第8話 魔王殺っちゃいました

「だ、だから、もう魔王は倒しちゃったの」


 姫様は、えへへっと言わんばかりに照れている。

『クッキーちょっと焦がしちゃったの』というのと同じノリだ。これでは魔王も成仏できないだろう。


「まさか……だが、あれから三時間しか経っていないぞ? 魔力を解放したとき、苦しくはなかったのか? お祖母様は数時間は苦しむと言っていたはずだ」


 フェリクス様は驚きを隠せないながらも、冷静に聞き返す。アレク様とリディ様は驚きのあまり言葉を失っていた。


「苦しかったわ。あまりに苦しくて死んでしまうかと思ったぐらい……でも二時間ぐらいでふと体が楽になったかと思ったら、信じられないぐらいの魔力が体から溢れていたの」


 姫様はその時の苦痛を思い出したのだろう、苦しそうな表情を浮かべた。


「なら、それから一時間しか経っていない。魔力を解放したところで、一時間で魔王の元にたどり着けるとは思えない。本当に倒したのは魔王だったのか?」


「ケンタウロスを半殺……と、友達になって道案内してもらったの。歩くと時間がかかるから背中に乗せてもらって…あと、回り道するのは嫌だから壁にちょっとだけ、ほんのちょっとだよ⁈ あ、穴を開けてね、それで魔王まで一直線でたどり着いたの……」


 言い方はなんとも微笑ましいが、要はケンタウロスをぼこぼこにして乗り物にし、壁を破壊して魔王まで最短距離でたどり着いたらしい。


 さらに姫様は続けた。

「で、でも魔王に間違いはないわ! だって魔王が『ケンタウロス! 儂を裏切ったな!』って言ったら『ま、魔王様! お許しください』って言ってたもの!」


 気の毒なケンタウロス。魔王を裏切るなんて、どれだけ姫様にボコられたんだよ。


「魔王はすぐに倒せたのか? どれ程の力だった?」

 フェリクス様が問いかける。


「魔力は強かったと思う。最初に『ケンタウロス共々引き裂いてくれるわ!』って言って、風の魔法を使ってきたの。だから、慌てて結界を張ったわ。でも急に増えた魔力がうまくコントロールできなくて、結界が十分じゃなくて……で、でも攻撃魔法は上手くできたのよ! 魔竜を召喚したら、一回の攻撃で倒せ…た…から……」


 魔王を倒したあたりの時の姫様の声は、限りなく小さかった。アレク様に聞かれたくないのだろう。無駄だけどね!


「ケンタウロスにまたがって……壁を破壊……」


 フェリクス様は頭を抱えている。

 どこの国のお姫様が壁をぶち破って、魔王を瞬殺できるのだろう。まさに最強…最恐のお姫様!


「淑女教育やり直しですわね。私が徹底的に鍛えてさしあげますわ」


 リディ様がどこからが持ってきた扇子をビシッと鳴らした。リディ様の扇子を見て姫様が、ひぃっと震え上がる。

 どこぞの変態貴族が見たら、喜びに打ち震えるシーンだ。ぜひハイヒールを履いて臨んでもらいたい。


「王女様なのに、ワイルドっすね! はい、嫁の貰い手なし確定」と、言いながら俺はちらっとアレク様を見た。


 ほら!

 アレク様、俺いいパス出しましたよ?

 ここでローラ様が俺がもらうから心配ないの一言を!

 なのにアレク様は「ケンタウロスっ……!」と奥歯を鳴らしながら呟いている。


 えーっ⁈ そっちー? 


 アレク様、嫉妬の方向性おかしくないっすか⁈

 アレク様ほど高貴な身分になると魔物にまで嫉妬するのか。さすが上級貴族、思考が斜め上だ。


「行動は褒められるものではないが、魔王の討伐はよくやった。だか、結果論だからな! アレクとリディの心を思えば、お前の行動は決して許されるものではない。それは分かっているな?」


「はい、お兄様……アレク、リディ、カイン、本当にごめんなさい」


 姫様はさっきからアレク様とリディ様の方を向いていない。顔は俯いたままだ。きっと気まずいんだろうな。


「ローラ、こっちを向いて?」リディ様は顔を上げるように姫様に促す。


「う、うん」姫様はおずおずと顔を上げた。


「ローラはわたくし達を守りたかったのでしょう? その気持ちは分かるわ。でも、ローラと同じように、わたくし達もローラが大事なの。いくらローラが強かったとしても、わたくし達の強さを信じてほしかった。ローラ程じゃなくても、王国筆頭の魔法騎士と白魔法使いなのよ?」


 姫様はローブの裾をぎゅっと握り締めて、ぽろぽろと涙をこぼした。


「…うっ…ふ……ごめんね、リディ」


「それにね、アレクは魔力がない状態で、転移魔法を使って、ローラの元へ行こうとしたのよ」


「……っ⁈ そんな、そんな危険なことを……アレクっ…ご、ごめんなさい……」


「ローラ様、ご自分を責めることはなさらないでください。全ては私の弱さが招いたことです。私がもっと強ければ、ローラ様がお一人で魔王を倒そうなどと、思わなかったはずです……あの時、私にローラ様の結界を破る力があったら……」


「ち、ちがうの! そうじゃないの……わたくしはっ……っ!」


 その時、バターンを扉を開ける音がした。入ってきたのは王様だった。


「お父様っ!」


「やはりローラか! 無事でよかった……その魔力、魔王は倒したのだな?」

 疑問形ではあるが、王様は核心に近い聞き方をした。


「はい、お父様、跡形もなく消滅したのを確認しました」


「そうか……それならローラ、今すぐお祖母様の所に転移して、魔力を封じてもらいなさい。今のそなたの魔力、城中の者が感知できるほど強い。魔法師団が感じたことのない魔力に危機を感じ、騎士団と共に隊列を組んでこちらにやってくる」


 確かに、複数の足音がだんだん近づいてきていた。


「父上、それなら四人一緒に転移させなければなりません。魔王討伐に向かったパーティに、ローラだけがいないのは不自然です」


「確かにそうだな。お祖母様の元に転移してすぐに魔王を討伐したと、私宛に手紙を書きなさい。そして、一週間後に城に戻ってくるように。ローラ、四人一緒に転移はできるね?」


 王様が姫様の頭を優しく撫でる。


「はい、お父様。もちろんです」


 姫様はにっこり笑って呪文を唱えた。俺達は青白い光と共に、その場から消えた。

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