の生ハムとか、シルトのチーズをつまむと良いのじゃ。」

「決まりね!今用意するわ。」

「お願いするのじゃー。」


 暫くすると、久しぶりに見た懐かしい彼が、注文の品を持って店の中からやってきた。


「……シルト、久しぶりだな。来てたなら俺を呼べば良かっただろ。」

「ザルツ君、久しぶり!変わり無さそうだね。今日は友達を連れて来たんだよ。」

「こんばんはなのじゃー。」

「お邪魔してます。」

「お嬢さん方、いらっしゃい。小さい店で相済まんが、ゆっくりしてってくれ。さて、注文の品だ。シルトはいつも通りビールとチーズとベーコンの盛り合わせだな。白髪のお嬢さんは焔舌酒のロックと生ハムだね。……竜人族の焔舌酒とか世界でトップクラスに度数高い酒だけど、本当に大丈夫か?」

「妾は種族柄、酒にはそれなりに強いのじゃ。心配いらんぞ!」

「それなら止めはしないけど……。……ん?……青髪のお嬢さん、もしかして領主家のお嬢様じゃないか?それがどうしてシルトと一緒に居るんだ?」

「私はシルトの所でアルバイトさせてもらってるんだよ。今日はその縁で、お酒の飲み方について教えてもらいに来たんだよ。」

「へぇ……箱入りのお嬢様に、大人の嗜みを教えてあげるって事か。シルトもなかなかにイケナイ男だな。」

「ちょっと、人聞き悪い言い方しないでよ……。」

「こっ、これは私から頼んだ事だから、シルトの事は悪く言わないでくれ。」

「ふふっ、すまない。ちょっとからかいたくなってね。はい、ポルタガル産のロゼワインだよ。……どうやら俺はお邪魔みたいだし、これで失礼するとするよ。それではごゆっくり。」

「ザルツ君、ありがとうね。」

「……いい人じゃな。爽やかでカッコいい人じゃった。」

「でもウサ耳のせいか微妙に可愛らしく見えちゃってたけどね……。」

「あぁ、彼も結構気にしてるみたいだけどね……。まぁ、取りあえず乾杯だ。」

「よし、とりあえずミルトの分のワインを注ぐのじゃ。」

「あっ、僕がやるよ。」


 栓抜きでワインのビンのコルクを抜く。シュポッと言う小気味よい音が鳴り、ワインの香気が漂う。テーブルの魔導ランプの光を受けて輝く透明のワイングラスに、透き通った薄薔薇色のロゼワインが注がれ、グラスの中で静かにかさを増していく。


「……とても綺麗な色をしているね。」

「そうだね。ロゼワインはとても綺麗なピンク色で、どんな料理にも合うオールマイティーなワインなんだよ。じゃあグラス持って……乾杯。」

「かっ、乾杯。」

「乾杯なのじゃー!」

「じゃあミルトは、最初に一口、口に含む程度で、軽く口の中で転がして。程よく味わってから飲み込んでみて。」

「うん……分かった。」


 ワインを一口口に含み、口の中で転がすように味わう。アルコールの香気と果物のようなワインの香りが口内で花を咲かせ、ふんわりと鼻に伝わる。ゆっくりと飲み込むと、僅かに喉が焼けるような感覚が伝わって来る。


「んっ……。ふぅ……。」

「……どうかな?」

「……少し独特の風味と言うか、アルコールが少しツンとはしたけど、飲みづらくは無かった……かな?……でもこの感じ、嫌いじゃないかも。」

「ふふっ、それは良かった。じゃあ次は、このチーズを食べてみて。」

「うん……はむっ。……これは、少し塩気が利いている……のかな?」

「そうそう。少し塩辛いものを食べると、ちょっと喉が乾くでしょ。」

「たっ、確かに……。」

「そうしたらさっきみたいに、少しずつワインを飲んでみるといいよ。」

「わっ、分かった。」


 再びワインを一口口に含む。口内に残った塩気を洗い流すように、ワインが心地よく口の中を巡り、立ち上ったアルコールとワインの良い香りが嗅覚を支配する。少し意識がふわっとしてきて、ワインを飲み込む時の微かな刺激すらも、次第に心地よいものに感じてくる。


