第25話かわいい=最強(sideフィーネ)
『かわいい娘の頼みを断る父親なんかいないから、大丈夫!普通に考えても普通に将軍の仕事の範囲だし!』
『そもそもいちばんの危険に晒されているのはリーゼロッテ、つまりは彼の実の愛娘なわけです。私の知識から考えても彼はとても愛情深い方ですから、不安になることはありません』
えんどう様とこばやし様が必死に私を励ましてくれているが、私の震えは止まらない。そもそも神様?の声だとか言われても、この2人、なんかただの友達みたいなノリだし……。
「大丈夫か、フィーネ」
そういって私の顔を心配そうに覗き込むバル先輩は、気負ったところはなさそうだ。
今日はリーフェンシュタール侯爵への直談判のため、侯爵の職場である王宮まで、騎士見習いとして王宮に出入りしているバル先輩に連れてきてもらった。
「たぶん、大丈夫、です。こわがる必要はないとは、わかります。
ただその、やっぱり本物のえらい貴族様とかましてや将軍閣下とか、どうしても緊張します……」
そう、緊張してしまうのはもうどうしようもないと思う。私は長い廊下を歩みながら、深呼吸を繰り返す。
なにかとお忙しい侯爵様は自宅に帰ってこられない日も多いし、帰ってきても深夜に帰ってきて早朝に出て行くし、なによりその用件であれば直接王宮の彼の執務室まで伝えに行ったほうが都合がいいとバル先輩にいわれたから、ここまできた。
けれどやっぱりどうにかこうにかおうちで捕まえればよかったと今更後悔する程度にここまでの道のりが長くてきらきらだっただけだ。
「大丈夫だ。おじ上は、基本的に子どもに甘い」
隣を歩く彼にいたってまじめな顔で言われた言葉に、若干いらっとさせられた。
子どもて。そりゃ私はリーゼロッテおねえさまに比べたらちんちくりんだけれども、私だってもうレディと呼ばれる年齢だ。近いうちにデビュタントもさせてもらうことになっている。
私がむっとしてるのを見て取ったバル先輩は、焦ったように言葉を続ける。
「いや、その、リーゼロッテには絶対に言うなと言われていることなんだが、リーフェンシュタールの人間は、基本的に全員、小さくて、かわいいものに、弱いんだ。
なんというか、うちは親戚も周囲の人間もでかいやつらばっかりで、まあ、言ってしまえば日常がむさくるしい。
そこにフィーネのようなどこからみても完璧にかわいらしい華奢な生き物と出会ってしまうと、ちょっと冷静でいられないくらいに魅了される。
そのことは、リーゼと、なにより俺をみれば、わかるだろ?」
だろ?といわれても、私は何もいえなかった。ただドレスの裾を踏まないことに集中して歩いた。
なにを真剣な口調で語ってるんだこの人は……!
『薄々そんな予感はしていたが、それをためらいもなく言葉にしてしまうのか……!』
『さすがはバルドゥール、釣った魚相手でもほめ殺しに余念がありません』
神々ですらも一周回って関心している。リーゼロッテお姉様は恥ずかしがりすぎだが、バル先輩は恥じらわなさすぎる。足して2で割ってください、頼むから。
「つまり、フィーネはかわいいから、大丈夫だ」
バル先輩が自信満々な様子でそう断言したところで、ちょうど侯爵の執務室の前へとたどり着いた。
もう、黙ってほしいし、バル先輩にこんなところで説教してる場合でもないし、おかげさまでさっきまでの緊張は、別のどきどきに取って代わられた。
まあ、私が小さいのも、子どもっぽいのも、ただの事実だ。今なら肩の力を抜いてこの扉の向こうにいけそうだし、よしとしよう。
だけど、別の理由でなんだかそわそわしている私は、ひとつ、わがままを、言うことにした。
「……手」
私が手を曖昧に差し出してそれだけを言っても、バル先輩は察してくれなかった。
今度お姉様に、優雅なエスコートのされ方を、きちんと教わろう。そう思いながら、今は、
「手、つないでください。そしたら、きっと、こわくないですから」
私がバル先輩を見上げてそういうと、やっぱりなぜか、彼はそこではじめて少し赤面した。
――――
「失礼します」
そういって頭を下げたバル先輩に続いて、彼に手をひかれた私も黙礼し、室内へと足を踏み入れた。
おお、じゅうたんが分厚い。ヒールがとられそうだ。手をつないでいてよかった。
しばらく難しい顔をしてなにかの書類と向き合っていた侯爵は、やがてちょうどきりがついたのか、万年筆を置いて、顔をあげた。
「お、……おお!?」
なぜか侯爵は急に驚いたように声をあげた。
事前にアポイントメントはいれていたし、ここに入る直前に部下の方に声をかけてもらっているはずだ。なにをそんなに驚いているのだろうか。
「どうかなさいましたか、閣下」
バル先輩が侯爵にそう尋ねた。おじと甥であっても将軍と騎士見習いでもあるので、ここではこの2人はこの距離感らしい。
「え、ええと、いや、その、つまり、……そういうこと、か?」
侯爵は私たちのつながれたままの手をみて、そう尋ねてきた。
そういう、こと。
バル先輩はまだ首をかしげたままだったが、瞬時に察した私は、ぶんとバル先輩とつないだ手を振り払った。
ちがう!私たち結婚しますとかそういう報告をしに来たんじゃない!!
「あの、ちがいます!これはその私が王宮初めてで、緊張しちゃったからで、その、結婚とかそんな話じゃないです!!」
「なんだ……、そうか……」
私が必死に弁明をすると、侯爵はあからさまにがっかりしてそういった。
「まあ、いつかその報告をあげられるように、最大限の努力は続けていますよ」
なにを言うんだ!
