第十五話 美味しいパンはいかが?
「こんにちはー!パンのお届けでーす。シルトいるー?」
「こんにちは。お疲れさまです。シルトー、パンの納品だよー。」
「あっ、リテラ姐さんだ!」
「はいはーい。リテラ姐さん、配達お疲れ様。」
リテラ姐さんと呼ばれる彼女は、喫茶シルリィのお隣にあるパン屋さん、カルサベーカリーの看板娘、リテラ・ブレッドだ。僕とリリィにとっては、幼なじみでもある。ロングスカートのワンピースに白いエプロン、黒縁眼鏡がトレードマークの元気なお姉さんだ。
「ふふっ。すぐ隣なんだから、手間ってほどじゃないわよ。いつものサンドイッチ用の食パン2斤とバゲットが三本、あとはピザ生地ね。」
「はい、確かに。」
「あとこれ、うちの店のオーブンでピザ焼いてみたんだけど、ちょっと食べてみてくれない?」
「どれどれ……。うん、普通においしいね。」
「私にもちょっとください。はむ。ああ、しっかり焼けてますけど……。兄さんが焼いたピザに比べると……。」
「そう、そうなのよ!どうしてもあのパリッとした食感が出せないのよ!」
「うーん、やっぱり窯が違うからですかねー?」
「やっぱり、ピザは石窯じゃなきゃダメね。」
「それぞれ得意分野があるから、無理にピザ作らなくても良いんじゃないかな?リテラ姐さんの所のパンは本当に美味しいんだから。」
「そうね……。よし!うちはパンで勝負する事にするわ!そうと決まれば、新商品の開発ね。もしよかったら誰か手伝ってくれない?」
「じゃあ、私手伝いますよー!」
「おっ、リリィありがとうねー。」
「じゃあ、リテラ姐さんの手伝いに行っちゃいますが、お店の方は大丈夫ですか?」
「今日はミルトも居るし、大丈夫だよ。気にしないで行ってらっしゃい。」
「兄さん、ミルちゃん、ありがとうです。いってきまーす。」
「いってらっしゃい。」
カルサベーカリーは、通りから見て喫茶シルリィの左隣にある。カルサの中でもかなりの人気店であり、休日は開店前から行列が出来ている事も多い。店先にはオススメのパンを絵と共に書いた手書きの黒板が立ててある。これはリテラ姐さんが毎朝書いている物で、ふと足を止めて見入ってしまう魅力がある。店先や店内の至る所には植木鉢に植わった様々な植物が育てられていて、緑溢れるお店だ。店内は木材がふんだんに使われた落ち着きのある内装で、ゆったり買い物が出来るようになっている。窓際の棚に所狭しと並べられたバスケットには、焼き立てパンがずらりと並び、どれにしようか迷ってしまいそうだ。
「あら、リリィちゃんじゃない!いらっしゃい。」
カウンターに立っているのはカルサベーカリーの名物ママ、アンナ・ブレッドさんだ。シルトとリリィは近所のよしみでよく面倒を見てもらっていて、母も同然の人でもある。すこしふくよかな体型の優しい人だ。
「ママさん、どうもですー。今日はリテラ姐さんのお手伝いに来ました!」
「あら!それはありがたいわね。リテラ、優しくしてやんなさいよ。」
「分かってるわよ、お母さん。リリィには新商品の開発を手伝ってもらうの。頑張るわよ!」
「えいえいおーです!」
二人はお店の厨房にやってきた。
「おっ、リリィちゃん。いらっしゃい。」
この人はカルサベーカリーのご主人、ポール・ブレッドさん。ちょび髭がトレードマークのおじさんだ。
「こんにちは。お邪魔してます。」
「お父さん、少し厨房借りるわよ。」
「構わないよ。好きに使いなさい。」
「ありがとう。」
「じゃあ、まずはどんなパンにするか考えましょうか?」
「それがいいわね。サンドやベーコンチーズパンみたいな総菜パンか、チョコやジャム、ペーストなんかを使った甘いパンにするか……。」
「うーん悩みますねー。でも私、どちらかと言えば、甘いパンが食べたいですー。」
「そうね。じゃあ、甘い菓子パンにしましょう。どんなパンが良いかしらね?」
「そうですねー。……はっ!閃きました!!例えば、チョコパンに入れるチョコを、コーヒーを入れて風味を付けたチョコにしてみるのはどうでしょうか?この前、ミルちゃんと最近出来たショコラティエに行ったのですが、コーヒー味のチョコレートがあったんですよ。すごくおいしかったので、きっとパンにも合いますよ!」