「……うん。さっきより飲んだときの違和感が無くて、むしろアルコールの香りが心地いい。不思議な感覚だね。これ、なんだかクセになりそう。これが……これが、お酒が美味しいって言う事なのかな?」

「ふふっ、分かったかな。でも、最初だから、少しずつゆっくり飲んでね。」

「……うっくぅぅぅ!!この喉が激しく焼けるような痛みと熱さ、それを過ぎるとやってくる甘みが堪らないのじゃぁ~!うーん、たまに飲みたくなるふるさとの味じゃな。」

「……フィリゼみたくアルコール度数高いお酒を一気飲みすると、竜人族みたいな特殊な種族じゃないと普通ぶっ倒れるし、具合悪くなったり、最悪死ぬから絶対やっちゃダメだよ。」

「うっ、うん。流石に私もアレは無理だと思う。」

「……焔舌酒は竜人族に伝わる蒸留酒での、白銀麦と言う上質の麦とジャガイモで作った種酒を、昔から伝わる特殊な道具で80回程蒸留した酒なんじゃ。アルコール度数96度のほぼアルコールだけのスピリッツなんじゃが、慣れるとなんとも癖になる旨さがあるのじゃ~♪」

「アルコール度数96って、引火したらむっちゃ燃えるよね……。と言うかフィリゼ結構酔ってない?フィリゼが一杯で酔うなんて、そのお酒よほど強いんだな……。」

「大丈夫じゃ♪このくらいなんてことないぞぉ♪元々、竜人族のお酒じゃからなぁ!あははははっ!」


 ……フィリゼは酔うと、性格がいつもに増して少し子供っぽくなる。白い肌には程よく血色が浮かび、身体を揺らして、とてもごきげんな様子だ。酔った時のフィリゼは、少しルーヴに似ているような気がする。


「どうみても酔っぱらってるようにしか見えないんだけど……。まあ、楽しく飲めるなら、いいけど。」

「ふふっ、酔ったフィリゼを見るのは初めてだけど、なんだか楽しそうだね。……私も、少し酔いが回ってきたみたいだ。」


 ミルトは、ほろ酔いの様子で、少しずつおつまみを口に運び、ワインを飲みながらたまに話して、僕とフィリゼを眺めている。……ほろ酔いのミルトは、白い肌の端正な顔付きに、ほんのり朱が差して、何というか……とても色っぽい。二人とも、普段はあまり気にしていなかったが、とても美人さんなのだ。


「……うん?シルト、どうしたの?私をじっと見つめて、何か変な所でもあるかい?」

「いっ、いや。その……ミルトがすごく綺麗だったから、少し見とれちゃって。あはは、ごめんね。」

「きっ、綺麗……か。ふふっ、ありがとう。///」

「シルト~!妾は?妾はどうなのじゃ?」

「もちろん、フィリゼも可愛いに決まってるよ。」

「そうか!えへへ~♪嬉しいのじゃ~♪」

「むぅ……。だったら、シルトはフィリゼと私、どっちの方が好みなんだい?」

「あっ!それは妾も気になるのじゃ!」


 向かい側の椅子に座っていたフィリゼとミルトは、僕の両隣の椅子に座ってきた。


「シルトの好み、私に教えて欲しいな。」

「観念して、正直に答えて欲しいのじゃ。」

「妾か」

「私」

「「どっちが好き(なのじゃ)(なんだい)?」」

「うっ!……うっ、うーん。……どっちかなんて……僕には決められないよ。二人とも、本当に可愛いからね。」

「うーん。……煮え切らない回答だけど、」

「まぁ、及第点じゃな♪嬉しいぞっ♪」

「私と居てくれて、本当にありがとうね。シルト。」

「妾もじゃ。シルトと居ると、本当に楽しいのじゃ。これからもよろしく……なの……じゃ……。」

「シルト、本当に……大好き……だよ……。」

「あっ……ありゃ……。二人とも寝ちゃったなぁ……これどうやって連れて帰ろうかな?」


 結局、力魔法で筋力を強化して、ミルトを背中に背負い、フィリゼを抱えてシルリィへ帰った。帰り際に、ザルツや街の知り合いにむちゃくちゃおちょくられたのは、有る意味良い思い出だ。こうして、カルサのオータムフェスタの一日目が幕を閉じたのであった。

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