ファビアンのデザインがあまりにステキだったので

 約一週間の学園の冬期休暇。

 フィーネは、バルドゥール、リーゼロッテ、リーフェンシュタール侯爵家の末娘ツェツィーリエとその婚約者であるファビアンとともに、リーフェンシュタール侯爵家領地の城に帰省していた。


 夜間にひどく雪の降ったその翌日。

 早朝から、リーフェンシュタール城はいつにない騒がしさに包まれつつある。


「おいおい、結婚準備にかまけているうちに、ちょっと鈍ったんじゃないか、リーゼロッテ? それでよく“ジークヴァルト殿下のことは、私が一番側近くで生涯守ってみせる”だなどと言えたものだな」

「まあバルドゥール、見習いとはいえ王国の騎士であるあなたを簡単に打ち負かしては恥をかかせてしまうかと遠慮したわたくしの優しさが、あなたには伝わらなかったようね? ……少しばかり本気で行くわよ!」

「はっ、手加減など無用だ。全力で来い!」

「ちょ、バル先輩、お姉様、いくらヒーラーわたしがいるからって、あんまり無茶しないでくださいねー!? ……いやこれ聞いてないな。ダメっぽい」


 城裏手の演習場、その中央で睨み合うバルドゥールとリーゼロッテは互いを挑発し合って苛烈に槍と剣をぶつけ合い、それを端で見守るフィーネは声を張り上げたが、ものの見事に無視された。


「ま、まあ、お姉様、急に復活した女神様のせいで結婚式急がなきゃいけなくなって、ここのところ忙しそうだったもんね。王都のお屋敷じゃ、いくら広くても街中だから、あんまり派手な音とかは出せないし……。だから、まあ、ようやくの息抜きとストレス解消に、バル先輩が思い切り付き合ってあげてる、的な……?」

 フィーネはそんな風に理屈をつけ、とは言えあまりに激しすぎてただ本気で喧嘩をしているように見えるその現場を、どうにか納得しようと試みる。


「うん、お姉様、すっごいイキイキしてるし楽しそう! だから、良い、……良いのかなぁ? いくら治せるっても、もうすぐ王太子妃になるお姉様が、あんなに大暴れして……。いやもしや、王太子妃になる前にしとけ、ってことかな? ……ていうか、問題は、こんなに楽しそうなお姉様の姿を、ジークヴァルト殿下が見られていないことな気がしてきた。あの人意外と心狭いんだよなぁ……」

 フィーネがそう呟く間にも、リーゼロッテとバルドゥールの手合わせは激化していく。


「あ。魔法まで使いだした。危ないなぁ。いやまあ最初っから真剣使ってたし、元々安全ではないだろうけど。2人とも互いの力量はわかっているだろうしそこまで無茶するタイプでもないけど、これ、万が一のときに私だけでどうにかできるのかな……? っていうか、王城なら私以外にも治癒魔法得意な人いっぱいいるし、あそこでやればいいのに。あそこなら、リーフェンシュタールの別邸より庭広くて騎士団もいるからいくらでもごまかせるだろうし、ジークヴァルト殿下も見守れるし。まあお姉様は、むしろ殿下には見せたくないんだろうけど……」

 フィーネはぶつぶつと不満げにそう愚痴を漏らしてから、ふいに柔らかな笑みを浮かべた。

「でも、こんなにイキイキと綺麗なお姉様を見たら、むしろ惚れ直すと思うんだけどな。はあ、本当に綺麗。私ももっと、こういう風に美しく戦えるようになりたいなぁ……」


 うっとりとしたため息とともにリーゼロッテを見つめたフィーネは、うんうんとうなずきながら一人呟く。

「やっぱり殿下も、この、苛烈で美しい戦うお姉様のお姿、見た方が良いよね。今回は学園卒業、成人王族としての仕事を始めるための準備、急遽の結婚式のための諸々の調整と重なったせいで、こっちに来られなかったし見られないけど。今度お父様に、お城の騎士団の演習に混ざれないか訊いてみようかな? 殿下は知らないお姉様の美しさ、なんて、またバル先輩、嫉妬されちゃいそうだし。殿下拗ねそうだし」


 そう結論を出し、いよいよ互いに遠慮なしの魔法まで使い、正に全力でぶつかり合う2人から視線を外したフィーネは、今度はその反対側、演習場の端に残された手つかずの雪に群がる子どもたちを見る。


