番外編9ツンデレ悪役令嬢リーゼとロッテ☆
「こんなところで、いったい何をなさっているのかしら?」
ハニーブロンドの髪を縦ロールにまとめた、紫色の瞳の派手な美貌の少女、私の婚約者にしてリーフェンシュタール侯爵令嬢のリーゼロッテが中庭にあらわれてそう言った瞬間、私は“面倒なことになった”と思った。
「あ、あの、その、授業でわからないところが、あって……」
そう言って今まで膝の上に広げていたノートを恥ずかしげに閉じようとするローズブロンドに空色の瞳の少女、フィーネは、最近できた私の友人だ。
私と並んでベンチに腰かけていた彼女は、おどおどと震え、立ち上がるべきかどうか考えているようだったので、軽く片手で制す。
「彼女が困っているのを見かけた私が、すこし教えていたんだ。
リーゼロッテは、なぜここに?」
フィーネの言葉を補足しながらそう尋ねると、リーゼロッテは私に向かって軽く黙礼をしてから口を開く。
「
すこし様子を見に参りましたの」
とげのある声音と表情で語られたその言葉に、“ああ、やはり面倒なことに”と思いながら、軽く手を振って彼女の礼に答えた。
「君が心配するようなことなど、なにもないよ。
ここは人目もある中庭で、今だってただ魔法理論学の話をしていただけだ」
「ジークヴァルト殿下にそのつもりがなくとも、そちらの方がどのような心づもりなのか、誰にもわかりませんでしょう?」
リーゼロッテの言葉と咎めるような視線に、びくりと震えたフィーネが痛ましい。
たしかに先ほどのリーゼロッテがいった部分だけを切り取れば、誤解を与える状況であったかもしれない。けれど私もフィーネもやましい気持ちは一切ない。普通に考えればとがめられるようなことはしていない。
ただおそらく私の婚約者であるリーゼロッテに告げ口をした者が、悪意を持って事実を誇張して伝えたのだろう。どうしたものか。
「まあ、これまでまともな教育を受けたことのない庶民が、
よろしければ、私からもご教授してさしあげましょうか?
……ああ、それともフィーネさんは、見目麗しい殿方からしか、教わりたくないのかしら?」
私がなんと言ったものか考えあぐねて沈黙しているうちに、リーゼロッテなとんでもない暴言を、冷酷な笑顔で口にした。
「リーゼロッテ、それはあまりに……!」
私が思わず立ち上がってそう口にした瞬間、リーゼロッテはその冷たい視線を私に向ける。
「あら殿下、その方をかばいますの?それではかえって、私の言葉を裏付けてしまうのでは?
言っておきますけど、フィーネさんが周囲にそんな風に思われているというのは、確たる事実ですわ。その方、お友だちといえば見目の麗しい殿方ばかりで……」
「それは、君たち貴族令嬢が、揃ってフィーネ嬢を不当に避けるからだろう!」
「……っ!」
私が思わず強い口調で告げると、リーゼロッテはきゅっと口を引き結び、悔しげに沈黙した。
不当とは言ったものの、フィーネが周囲から浮いてしまっているのは、おそらくは彼女がこの学園に入学するきっかけとなった事件が、不正確に伝わってしまっているせいなのだが。
両手両足を切り落とされても「ハンデにもならない」と笑ってそこから反撃を開始しただの、暗殺者集団を壊滅させただの……。彼女をとんでもない怪物のように扱う噂が駆け巡った結果、大人しい令嬢ほどフィーネから距離をとっている。
対して男子生徒、特に騎士を志している者たちは、むしろ彼女の強さに興味を示した。
結果が、フィーネとまともに会話をするのは男子生徒ばかりという現状だ。
どうしたものか。
……フィーネに正面から嫌味を言えるリーゼロッテは、すごいのかもしれない。
いや、リーゼロッテは正確な情報を手にしているはずなのだけれども。
「……や。……いや、だぁ……、リーゼたちのこと、きらいにならないでぇ……」
!?!?!?
