第41話あまりにも小物


「クオンはそちらの世界にとっては異物なので、転生というのはあり得ないんです……。

 けれど、【まじこい】なんてものが存在して、今それを媒介にしてそちらとこちらの世界がつなげられているからには、クオンはそちらの誰かの体をのっとって、そしてエーファの魂を持つフィーネさんをそちらの世界に連れ去ろうとしたと、推測できます」

「ちょちょちょちょっと待って!情報量が多すぎる!」

 まだまだ説明を続けそうな様子だったリレナ様の言葉を、フィーネが勢いよくとめた。


 きょとんとふしぎそうな表情で首をかしげる女神にむかって、フィーネはゆっくりと尋ねる。

「えっと、まず、私がはじめの女エーファ?の、うまれかわり?なんですか?」

「そうですよ?だからこそあなたをライバル視してあなたに嫉妬していたリーゼロッテ様にとりつこうとしたわけで」

 そこは前提部分なんですが?とばかりの女神の言葉に、フィーネはイラッとしたようだったが、どうにかこらえて質問を続ける。


「それで、私をあっち?こばやし様たちの世界?に、連れてくってどういうことです?」

「そのままの意味ですよ。クオンはあなたの魂を肉体から引っこ抜いて、あっちの世界に持ってって、新鮮な死体か魂が死んでる人間にでもぶちこんで、そして恋人同士になることを目論んでいた、と、思われます」

『新鮮な死体か魂が死んでる人間とか、物騒すぎるんですけどー……』

『それクオンがフィーネのために用意・・するってことだよな?』

 しかもこちらの世界に残されたフィーネの肉体は、魂を抜かれてしまってはそれこそ死体か半死体状態だろう。

 勝手に勝手な計画をたてられていたフィーネは、顔面蒼白になって、ぐらりと一歩後ろへ倒れかける。

 それをすかさずリーゼとバルドゥールが抱き抱えて受け止め、2人は女神リレナをにらむ。


「も、申し訳ありません……!」

 リレナ様はリーゼロッテにむかって勢いよく頭を下げた。

「謝って済む問題ではありません。

 私を狙ったのは私の醜い心ゆえにだとわかりました。

 けれどなんの罪もないフィーネや、あちらの世界の誰かを害してまでこの子の愛を得ようだなんて、あなたの半身は、なんて愚かなの……!!」

 リーゼロッテに叱りつけられたリレナ様は、ぐりぐりと地に額をめり込ませる。


「本当に、私もクオンも、どうしょうもないほどに愚かです!

 けれど、リーゼロッテ様は醜い心なんて持っていなかった!

 あなた様と心をつなげたものとして、あなた様に救われたものとして、どうかそれだけは反論させてください!!」

 大きな声で、必死な様子でそう叫んだリレナ様に、リーゼロッテは気圧されたように口をつぐんだ。


「たしかに私のリーゼロッテはみんなに愛されるとてもいい子なんだが、救われた……、とは?」

 代わりに私が一歩前へと出てそう尋ねると、女神リレナは頭を垂れたまま、語り出す。

「最初は、リーゼロッテ様は私と同じだと思ったんです。しかも力も強いし、肉体も鍛えてるし、いい獲物だと思って、のっとろうとしました。

 けれど、小林様と遠藤様の加護を受けて、ジークヴァルトさんに愛されて、リーゼロッテ様自身も強く高潔な心を持っていて、そのきらきらと光輝く恋心も美しくて……、全然、私なんかとは、違ったんです」

 ゆっくりと語る女神の言葉をきいたリーゼロッテは真っ赤になってうつむいたが、この場の全員がそんな彼女を優しい瞳で見つめている。


「そんなリーゼロッテ様と触れ合っているうちに、私も、かつて抱いたクオンへの愛を、私がうみだしたこの世界への愛を、思い出せました。白い私に、戻れました。

 古の魔女、黒い私だったときは、“感謝祭なのにラストダンスの相手がいないんだけど”とか、“リア充爆発しろ”とか、“浮かれてんじゃねえよ世間”とか、そんな黒いものしか食べることができなくて、全然力なんて取り戻せなかった。

 けれど白い私は、私が古の魔女なんかに成り下がっていた間にもリレナのことを忘れずに信仰してくれていたみんなのあたたかい力や、これまでの感謝祭にみんなで捧げてくれていた祈り、伝えてくれた希望、愛、願い、幸福、そんな白いものをいっぱいにとりこめて……、力はもちろん、肉体まで回復できて、みてください、この体!なんと、きっちり足まであるんです!

 創世の女神リレナ、ここに完全復活です!」


 そういってガバッと立ち上がった彼女は、神々しいほどに、白く美しかった。

 腰の下まで伸びた白金の髪も、すらりとのびた手足も、土下座のせいで付着していた土埃までもが、それ自体が発光しているかのようだった。

「女神、リレナ様の、復活……」

 神官でもあるアルは感激に目を潤ませながらそう呟いたが、その女神、額と手のひらと膝から下と髪の毛先が土まみれなんだが。

 女神リレナがこちらとあちらの世界のすべてを見通すほどに、その力を取り戻すことができたというのはめでたいが。


「すべてはリーゼロッテ様のおかげです!ありがとう!!ってことで、……あのー、私の代わりになんか神殿のほうからリーゼロッテ様に褒章とかだしてあげてくれませんかねぇ?」

 だがリレナ様は、揉み手をしながらアルにそう尋ねた表情と、先ほどまでの言動が、あまりにも小物っぽすぎる。……本物だろうか?

「もちろんです!当然聖女認定がおりる……、と他国からの横槍入るかもしんねーからお前らできるだけはやめに結婚してくんね?