「私たちは雪だるまを作る。ファビアンが雪だるまって言ったんだから、それはもう決定事項」

「ツェツィーリエ、そりゃお客様の意見も大事だけど、こんなに人数いるんだからもっと派手に大胆に遊ぼうよ。どうせ作るなら、かまくらとか……」

「待ってカトリナ、ファビアンくんに魔法使ってもらえば、こうガーっと雪寄せて山作れるんじゃない? みんなでソリかスキーでもしようよ」

「え、アデリナ天才! 城の表から持ってくれば、あっちの雪かきも終わるじゃん!」

「でしょー?」

「アデリナ、カトリナ、勝手にファビアンを利用しようとしないで。だいたい、ファビアンはリーフェンシュタールの野蛮人たちとは違うの。本物の天才であるファビアンがこれから作るだろう芸術作品の側で暴れようとしないでよ殺すぞ」

「いやっ、あの、僕はどっちでも……」

 フィーネの視線の先では、ツェツィーリエとアデリナとカトリナがそんな口論を交わし、ファビアンがおろおろしていた。


「うっわ、今殺すぞって言った? まったく、野蛮なのは誰よ

 カトリナが顔をしかめながらそう言った瞬間、ツェツィーリエの瞳がぎっと吊り上がる。

「てちって呼ばないでカトリナ。私は、ツェツィーリエ!」

「はいはい、そんなに怒らない怒らない

「……アデリナ、喧嘩なら買うけど?」


 すとんと低く変じた声で姉たちを威嚇したツェツィーリエを、双子はハッと鼻で笑う。


「ねーカトリナ、ちょーっと前まで自分の名前もまともに言えなくて、てちだのてちたんだの自称していた小さな末っ子が、婚約者ができた途端にずいぶん生意気な口をきくようになったと思わない?」

「そうだねアデリナ。鍛錬からも勉強からも逃げて昼寝ばっかりしてた無気力で甘ったれのツェツィーリエちゃんが、惚れた相手の前だからってさっきからずいぶんかっこつけてるよねー?」


 うなずき合いながら嘲笑する姉たちを静かにまっすぐに睨み返し、ツェツィーリエは淡々と告げる。


「【護るもの】が定まったらのが、リーフェンシュタールの性質。私はもう、じゃない。アデリナとカトリナより先にお父様と国王陛下に認められて騎士見習いになって、王都にも行ってる。過去の私にしか勝てないからってもう過ぎた過去ばかり持ち出すのは、みっともないんじゃない?」


「は? さすがに調子づきすぎじゃない? もしかして、王都のザコどもと遊んでいるうちに、リーフェンシュタール一門の強さ、忘れちゃった?」

「モンスターもろくに出ないようなぬるい環境で騎士ごっこしてるうちに、自分が特別強いとでも思いこんじゃったのかな? 今こそ偉大なお姉様たちが、その鼻っ柱へし折ってあげようか?」

 こちらもすんと冷たいまなざしに変わったアデリナとカトリナが、そう応じた。


 バチバチと、3姉妹がそれぞれ練り上げている魔力が中空でぶつかり合い、爆ぜる。


「うわぁ、あっちもか。血の気が多いなー、リーフェンシュタール。……でももしや、みんなああってことは、これが戦闘民族リーフェンシュタール流のコミュニケーション術? 拳と拳で語り合う、的な。喧嘩するほど仲がいい、みたいな。……本人たちはなんだかんだ楽しんでるっぽいけど、見てる方はこわいし、ヤダなぁ」

 フィーネはそんな独り言を口にしながら、ひきつった笑みを浮かべた。


「雪合戦! しましょう!」

 瞬間、ファビアンが3人の中に割って入っていき、そう叫んだ。


「魔法をぶつけあうのは、ダメです。喧嘩ならほら、ここにある雪で、決着つけましょう。僕はツェツィちゃんと組みますので、アデリナさんとカトリナさんはお2人で。雪合戦です。えっと、コートは確かこんな感じの……? こんなもん、……かな? あ、あと、確か旗があったような……?」