「それは名案だわ!じゃあ、チョコパンに織り込むシートチョコを、コーヒーチョコにしてみましょう。」
「私、シルリィに戻って特濃のコーヒー淹れてもらってきます!」
「分かったわ!私はパン生地を作っておくわね。」
カルサベーカリーの菓子パン用のパン生地は、砂糖とバターが多めの少し柔らかい生地だ。バターはプランツ地方の南、酪農が盛んなパストラル地方のラリホー牧場産の物を使っている。 ラリホー牧場はポールさんの親戚が経営している牧場で、格安で良質なバターが仕入れられるらしい。ラリホー牧場の乳製品は、喫茶シルリィにもお裾分けしてもらっている。
まずは強力粉と砂糖、塩、生イースト(酵母)をボウルに入れ、ぬるめに温めた牛乳をそそぎ入れる。それを纏めて台の上で捏ねる。ひたすら捏ねる。纏まってきたら、柔らかくしたバターを加えて更に捏ねる。台に打ち付けながらひたすら捏ねていく。結構な重労働だが、そこはパン屋の娘、慣れた手付きで生地を捏ねてゆく。目安は指が透けて見えるほど薄くのばしても千切れない位になれば出来上がり。表面が張るように丸め綿実油を塗ったボウルに入れ35℃のオーブンで40~50分程発酵させる。
「ただいまですー。特濃エスプレッソ淹れて貰って来ましたー。」
「リリィ、お帰り。今生地を発酵させてる所よ。その間にコーヒーチョコシートを作りましょう!」
「了解ですー。」
「まずは強力粉とコーンスターチ、砂糖、純ココアをボウルに入れて、少しずつ温めた牛乳を入れて、ホイッパー(泡立て器)で混ぜます。」
「混ぜるのは得意です!任せてください。」
「おっ、いい感じね。じゃあ、リリィが持ってきてくれたコーヒーも少しずつ混ぜましょう。水っぽくならないように調整しながらね。」
「コーヒーの良い香りがしますー。」
「湯せんで温めるから、お湯を用意して……。」
「あっ。私の魔法で温めましょうか?」
「そんな事が……。流石リリィね!一家に一人欲しいわ!ぎゅっ!」
「わわわ、いきなり抱きつかないでくださいよぉ。///」
「むふふー。リリィは本当に可愛いわね。じゃあ、温めたらバターを溶かして、水気が飛んで生地が纏まるまで混ぜてね。」
「よーし。ぐるぐるー、まぜまぜー。」
「そろそろいいかしら。あとはバット(角形の浅い容器)に広げて、魔冷庫で軽く凍らせます。」
「魔冷庫を使わなくても、私の魔法で凍らせますよー。」
「きゃー!リリィったら本当に最高ね!うちの妹にならない?」
「もう、リテラ姐さんったらー。でも、リテラ姐さんの妹になったら、兄さんが泣いちゃいますから、遠慮しておきます。」
「ふふっ、リリィはお兄ちゃんっ子ね。発酵が終わった生地はガス抜きをして丸め、ベンチタイムで20分放置します。」
「ちょっと休憩ですね。」
「……そろそろね。生地をチョコシートが包めるくらいに伸ばしたら、さっきのチョコシートを乗せて織り込んでいきます。ポイントは空気が余り入らないようにする事ね。しっかり綴じ込んだら、麺棒で伸ばします。」
「よいしょ、よいしょ。」
「伸ばした生地を三つ折りにして、畳んで向きを90°変えてまた伸ばします。」
「これを繰り返すわけですね。」
「3回位やったら、生地をカット。引っ張りながら捻ります。」
「ねじねじ。」
「そしたら霧吹きで水をかけて二次発酵を20分。」
「お茶でも飲んで待ちましょう。」
「最後に、もう一度霧吹きをして、200℃に余熱したオーブンで10分くらい焼きます。」
「わくわくですー!」
「じゃーん!!新商品、コーヒーチョコパンの完成です!」
「では早速……。うーん!焼きたてパン美味しいですー!」
「ほのかに香るコーヒーの香りが良いわね。リリィ、手伝ってくれてありがとうね。」
「えへへ、どういたしましてですー。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます