第14話夏休みの間

 

 リーゼロッテ・リーフェンシュタール侯爵令嬢様が、庶民の女子生徒を中庭でいじめているから、助けてやってくれ。


 そんなあり得ないことを真剣に訴えられたとき、どういった反応をするのが正解だったのだろうか。

 それは私の婚約者への侮辱だと怒るか、私の婚約者は誤解されやすいのだがとてもかわいい良い子なんだとのろけるか、はたまたいじめだなんて大変なことだと顔色を変えるか。

 まあ、気の弱そうな女生徒が震えながら訴えてきたので、いつもの通り適当に微笑んだまま「わかった。教えてくれてありがとう」と言うことしかできなかったのだが。

 そんなことをつらつらと考えながら中庭へと到着した私は、誤解されやすい私の婚約者の姿を探す。


「フィーネさんは、今は職員寮に住んでいらっしゃるのよね?」


『リーゼロッテの質問が回りくどすぎて、もはや我々にも意味がわからないー!』


『本当はなにか聞きたいことがあるようなのですが、貴族特有なのかリーゼロッテが特殊なのか、関係のなさそうな質問を次から次へと重ねていて、もはや尋問の様相を呈してきています』


 いた。


 中庭のベンチにリーゼロッテとフィーネが並んで座り、リーゼロッテからなにか質問を重ねているようだ。

 神々の声とフィーネの首が右斜め45度に曲がりっぱなしの様子から察するに、質問があまりにも曖昧かつ量が多過ぎるらしい。


「ええと、はい。寮に、住まわせてもらってますけど……」


 この学園の生徒は基本的に貴族の子息息女ばかりだ。

 そして貴族は王都に別邸を持っているのが常だ。

 よってこの王都の郊外にある学園へは、たった1人の例外を除いて、生徒はみな自宅から通っている。

 そのたった1人の例外が、フィーネだ。

 そんなことを確かめて、リーゼロッテはなにがしたいのだろう。


「その、職員寮は、…………ごはんが出るわね?」


『なにかいいかけてやめましたね。

 さっきからこのパターンがやたらに多いです』

 コバヤシ様のおっしゃったように、リーゼロッテは本当にききたいことをきけずに困っているようだ。


「はい!おいしいです!

 でも予算のせいかみなさん大人の女性だからか、夕飯にお肉があんまりでないので、それだけは自分で用意してます!」


『リーゼロッテがききたいのはたぶんそういうことではない……!』


『フィーネちゃんが住んでいるのは女性寮。 なるほど育ち盛りかつ武闘派の彼女には物足りない食事が出そうな感じはしますね』


 フィーネは元気いっぱいこたえたが、リーゼロッテは非常にもどかしげにまごまごと身悶えしている。エンドー様のおっしゃった通りなのであろう。


「リーゼロッテ、どうかしたのかい?」

 いいかげん黙って見ているのもどうかと思いそう声をかけたら、リーゼロッテとフィーネが弾かれるように振り向き、そして2人ともがそろって安堵したような笑みを浮かべた。


「ああ、殿下、その……」

 嬉しげな表情を浮かべたものの、私にも言いづらいことを尋ねたいらしいリーゼロッテは、なおも口ごもる。


「職員寮のごはんの話だっけ?

 ああ、そういえばフィーネ嬢、君は夏休みの間どうするの?あそこの食堂も夏休みに入るよね?」


 学園の夏期休暇はもう1週間後に迫ってる。約1ヶ月ある生徒の夏期休暇中も職員は仕事をしているが、間の丸々1週間ほどは職員も寮も夏休みに入るはずだ。


「……!」

 なにげなくきいただけのことだったが、リーゼロッテの表情が見るからに嬉しげなものに変わった。


『なるほどリーゼロッテはフィーネが夏休みをどう過ごすのか心配していたようだ!』


『ゲームだと攻略対象の誰かと旅行に行ったりしてましたが……、未婚の男女がそうすることは、そちらの世界の倫理観からは外れている気がします』


 コバヤシ様の言葉に、思わず顔をしかめた。たしかに未婚の男女がともに旅行など、倫理的に問題がある。


「ああ、夏休みですか。

 ママ……、失礼しました。母が現在住んでいる場所を見つけ出すことができればそちらに、それが無理なら寮で自炊して過ごしますよ」


 フィーネは母子家庭だったはずだ。

 その母親が見つけ出すことができないかもしれないとは、中々由々しき事態なのではないだろうか。

 私は思わず一歩踏み出し、そしてフィーネに問いかける。


「フィーネ嬢、それはいったい、どういうことだ」


「いやなんか、うちの母、都のものすごく偉いお貴族様をものすごく怒らせたことがあるとかで、命を狙われているんですよね」

 私は真剣に尋ねたが、フィーネは気にした風もなく軽くそうこたえた。

「おかげで私も殺されかけたし、小さいときから月イチペースで引っ越ししていたし、離れて暮らす今は娘の私にすら居場所は教えてくれないし、本当、うちの母は、なにをやらかしちゃったんでしょうねぇ?」


 そう言ってフィーネはクスクスと笑うが、笑い事ではないと思う。

「まあたぶん、私が魔法を使えることから、私の父親が貴族とかなんだろうなぁ、とは、思うのですが。

 同時に父は死んだともきかされていて、え、つまりママが殺したの?痴情のもつれ?それで遺族に命狙われてるの?とは、さすがにきけてないんですけど……」


『なんて物騒な……!

