第9話 デタラメな建国神話

「四人同時に転移させたか……想像していたよりローラの魔力は強大でした。父上はローラの力を把握しておいででしたか?」


 部屋に残されたフェリクスは、妹の力に少しばかりの嫉妬を覚えながら、父に尋ねた。


「あそこまでとは思わなかった。ローラの力は生まれてすぐに封印したからな。成長して、魔力が増幅したのだろう。魔王の脅威があったから、力を抑えるにとどめていたが、今度こそ母上にローラの力を封印してもらおう。あの力が悪用でもされたら、世界の均衡が崩れてしまう……やっときたか」


「殿下ーー! ご無事ですかっ⁈」


 ドドドっと近衛騎士団と、魔法師団がフェリクスの執務室に流れ込んできた。


「陛下までおいででしたか⁈ 凄まじい魔力を感じたのですが⁈」


 魔法師団長のマシューズが、ずり落ちそうなメガネをあげて、ぜいぜいと肩で息をしながら部屋中を見回した。

 王が片手を上げて、皆を落ち着かせる。


「騒ぐな、何もない。フェリクスの魔力だ」


「フェリクス様の⁈ そうでしたか、あれほどの魔力をお持ちでしたとは……ローラ様も強大な魔力をお持ちですが、ローラ様をはるかに凌駕する魔力ですね」


 マシューズが驚きに目を見開きながら、羨望の眼差しをフェリクスに向ける。

 フェリクスは心中複雑だったが、賢明なフェリクスはそれを悟られるような顔はしない。


「何も問題はない。わかったら下がりなさい」

 王が退出を促す。一同はほっと安堵の息をつきながら、フェリクスの執務室を後にした。


「父上、正直私は複雑です。あの力が私にあったらと」

 父と二人きりになり、フェリクスは思わず本音を漏らした。


「フェリクス、それは私も同じだ。あの子は特別な子だ。ローラには始祖の血が色濃く受け継がれている」


「始祖の血? 建国神話に出てくる、黒髪黒瞳の魔法使いですか?」


 建国神話では、黒髪黒瞳の魔法使いがドラゴンを従え、その強大な魔力を持って、愛する騎士と共に魔族を滅ぼし、リシュタイン王国を築き上げたとされている。


「そうだ。ドラゴンを従え、騎士と共に魔族を滅ぼしたとされているが、だいぶ美化されている。物語と史実は異なるのだよ…」


 王は、王家にのみ伝わる史実を初めてフェリクスに語った。


***


 リシュタイン王国の始祖、サーラ。

 両親を早くに亡くしたサーラは、その身を立てるために、魔物退治を請け負っていた。


 若干十五歳の少女が、ろくな装備も持たないのに、強力な魔法で次々と魔物を倒していくというその噂は、たちまちに広がっていった。


 そして、噂を聞きつけた見目麗しい騎士が、サーラのもとに訪れた。

 今まで荒くれた男しか見たことのなかったサーラは、一目で騎士に恋に落ちた。


 騎士は隣国の貴族だった。領民が魔物に苦しめられている。自分の力だけでは、すべての魔物を退治することはできないと思い、噂を頼りにこの地までやってきたという。


 サーラは二つ返事で魔物退治を引き受けた。


 魔物をぶっ殺すのは簡単だ。

 でもサーラは困っていた。なぜなら初恋の騎士に、魔物をぶっ殺す姿は見られたくなかったからだ。

 騎士は魔物を見て怯えるサーラを見て(もちろん演技)、噂は所詮噂だったのかと、依頼を断ろうとした。


 それに慌てたサーラは、ほんのすこしだけ力を出して、騎士の後ろから魔物に魔法を放った。


 それでも威力は十分だったので、魔物は虫の息寸前となった。そこに騎士がとどめの一撃を入れたのだが、恋しい人の背中に守られるという快感をサーラは知ってしまった。


 騎士のために魔物は退治したい。でもその姿は見られたくない。か弱い少女だと思われたい。

 なんともバカらしい悩みだが、サーラは真剣だった。


 魔物の数は膨大だ。一匹一匹退治していっては、おばあちゃんになってしまうし、領民が安心して暮らせる生活を手に入れたいという騎士の願いも叶わない。


 そこでサーラは妙案を思いついた。

 そうだっ! 空から魔物を一気に攻撃してしまおうと。


 サーラは『一年だけ時間をください』と騎士に頼み、騎士の前から姿を消した。


 その間に、サーラはドラゴンを見つけ出し、その魔力を持ってドラゴンを隷属させた。要は死ぬギリギリまで痛めつけ、ドラゴンに服従を誓わせたのだ。


 そして空高く舞い上がったサーラは、魔族の魔力のみ感知して攻撃するという、なんとも都合の良い魔法を編み出し、魔物を一斉に攻撃した。


 一人だけやたらめったら魔力の強い魔物もいたような気がするが、その魔物にはありったけの魔力を込めて攻撃魔法を食らわせた。


 その魔力の強い魔物は、おやまあなんとびっくり!? 魔王だったとさ。


 結果的に魔王を退治し、魔族を一掃したサーラは、いそいそと騎士の元に戻っていった。


 サーラは騎士に、ドラゴンの力で(実際はドラゴンの飛行力を借りただけだが)、魔族を一掃したと告げた。

 英雄となったサーラは、騎士がなんでも望みを言ってくださいと言ったので、ちゃっかり嫁にしてもらった。

 

 そうして、二人でリシュタイン王国を築いたという。


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