 で、ほら式のときにばーんとリレナ様にいらしていただいて、結婚祝福していただきつつ聖女でーすって公表とか、ほら、そんな段取りで」

 ところがアルはリレナ様にへこへこと、私たちに気楽な調子でそう言った。


「け、結婚!?いきなりなにをおっしゃってますの!」

 リーゼは真っ赤な顔でアルをにらみながら叫んだ。

「いやマジでマジで。だってリーゼロッテちゃん侯爵令嬢じゃん?しかもパパ将軍じゃん?王妃教育幼少期から受けてんじゃん?くわえてその美貌じゃん?で、更に女神リレナを復活させた聖女なんて認定受けたらそれもうどこの国もほしがるよ。君の取り合いで国家間戦争起きるよ。

 だからさっさとジークと結婚しちゃって。神様に祝福された結婚をしちゃえばさすがに横やりいれるやついないだろうからさ」

『私も!私も遠藤くんもその結婚祝福します!!』

 しれっとしたアルと楽しげなコバヤシ様のお言葉に、当のリーゼの結婚相手の私は困惑する。ちょっと待ってほしい。


「でしたら私は聖女になどなりません!!

 私は聖女など似合いませんし……、神殿云々とおっしゃるのならば、私の代わりにアルトゥル・リヒターが神官として功績をたたえられればよろしいじゃありませんの」

「無理無理無理無理神官嘘つけなーい。こうしてリレナ様が復活なさっている以上、なかったことにもできなーい。神殿はうちの国以外にもあるしそんなに長期間隠し通せる気もしなーい。

 それにほれ、聖女になって同時に神に結婚を祝福してもらえば、それはもう王妃としての地位磐石よ?浮気の心配もほぼゼロよ?しかも外交面でも聖女認定された王妃とかめっちゃ役立つし国にとってもいいことよ?だからほら素直に受けとこうよー、というか受けてくれないとたぶん俺が神殿にボコされるしー」

「そうはいっても、殿下の結婚の時期というものは国の都合やなにより殿下の意思も大切で……!」

 リーゼとアルは2人で話し合い、私が口を挟むタイミングがつかめない。 頼むちょっと待ってくれ私にも段取りというものが……。


「えー?その辺はどうとでもなるっしょ。

 つかリーゼロッテちゃんはジークと結婚したくないの?」

「それは、その、したい……、ですけど……」

 よかった。リーゼロッテが真っ赤な顔でそういってうつむいたそのとき、私はわざとざっと足音をたてて歩みだした。


「リーゼ」

 彼女の名前を呼ぶと、はっとした表情でリーゼロッテは私に振り向く。

 私は彼女の前に片膝をつき、そっとその左手をとった。

「こんなかたちでプロポーズ、というのも、しまらないんだけど……」

 私がそういって苦笑すると、リーゼは瞳をうるませ、震えた。

「私がこの学園を卒業して、でも君はあと2年ここに通う予定で、そうすると、どうしても離れている時間が増える。

 だから、私は、正直不安なんだ。君が浮気なんかする人間じゃないことはわかっていても、他の人間が勝手に君を思うことまでは止められない。

 君はもう正式に私のものだと、世間に示したい。君と同じ家に住んで、すこしでもいっしょの時間を過ごしたい。

 だから、私が卒業したらすぐにでも、私と結婚してくれないだろうか?」

 そういって、懐にしまっていた指輪を取り出し、彼女の左手の薬指にはめようとした瞬間、自分の手がどうしょうもなく震えていて、それができそうもないことに気がついた。かっこわるいな。


「……というのを君に言いたくて、父と、母と、リーフェンシュタール侯爵夫妻と、父の側近までには前から話を通しておいたんだけどね?

 でもこんなところでこんなかたちで言うつもりじゃ、なかったんだけどなぁ……」

 どうせかっこわるいなら同じことと、私がすべていいきってしまえば、リーゼロッテはばっと彼女の父、侯爵に振り向いた。

「ああ。殿下のご卒業までにはプロポーズで来年の秋ごろ挙式ときいていたんだけど……、なんとか、春までには、間に合わせなきゃ、かね……」

 そういって彼女の父は、さびしげに、今にも泣きそうな顔で、弱々しく微笑んだ。


 リーフェンシュタールの父と娘は、複雑な表情でみつめあう。ともに涙でうるむ2対の紫水晶の瞳に、どれほどの感情がこもっているのだろう。

 やがて父の方が無言のまま、ただ1度、ゆっくりとうなずいた。

「……っ」

 リーゼロッテは泣くのをこらえて彼女の父から目線を反らせ、ゆっくりと、私にまっすぐに向き合う。


「……いい、かな?」

 私はようやく震えの止まった手で、彼女の指先に指輪を沿わせた。

「……嬉しい……です」

 そういってリーゼは、私の手に彼女の右手を添えて、それに助けられるかたちで、私は彼女に指輪をはめた。


 ピカッ!


 瞬間、女神リレナが発光した。

「す、すみません私ほらあのリーゼロッテ様にお力をいただいた身なのでどうしてもリンクしてしまうというかまた上質の力をありがとうございますというか力を与えられると発光しちゃうのは神の性質というか、その、じゃ、邪魔するつもりはなくて……」

 そういって女神はゆっくりと膝を折り、土下座の姿勢デフォルトに戻っていく。

『……空気、読め』

 低い低い、たいへんに怒りのこもった声音で異界の女神コバヤシ様が吐き捨てた瞬間、こちらの女神リレナは勢いよくその額を地に打ち付けた。

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