 ファビアンはそう言いながらサッ、サッと杖を振るい魔法を繰り広げ雪を踊らせ色を変え、手早く雪合戦用のコートを作り上げていく。

 左右対称に、センターライン、バックライン、エンドライン、いくつかのシェルターとが次々に出現していく様を、ツェツィーリエは得意げな表情で、アデリナとカトリナは驚愕の表情で眺めた。


 ファビアンが手を止めた途端にぱちぱちと拍手をするのは、ツェツィーリエ。

「さすがファビアンは天才。魔力量に恵まれているだけでなく、コントロールも繊細で美しい。愛してる」

「あ、ありがとツェツィちゃん。いや、今のはそんな大したことじゃないんだけど……」

「これを大したことないと言えるなんて、やっぱりファビアンは大天才。結婚して」

「うん、いつかしようね、結婚。この前両家で正式な婚約も結んだんだから、むしろしてくれなかったら困るかな」


「はいはいいちゃつかないそこの2人ー」

「あっちに旗あったよー。これでいい?」

 甘い空気を醸しつつあったツェツィーリエとファビアンに割って入るように、アデリナとカトリナがそう言った。

 2人の手には、演習場の備品庫の中にあったらしい赤と青の旗。


 それを受け取ったファビアンが、邪魔されてじとりと不機嫌な表情のツェツィーリエを背で遮り、魔法で雪合戦のコートを仕上げていく。

「あ、ちょうどいいですね! ありがとうございます。えーと、……こうして、こう……。これで、完成、かな? 僕が作ったフィールドなので、どっちの陣地が良いかは、お姉さんたちが選んでください。両方同じように作ったつもりではありますが……」


「私たちもどっちでもいいけど……、どうする、カトリナ?」

「んー、じゃあ、なんとなく赤で!」


「じゃあ、私たちが青。ふふ、青はファビアンと私の目の色。いい感じ。この旗は、絶対に守り抜いてみせる……!」

「ツェツィちゃん、勝っても負けても、ここの使用人の方たちのためにも、僕雪かきするつもりだよ? 山にするよ? 雪だるまは、その後で作ればいいんだし」

「うん、もちろんファビアンのことも、私が守り抜いてみせるからね……!」

「うん、あんまり聞いてないね。いつものことだけど。ツェツィちゃんは僕のことになると、急に冷静さを失うなぁ……」

 決意に燃えるツェツィーリエに苦笑したファビアンは、くるりとアデリナとカトリナの方を向き、微笑む。


「ツェツィちゃんはなんか燃えてるんですけど、そんなわけで、僕はこの雪合戦も遊びだと思っているので、仲良く楽しくやりましょう。攻撃魔法は禁止で」

「ええっ」

「それじゃツェツィーリエを叩きのめせないじゃん!」


 不満をあらわにした双子に、ファビアンは更ににっこりと微笑み、告げる。

「僕のかわいい婚約者を、叩きのめそうとしないでください。言っておきますけど、攻撃魔法を可とするなら、僕、ここら辺一体雪崩で飲み込ませること、できますよ。瞬殺されるのは、アデリナさんとカトリナさんだと思いますが」

「はああファビアン、かっこいぃい! 大好き! 今すぐに私と結婚して!」

「ツェツィちゃんの気持ちは嬉しいけど、法律的に今すぐは無理かなぁ……」


「……なんっか腹立つね、アデリナ」

「そうだねカトリナ。だけじゃなく、ファビアンくんも、けっこう生意気」

「もう、ハンデくれやがったことを後悔するくらいまでボコボコにするしかなくない?」

「それ。うちらのこと侮り過ぎ。攻撃魔法禁止ってことは、身体強化はOKってことだよね?」


「ふっ、姉たちこそ、ファビアンを侮らない方が良い。私の最愛の旦那様は、防御をさせても強い」

 この上ないドヤ顔でそう言い放ったツェツィーリエに、ファビアンは苦笑する。

「うん、まだ僕ら結婚してないよ、ツェツィちゃん。うーん、でも確かに、障壁バリアを使っても瞬殺できちゃいそうだな。そしたら僕、杖は……、あ、フィーネお姉ちゃん、僕の杖、持っててもらっていい?」