重々しい沈黙を破るように、弱々しい、子どものような舌足らずな声が、響いた。
思考に沈む間に知らず知らずうつむいていた私は、慌てて声のした方を見る。
「リーゼロッテ様ぁ!?な、なんですかそれっ!?」
フィーネが叫び、リーゼロッテを……、いや、彼女の頭上にふよふよと浮く半透明のなにかを、震える指で指差している。
「リーゼロッテ、いったいどうしたの……!?」
私が声をかけても、当のリーゼロッテはどこかぼんやりと虚空を見つめているばかりだ。
そのまま彼女はふらふらとした足取りでベンチに腰かけると、くったりと横たわり、目を閉じてしまった。
「リーゼロッテ……!」
「リーゼロッテ様……!」
「り、リーゼは、ねてるだけなの。ロッテが、わたしが、ねむらせたの……。げんかい、だったから……」
べしょべしょと泣きながら、ロッテと名乗った半透明のなにかは、慌てる私たちにむかってそう言った。
「ええと……、ロッテ、さん?ちゃん?は、なん、なんですか?リーゼロッテ様にとりついてる悪霊?とか?守護霊?みたいな?」
フィーネは果敢にも、ロッテに向き直って、対話を試みはじめた。
私はロッテの、えらく見覚えのある姿をまじまじと見ることしかできない。
「ううん、ロッテは、リーゼの、王子様への恋心なの」
すんすんと鼻をならしながらロッテの発した言葉に、私は硬直した。
「リーゼロッテ様の恋心?王子様って、ジークヴァルト殿下のことですか?それがどうして、ちっちゃいリーゼロッテ様の姿で、半透明で、喋ってるんです?」
フィーネは首をかしげながら、質問を重ねた。
「んと、王子様は、ジークだよ。リーゼはジークのことが好きで、好きで、好きで、大好きで、愛してるの。私はその、恋心」
待って、待ってほしい。
たとえ嘘でも、その姿で、ちょうど幼い日私と初めて会った頃のリーゼロッテの姿で、あんまりかわいいことを言わないでほしい。
戸惑う私を気にせず、彼女は続ける。
「でもリーゼは、ロッテのこと、しまいこんだの。王子様はみんなの王子様だから。好きって言われたら困る……、でしょう?」
ロッテが上目遣いに、私に尋ねた。
「い、や、……その、リーゼロッテ以外の者に言われれば、確かに困る、かもしれない。私はその気持ちに、応えることができないから。けれどリーゼロッテは私の婚約者だし……」
私の言葉に、ロッテは心底嬉しそうに微笑んだ。
「そうなの?よかった!あのね、リーゼは、ジークのことが本当に大好きなの!愛してるの!結婚したいの!でもね、ジークがリーゼのこと嫌いだったりしたら、好きって言われたら困るでしょ?恋だの愛だのをせーりゃくけっこんに持ち込んだらダメ、なんでしょ?だからね、リーゼは自分の恋心を、封印しようとしたのよ!それが、ロッテなの!」
「いや、その、私はリーゼロッテのことは、元々好ましく思っているよ。私の妻に、この国の王妃にふさわしいのは、彼女しかいないと思っている。だから、特に困りはしない。けれど、むしろ私がリーゼロッテに嫌われていると……」
「それはないですね」
唐突に横から、きっぱりと、フィーネがそう断言した。
その言葉に、ロッテは嬉しげにうなずく。
「うん、ないの!リーゼがジークを嫌うなんて、天地がひっくりかえってもありえないの!ごめんね、フィーネさんにリーゼがつらくあたるのも、ロッテのせいなの……。リーゼはジークを好きすぎるから……。ジークに近づく女絶対に殺すウーマンなの……」
「知ってます。でもジークヴァルト殿下以外に、私とまともに会話をしてくれて、私を戦力として取り込もうとか、私の魔力が高いから愛人にしてぼこぼこ子ども産ませようとか、そういう下心のない人って、なかなかいなくて、つい……。私こそ、ごめんなさい」
互いにぺこりと謝りあったロッテとフィーネは、目と目を見合わせて苦笑した。
それからくるりと私に振り返ったロッテは、穏やかな笑みで告げる。
「あのね、リーゼは元々照れ屋さんなの。それと、ロッテのこと隠そう隠そうとしすぎて、よくわかんなくなってるだけなの!」
「いやなんで婚約者への恋心を隠す必要が……?よくわかんないな貴族……」
フィーネがぼそりとそんな感想を漏らしたが、私もよくわからない。
「リーゼ、けっこう過激派だから……。ロッテをリーゼから切り離して封印してなかったら、たぶん今頃、フィーネさんは生きてないの。リーゼが恋心に素直になっちゃったら、ジークのことが好きすぎて、なにをやらかすかわかんないの。ジークを振り向かせるために、何人でも恋敵を殺す可能性すら、十分にあるの」