 ……ちょっと思うんだけど、このゲームタイトルポップなくせに設定重くね?人死ぬルートもやたら多いし』


『今さら?まじこいはそこが話題になって売れた系のゲームだよ?

 確実に乙女たちプレイヤーにトラウマを植え付けてやろうっていう製作の悪意を感じるよね』

 エンドー様とコバヤシ様が声をひそめながらそんなことをおっしゃった。


『あ、ただフィーネママに関しては、フィーネちゃんの推測は外れています。真実は実に平和的なものです』

 よかった。コバヤシ様のその言葉に、私は静かに胸を撫で下ろす。


「……寮に一人きりだなんて、物騒ではなくて?いくら強くとも、フィーネさんは女で子どもですのよ?」

 非常に険しい顔でリーゼロッテが言った言葉に、そう言われればそうだと思い至る。

 フィーネの母親の話がインパクトが強すぎて忘れていたが、食事の問題ではない。まだ15歳の彼女は保護されるべき存在だ。

 王宮の客間はいくらでもあるし、うちで保護……、いや私がそんなことを行えば、フィーネ嬢の外聞が悪い。


『なぜリーゼロッテはこんなにも険しい表情をしているんだ……?』


『フィーネちゃんの状態に顔をしかめているというのもありますが、まあ、ツンデレだからでしょうね』


 どうしたものかと考える私の耳に、そんなお二方の言葉がきこえてきた。

 ああ、なるほど。


「それならばリーゼロッテ、君の家でフィーネ嬢を保護してはくれないかな?」

 私がそう提案をすると、わずかに、ほんのわずかに、リーゼロッテの口角があがった。


「ま、まあそうですわね!

 私は領地に帰る予定なのですが、あちらの本邸には妹が3人もおりますから1人増えたところで大した影響はございませんし!?リーフェンシュタールは誇り高き軍人の家系ですから、たとえフィーネさんのお母様の関係でトラブルが起きようと軽く対処することができますし!?それにフィーネさんには立ち振舞いなど私から学ぶべきこともたくさんあると思いますから!!

 我が家以上にふさわしい家など、そうはありませんものね?

 まあ、殿下がそうまでおっしゃるのであれば、……お引き受け、しても、かまいませんわよ」


 くっそかわいいなんだこれ。


『嬉しさを隠しきれないリーゼロッテのマシンガントーク!

 上から目線のツンな物言い程度で、その口元のニヤニヤはごまかせないぞ、リーゼロッテ!!』


『はしゃぎすぎたことに気がついて段々トーンダウンするところまで含めて100点満点のツンデレですね』


 お二方のおっしゃる通りだ。

 私の婚約者がかわいすぎてつらい。私は静かに天を仰いだ。


「いえ、そんな、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」

 フィーネは恐縮した様子で首を振ってそう言った。

「ふん、1人増えたところで影響はないと言っているでしょう?

 それともなにかしら、あなたはリーフェンシュタール侯爵家を侮っているのかしら。我が家はほんの1ヶ月面倒を見る少女が増えたところで傾くような、しょぼくれた家だと?」

 リーゼロッテは半眼になりながらそう言ったが、まあこれまでに服だの杖だのなんだのかんだのとリーゼロッテがフィーネにツンデレながらプレゼントした品々はちょっとどうかと思うくらい多い。

 婚約者の私にもそんなに色々考えてプレゼントなどしてくれていない気がするくらい、多い。

 フィーネがそろそろいいかげんに遠慮したくなる気持ちも、わからなくはない。期間も寮が閉まる1週間だけではなく1ヶ月丸々にいつの間にやらなっているし。


『フィーネママの平和的な真実を知る糸口は、リーフェンシュタール家にありますし、これはなんとしてもリゼたんに勝ってもらわなければいけません』


 コバヤシ様はそうおっしゃった。

 リーゼロッテがここまで友人であるフィーネと夏休みを過ごすことを楽しみにしているだけではなく、更なる意味があるのならば、これはもう、どうにかしなければいけない。


「……フィーネ嬢、リーフェンシュタール領は、馬の名産地だ。

 おいしい馬肉料理が発展してもいるよ」


「夏休みの間、お世話になります。リーゼロッテ様」


 私がほんの冗談で言った言葉で、フィーネはあっさりと遠慮をかなぐり捨てた。

 即座に頭までさげてそういったフィーネに、リーゼロッテは、あきれたような、でも嬉しげな、笑顔を浮かべた。

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