「っはあー!? クッソ生意気! 私たちの相手は、杖なしで十分って? カトリナ、あいつら、ボコすよ!」

「了解アデリナ、徹底的にやろう! その油断が命取りだと思え!」

「あははっ、杖がなくても直接触れば、ツェツィちゃんに魔力を分けることくらいはできますから!」

「むしろファビアンがなにもせずとも、そこにいてくれるだけで私は無敵。絶対に守り抜いてみせる。これは、私の生涯の誓い……!」

 突然ファビアンの杖を渡されたフィーネが目を白黒させているうちに、アデリナとカトリナとファビアンとツェツィーリエは各々そんなことを言い合い、コートに散っていく。


『おおお……、すごい。ファビアンきゅんが、杖を置いて遊んでますね……!』


 その瞬間に聞こえてきた異界の女神こと小林詩帆乃の声に、フィーネは硬直した。


「うえっ、え、ヤバ! 神様、めっちゃ久しぶりでは!? ってか、なんでこっちに……、あ、お姉様もバル先輩もここにいるから!? えっ、どうしよ。ジークヴァルト殿下、ここ、来れないんですが! 絶対バレたら殿下が拗ねるやつじゃん、これ!」


 それこそ、ジークヴァルトの知らないリーゼロッテの美しさどころではないその事態。

 晩秋、女神リレナの復活と邪神クオンの封印後しばらく聞こえてこなかった神々の声。

 フィーネよりも付き合いの長かったジークヴァルトが、失った以後、日々切なげに中空を見上げては祈りを捧げるほどに、大切にし渇望している、それ。


 それが突然再び聞こえてきたフィーネはわたわたとうろたえているが、そんなのは聞いているのかいないのか、実に軽快に、あまりにかつてのいつもの通りに、まるでなんの感慨もないかのように、碧人と詩帆乃の声は、響き続ける。


『ファビアンの杖って、今フィーネが持ってる、あの弓みたいなやつか?』

『そうそう。あれ、ちょっと変形の杖なんだよね。そもそもファビアンきゅんの火力に合わせたら杖が自然とあの大きさになった、ってのもあるんだけど。ほら、ファビアンきゅんって、誘拐犯ホイホイでしょ? だから、ああいうあからさまに武器ですってわかる弓っぽい形状にして、周囲を威嚇することにしたというわけ』


「……へー……、そうなんだ」

 今聞いて初めて知ったその事実に、関心したように、フィーネはそう漏らした。


 ちらりと手元のファビアンの杖を見た彼女に、詩帆乃と碧人は語りかけ続けていく。

『ファビアンきゅんの全力を引き出せる大切な武器である上に、その形状の杖を持つようになってからずいぶん誘拐も減ったから、ファビアンきゅんにとってそれは、大切なお守りでもあるんです。ゲームで見た限り、警戒してる相手の前では絶対に脇に置くことすらしないで、むしろ何時でも炎の矢を放てるようしっかり手に持っているはず。彼がそれを手放すなんて、相当安心している証拠ですね』

『リーゼロッテとは、初対面の時から弓から手を放して会話してなかったっけ?』

『あれはかなり異例なの。ゲームだと終盤、相当好感度上がってからじゃ? って驚いた記憶。でもその時だってゲームでだって、手の届く範囲には置いていたから……。つまりここが、ファビアンきゅんにとってこの上なく安心できる場所なんですね!』


 感慨深げにそうまとめた詩帆乃の言葉を聞いたフィーネは、考える。

 まず、リーフェンシュタール家は国の守護者であり、その居城であるここは、護りが固い。

 加えてこの場には、ファビアンをかわいがっているリーゼロッテと、絶対に生涯守りきると豪語する婚約者であるツェツィーリエがいる。

 まだ少しだけ遠慮はあるようだが、アデリナとカトリナのことも、苦手だったり怖かったりはしないのだろう。

 フィーネ自身も、決戦のはずだったのに女神の土下座で終わったあの日をともに乗り越えた仲間同士になってからは、言われてみれば杖を持たずに会話するようになっている。互いに少しずつ敬語も抜けてきた。


 だから、ファビアンにとってここは、お守りがなくとものびのびと年相応にはしゃぎ遊べる場所なのだろう。


「あ、待って。そういやもう1人いたな……?」

 考えながら気づいたその懸念事項をフィーネが口にした、正にその瞬間。


「お、雪合戦か。ずいぶん盛り上がっているみたいだな」

「楽しそうなことをしているわね」


 先ほどまで、鍛錬という名の殺し合いでもしていたかのような様だったもう1人バルドゥールとリーゼロッテが、フィーネの背後から歩みを進めてきた。意外なことに、一見した限りではあるが、双方怪我などはしていない。