淡々とロッテが告げた言葉に、フィーネは震えている。
「こっわぁ!うん、そりゃ隠しておいた方がいいですね!あ、でも、殿下が振り向いてくれてれば、なんの問題もない……?」
「うん、それはそうなの。リーゼは、ジークが欲しいだけだから、その目標が達成されれば、もう過激な手段をとる必要はまったくないの。でもリーゼは、ジークがリーゼを選ぶことは、ないと思ってるから……」
フィーネとロッテの視線が、私に集中する。
なんともこたえづらい私は、話をごまかすべく、曖昧な笑みを返した。
「それで、ロッテがリーゼロッテの恋心、だとして……、どうしてひとつの人格を得ている……、ように見える、んだい?」
「神様の力なの!あのね、異世界の神様たちがね、あ、あの、なんか乙女?すっごいたくさんの乙女?なんだけど、がみんなで、『リゼたん素直になっちゃえYO』って祈ってくれた?らしくて、ロッテに、リーゼの素直な恋心に、力がついたの。それで、あとなんか、悪いやつ?黒いやつ?からリーゼを守って欲しいみたいで、リーゼの中にいたロッテは、だから……神の使い?みたいなの?になって、ここにいるの!」
「悪い……?」
「黒い……?」
興奮気味のロッテの言葉にまぎれた不穏な単語に、私とフィーネは首をかしげた。
やはりリーゼロッテを守る必要がある悪が、存在しているということ、なのだろうか。
「ううんと、さっき言ったように、リーゼは過激派なの。それで、変なのに目をつけられちゃったみたいで……。ほらジークは、かっこいいでしょ?年々かっこよさグレードアップで、リーゼの好きは、もう苦しいくらい膨れ上がっているの。あ、見た目だけじゃないの。ジークは全部いちいちかっこいいから、困るの。困るくらい、愛してるの。ジークは姿形はもちろん、仕草も、声も、振る舞いも、王子様すぎるの。完璧にかっこよすぎるの。ほらたとえば……、ジークは誰にでも、いつでも、笑顔でしょ?疲れてても、嫌な奴にでも、……あなたが、傷ついているときでも」
「……」
手放しの称賛に困惑していたところにそっともたらされた、ロッテの核心を突くような言葉に、やっぱり私は、ただ笑みを返した。
「だから、どこまでも王子様なジークのこと、リーゼは好きすぎて苦しくて、誰にも盗られたくなくて。ロッテを隠すのも難しいくらいで……。同時に、ジークが自由な恋をすることも許されないこの世界に怒りも感じていて……。……そうやって、黒い感情を抱えて悩んでいたら、黒いのが来たの」
そこまで言ったロッテは、ひとつ息を吸うと、ゆっくりと口を開く。
「……古の、魔女なの」
『じ、実況と解説の出番ないやつぅううううう!!』
――――
「じ、実況と解説の出番ないやつぅううううう!!」
突然そう叫んで飛び起きた小林詩帆乃に、既に彼女よりも早く起きて朝食の準備をしていた遠藤碧人は、びくりと震えた。
「うお、びっくりした。どした?」
「………………ええと、たぶん、変な夢?見た」
「夢?」
「リゼたんがこう、ツンデレ悪役令嬢なリーゼと、素直で幼い恋心のロッテに、分裂、した?のかな?あ、むしろリーゼがツンで、ロッテがデレ、みたいな?」
「なんだそりゃ」
詩帆乃のよくわからない言葉に戸惑いながらも、碧人は朝食の準備をする手は止めない。
2人で暮らし始めて、しばらくがたつ。
料理が好きで夕飯は腕を振るってくれるが朝は弱い詩帆乃のため、すっかり慣れたものだった。
「いやなんか……、リゼたんの恋心?の化身?みたいなのがいきなりあらわれて、リゼたんがいかにジークのことが好きなのかとか、古の魔女のこととか、べらべら喋りだした……」
「あははっ、それで、“実況と解説の出番ないやつ”、か」
「そう。いやー変な夢見たなぁ……。リゼたんの顔みたくなった……。今日はまじこい起動してみようかなぁ……」
「ん、今日はあれだな、エイプリルフールか。その、記念?」
「エイプリルフールも祝うの!?祝うもんだっけ!?」
「なんでも祝っとこうぜ!なんなら変な夢記念日でもいい!」
「確かに!じゃあ今日はー……“ツンデレ悪役リーゼとロッテ☆”記念日!いわえいわえー!」
「であえであえー!」
そう言ってけらけらと笑い合った2人は、確かに記念日を祝うにふさわしく、どこまでも幸福だった。
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