しれっとそう告げたバル先輩を私はにらみつけたが、目を合わせて逆に微笑まれてしまう。
ああ、たしかに努力してますね!!
「そうか。死ぬ気でやれ」
「いわれずとも」
いたって真剣な口調で、おじと甥は、あるいは将軍と騎士見習いは、そう短くやり取りした。
「……で、結局なんの話なのかな、フィーネさん?
うちでの生活に、なにか不便でもあるかい?」
恥ずかしさで固まったままの私に、侯爵は優しく、そう尋ねてきた。
「不便なんて、とんでもないです!お姉様はお優しいし、いつもあれこれとかえって心苦しいくらいに気を回していただいています!
ママ……、母までいっしょに住まわせていただいて、本当に、感謝してます!!」
私がそう必死に告げると、侯爵は「そう、それはよかった」とだけ言って、笑顔で私の言葉を待ってくれている。
そう、現在養女の私どころかその母までも、リーフェンシュタールの家にお世話になっている。いいんだろうかとは思うが、不便は一切ない。こわいぐらいにない。それぐらい、よくしていただいている。
「ええと……、今日聞いてほしい話は、その、お姉様のことです」
私がそういうと、侯爵は柔和な笑顔から、空気がぴりりとするほどに真剣な表情にかわった。
私とジークヴァルト殿下に神託があったこと。
それによるとお姉様は【古の魔女】という悪者に、その身を狙われているということ。
それを裏付けるように、リーゼロッテお姉様がここ最近再び悪夢にうなされている様子があるということ。
神の見立てによると、春のときとは違い、お姉様はそれをはねつけるだけの強さを備えてきているようだが、それでも彼女を守る必要があると思うこと。
古の魔女が復活するとすれば、それは秋の終わり。学園も、国全体も盛り上げる女神リレナへの感謝祭の最終日。そのときに、魔女の復活に備え、学園に人を寄越してほしいということ。
またあらためてジークヴァルト殿下を通じて正式に国の方からの要請もあるはずだが、まずはリーゼロッテお姉様の父親である侯爵に、私から話を通したかったということ。
ところどころつっかえながら、たまに敬語もあやしくなりながら、それでも私は私の言葉で、侯爵にこれらのことを伝えた。
「私は、お姉様を守りたい。どうか、あなたの力も、貸してください」
最後にそうまとめて、頭を下げた。
私のつたない話を黙って聞いてくれた彼が、ふ、と立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる気配がする。
「もちろん。私の持てる力のすべてでもって、リーゼも、君も、守ると誓おう」
そういってやわらかく、頭をぽんぽんと撫でられた。
私はぱっと顔をあげて、侯爵に感謝の言葉を伝えることにした。
「あ、ありがとうございます!」
『はいそこでトドメだフィーネ!お父様と言ってしまえ!!』
「ありがとう、……お、おとう、さま!」
養女ではあるが、まだ彼を父と呼べるほどに距離をつめてはいなかったはずの私は、思わず出てしまったその言葉に気恥ずかしくなって、てへへ、と、愛想笑いを浮かべた。
「バルドゥール」
「は」
急にこわいくらいの真顔になった侯爵は、なぜか真剣な声音で、バル先輩を呼んだ。
急に呼びかけられたバル先輩は、それでも反射的にだろうか、短く答えて、背筋を伸ばして侯爵の言葉を待っている。
「さっきの話だがな、やっぱり駄目だ」
「……は?」
私とバル先輩の声が、重なった。なにが駄目なんだろうか。
首をかしげたバル先輩をぎろりとにらみつけた侯爵は、鬼気迫った武人のオーラをその背に負っている。
「この子をめとりたければ、
なにいってんだこの人。
私は反射的にそう思ったが、侯爵はいたって真剣なまま腰に下げた剣に手までかけ始めた。やめて。武人のオーラ無駄遣いしないで。
「閣下、素がでています。あとこんなところで剣を抜こうとしないでください」
「うるさい!
やらん!この子は嫁にやらん!兄上の代わりに、俺がこの子を守るんだ……!!」
バル先輩は冷静に侯爵をなだめようと試みるが、侯爵は変なスイッチが入ってしまったらしく、ひく様子はない。
「言ってることがめちゃくちゃですよ……」
そういって深いため息を吐いたバル先輩は、それでもなぜか、侯爵に応じるように、同じく腰に下げた剣へと手をのばす。
……え?
「まあ、フィーネとの結婚の障害になるのならば、たとえ閣下であろうと、斬りましょう。
俺も、彼女に関しては、譲る気は一切ありませんから」
武人のオーラの無駄遣い、その2。
真剣にわけのわからないことを言ったバル先輩と侯爵は、じりじりと間合いをはかっている。
ちょ、ちょ、え、な、ど……、どうしたらいいんだこれ!?王宮で刃傷沙汰はまずくない!?
あ、ダメだ。
今、踏み込む。
その気配を感じとった私は、
「ぐっ……!」
まず侯爵閣下の脛を蹴った。
続いてその勢いを利用して、一歩、二歩、踏み込み、
「がっ……!」
バル先輩のあごを、下方から殴りつけた。
「いつ結婚するとか、誰と結婚するとか、それは、私が!決めますから!!」
腹の底から、声を出して。いきおいのままに私がそう宣言すると、男2人は、ただぎこちなくうなずいた。なんとかわかってくれたようだ。
ただアッパーを食らわせられたバル先輩が若干うっとりしたような表情なのがひっかかったが、いやきっと脳も揺れただろうし、ただ涙目なだけだろう。……たぶん。
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