「バル兄は、ファビアンに近づかないでっ!」

「ちょっとバル兄、縮んでから来なよ!」

「ファビアンくんは背の高い男は無理だって、知ってるでしょ!?」

 途端に、もはや誰が勝ち負けを判定できるのかという勢いでしっちゃかめっちゃかに雪玉を投げ合っていたツェツィーリエとアデリナとカトリナが揃って飛び出し、一斉にファビアンをかばうようにバルドゥールの前に立ちはだかりながら、叫んだ。


 ファビアンは度重なる誘拐事件のトラウマで、背の高い成人男性を苦手としている。

 そんな彼の心の支えでもある杖は、今自分が、預かってしまっている。

 体格がよく正にファビアンが苦手とするタイプの人間そのものであるバルドゥールに近寄られている今、バルドゥールに悪意はなくとも、ファビアンはさぞ、恐ろしい思いをしているのではないだろうか。


 そう思い至ったフィーネは顔色を変え、杖を持ってファビアンに駆け寄った。

「ファビアンくん、これ、返すから……!」


「ううん、大丈夫。雪合戦終わるまではそのまま持ってて、フィーネお姉ちゃん。バルドゥール、さん、は、ツェツィちゃんの、お兄さんみたいな人だから。こわくない、です」

 当のファビアンが、控えめな笑顔でそう言って杖を受け取らなかった瞬間、フィーネとツェツィーリエ、アデリナとカトリナ、それからマズイことをしてしまったと硬直していたバルドゥールが、一斉にほっと息を吐いた。


「ありがとね、ツェツィちゃん、アデリナさん、カトリナさん、フィーネお姉ちゃん。僕を、守ろうとしてくれて。ここには、そういうみんながいてくれるから、僕は杖がなくても、平気」

「ファビアンさすが! 日々成長してるファビアンに負けないよう、私も努力しなきゃ……!」

 すかさず褒めたたえたツェツィーリエに苦笑するファビアンは、首をかしげる。

「うーん、成長、できてるのかな? できてたら、いいんだけど。怖くないって頭でわかっていても、バルドゥールさんみたいに体格のいい人の前に立つと、まだどうにも自分が小さく無力に思えて、体が勝手に震えちゃうし……」


 次の瞬間、ファビアンは自分が発した弱気な言葉を振り払うように頭を振ると、きりっと引き締まった表情に変わり、告げる。

「でも、そう、僕は日々成長するからね! そのうち、絶対、バルドゥールさんだって追い抜くくらい大きくなって、そしたらきっと怖いものなんかなくなって……、ツェツィちゃんの理想の、【世界で一番強い旦那様】に、なってみせるよ。それで、そしたら、結婚しよう?」

「今すぐしたい……! 今、すぐ、ファビアンと、結婚したい! どうしよう、1日だって離れがたいくらい、今すぐ永遠にいっしょに暮らしたいぐらい、ファビアンが愛しすぎる……!」

 ツェツィーリエはそう言って、呻いた。


「うーん、今すぐは無理なんだ。ごめんね?」

 そう言ってファビアンがツェツィーリエの頭をなだめるように撫でると、ぐっと気を取り直したらしいツェツィーリエは、キリリとこたえる。

「大丈夫。ファビアンが言うなら、私は待てる。待つ。がんばる。私も、【世界で一番強い旦那様】にふさわしい私に、成長していかなきゃだし。そこもがんばる」


「やっぱこいつら、イラつくね? ボコすよ、カトリナ」

「結局、いちゃついてるもんね? ボコそう、アデリナ」

 アデリナとカトリナはそう言うなり、飛び出てきた雪合戦のコート、その自分たちの陣地へと、ひょいっと舞い戻っていく。


「ふむ、試合再開か。それなら俺は、アディとカティの陣営に加わろう。ファビアン、遠慮はいらない。お前の苦手な俺を、打倒してみせろ」

 バルドゥールがそう言って不敵に笑えば、リーゼロッテが横からそれを上回る堂々たる笑みを返す。

「ならば私は、ツェツィーリエとファビアンくんにつきましょう。覚悟なさい。体格だけはそちらが勝っているようだけれど、それだけで勝てるものではないことを、私が教えてさしあげますわ」


 それぞれの宣言した陣地に入っていく2人を見たツェツィーリエとファビアンは、目と目を見合わせくすぐったそうに笑うと、リーゼロッテの待つ自分たちの陣地へと戻っていく。


「任せてファビアン。バル兄は身長がある分、足元のガードが甘い。膝か脛を狙ってへし折ってしまえば、こわくない。私がへし折る。ファビアンの敵は、全部私が倒す」

「ツェツィちゃん、気持ちは嬉しいけど、へし折っちゃダメだよ。あくまで遊びなんだから。まあ、全力でやった方が、楽しいとは思うけど……」


 そんなファビアンの意見にうんうんと頷くフィーネの耳に、碧人と詩帆乃の声が、軽快に届く。

『フィーネならそのくらい、余裕で治せるだろ?』

『本物の敵が出た時にビビッてへし折れないよりは、練習しておいた方がいいかもしれませんね。ファビアンきゅん、マジで桃のお姫様かよってくらい狙われまくってさらわれそうになるので』


「……桃の姫ってのはなんだかわかんないですが、なるほど」

 フィーネはひとつうなずくと、それぞれチームでの作戦会議をしているらしい両陣営に向かって、声を張る。

「あのー、どこかへし折れたくらいなら、私が治しますよー。双方、全力でがんばってくださいねー。私、ここで待機してるのでー」

 瞬間、リーフェンシュタール一同の瞳の色が、変わった。


 それから、唯一瞳の色が変わらなかった、急に殺気をまとう自分以外のコート内の全員に戸惑うファビアンに、フィーネは微笑んで見せる。


「ファビアンくん、私も身長が低いので、大きい人に身がすくむ感じは、わかりますよ。でもだからこそ、バル先輩の胸を借りて、ツェツィーリエちゃんたちの動きを見て、小さいからこその勝ち方を覚えましょう。なんなら私も、後で教えます。それはきっとあなたの自信になって、あなたの世界を、少し広げてくれるから。ファビアンくんの言う通り、これは遊びで、命の取り合いじゃない。でもだからこそ、今思い切りやっておこう。いざというとき、ちゃんと動けるように」


「……うん! ありがとうフィーネお姉ちゃん、僕、全力で、やってみる!」

 そう言ってファビアンは、その場の全員と同じような、好戦的な笑みを浮かべた。


『いやーよかった。ファビアンきゅんも、すっかりここの家族の一員になれたみたいですね。フィーネちゃんも、さっきの、実に未来のリーフェンシュタール当主らしかったですよ!』


 そう詩帆乃の声で聞こえたのを最後に、雪のように解けて消えた声の神々に、フィーネは誓う。


 そうだ。へし折れたぐらいならすぐに治せるんだから、喧嘩がリーフェンシュタールのコミュニケーションだというなら、それで生じた怪我を、全て治そう。

 きっと身内で全力でやり合うのは、身内以外の、命まで奪おうとする敵と対峙したときに、全力を出せるようにだ。

 こうやって一つずつ折り合いをつけて、ファビアンが杖を手放せたように成長して、リーフェンシュタールの当主に、なってみせよう。

 リーフェンシュタールの血を引いてはいても、ここで育ってはいないから戸惑うこともあるけれど、ここで、みんなと、生きていこう。


「負傷は治すにしても……、あたたかい飲み物とお風呂の準備がいるよね。……私が直接するんじゃなくて、誰かに指示を出した方がいいか。この人数だし。私はここから離れるわけにいかないし。人を使うことにも、慣れなきゃ」


 さっそくその誓いを守るべく動き出すフィーネは、柔らかな笑顔で、異世界の神々に、感謝の祈りを捧げる。


「ありがとうございました、小林様、遠藤様。また、今日みたいに、フラッと声を聴かせに来てください。次はできれば、殿下のところに。……あの人、絶対すねるんで。私時々、お姉様に近づきすぎて睨まれてるくらいなんで。案外心が狭いんですよ。まあ今日のことは、わざわざ言うことでもないんで黙っておきますけど。なんか黙っててもバレそうな気が、しなくもないので。……いや心が狭い上に、勘が鋭すぎる。質悪い」


 そんなフィーネの愚痴っぽくなってしまった独白に、どこか遠く遠く、世界が異なるほどに遠くで、2の笑い声が、響いたようだった。

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