第13話ぶん殴りたくなった(sideフィーネ)

 カラダを魔法で全力強化すると、楽しい。

 人の限界を超越した動きが楽々できるこの快感は、なんともいえない。

 走って、殴って、跳んで、殴って、蹴って、殴って、殴って。

 裏山を縦横無尽に駆け抜けて、視界にとらえたモンスターを片っ端から屠っていく。


 この裏山は、魔?とかいうのがたまりやすい場所らしい。

 そして鉱物や動植物が魔とやらに長時間触れると、凶悪なモンスターと化して暴れだし、ときに人を襲うそうだ。

 まあ、多少凶悪になったって、元が動物のモンスターであれば、肉はただの肉。普通においしくいただける。

 そしてこの裏山は学園の持ち物で、生徒の狩りは自己鍛練とモンスターの間引きのために推奨されている。ありがたい。


「今日は肉が出ない……」


 私はふとその違和感に気がついて、足を止めた。

 さっきから、植物系のモンスターしかみていない。


「……たぶん、縄張りに入ったからだ。

 それも、相当なレベルのモンスターの」

 私に追い付いたバル先輩が、冷静にそう言った。生身の人間がついてこられるとは思ってなかったので、すこし驚く。


「あれ、そんな強いのがうまれちゃったんですか?

 それは、ぜひとも狩らなければいけませんよね!」

 私が明るくそういうと、バル先輩もうなずいてくれた。


 この裏山にはぐるりとモンスターが外に出るのをふせぐ結界がはってあるらしいが、万が一にもそんな凶悪なモンスターが外に出てしまう可能性は、つぶしておくべきだ。

 そういったわけで、こんな強いの倒しましたとそいつの一部をもってかえれば、学園から褒賞金が出るし。


「フィーネ嬢!」

 臨時収入におもいをはせていたら、ふいにバル先輩に手をひかれて、その背にかばわれた。

「……え?」

 いや、あの、邪魔……。

 そんな失礼なことを考えながらバル先輩の広い背中のむこうを見ると、ゆったりとした足取りで熊がこちらに近づいてきているのが見えた。


 グリズリーか。

 多少くさいが、食べごたえはある。倒そう。

 ところが前に出ようとしたら、バル先輩に押し留められた。

「援護を」

 こちらを見もせずにそういわれて、無性に腹がたった。


「……!」

 ところが私と同時に縄張りへの侵入者たちにキレたグリズリーが、こちらに駆け出す。もめている場合じゃないらしい。

 仕方なしにバル先輩に全力で強化をかけた。

 杖を取り出すひまは無いので、背中に手で触れて、直接。


 刹那、一閃。


 目にも見えない速さで踏み込んだバル先輩が、グリズリーの首をはね飛ばした。


「……バル先輩」

 低い、低い、声が出た。

 熊の絶命を確認していた彼が、こちらをふりかえる。

「なんで、あんなことしたんですか」

 怒りをこめて静かに尋ねたが、バル先輩はなにがいけなかったかわからないようで、首をかしげている。


「私は、強いです。

 しかも私は、自分で自分を回復できます。腕をもがれようと、腹を貫かれようと、私は、絶対に死にません」

 私の怒りに若干の怯えを見せながら、バル先輩がうなずいた。

 わかっているということだろう。


 わかっているなら、どうして。


「バル先輩なんて、私より弱いくせに!

 バル先輩なんて回復魔法へたっくそなんだから、私なんかをかばって、死んだら、どうするの!」

 感情のままに叫んで、自分の口から出てきた言葉に、自分で首をひねる。

 ……また、って、なんだ。

 混乱と動揺のせいか、わけのわからないことを言ってしまった。


 私に怒鳴られたバル先輩は、どこかしょんぼりしながらも、首を振った。

「たしかに俺は、フィーネ嬢に1度も勝てたことはないし、未来永劫勝てる気もしない」

 だったら、私をかばうんじゃなくて、私にかばわれるべきで、それが無理でもせめて隣に立たせるべきだった。


「けれど、それは俺がフィーネ嬢より弱いからじゃない。俺が、フィーネ嬢、弱いからだ」


 続けようとした怒りの言葉は、バル先輩のそんな言葉の衝撃で、消し飛んだ。

 私に、弱い?

 しかも、未来永劫とか、言ったなこの人。


「まあ、回復魔法の素養がないのは認めるが……」

 いやもうその話はいいです、バル先輩。

「なに、変なことを、言って……?」

 なにを恥ずかしいことをいってるんだ、この人。

 首をかしげた私に合わせるように首をかしげた彼は、当たり前みたいな表情で口を開いた。


「フィーネ嬢のような、この上なく可憐な少女に、ためらいなく剣をむけられる人類が、この世にいるのか?」


 なにを言ってるんだこいつ!

 私は恥ずかしさのあまりバル先輩をぶん殴って黙らせたくなったが、ぐっとこらえた。

「……いましたよ」

 学園に入学する前にたしかにいた、私を殺そうとした幾人もの人たち。

 そのことを思い出してなんとかしぼりだすようにそう言ったが、バル先輩は真剣な顔で首を振った。

 

「そいつは鬼か悪魔だ。すくなくとも俺には無理だ」


「す、姿かたちなんかに惑わされていては、騎士失格じゃないですか?」


「姿かたち、というか、まあ、フィーネ嬢だからだな。

 フィーネ嬢と同程度の愛らしい少女でも、たとえば犯罪者だのこちらに対する殺意があるだのであれば、ためらいなく切れる」

 ダメだこの人あたまおかしい。

 なんとかしぼりだした言葉は、更なる褒め殺しを呼んだみたいだ。


 バル先輩のくせにバル先輩のくせにバル先輩のくせに!


「……いや、でもよく考えると、フィーネ嬢ほど愛らしい人類など、この世に存在しない気もする。

 だからまあ、俺だって、そこまで弱くもない。たまには、守られてくれ」


 やめて。

 もう、黙って。


 心からそう願ったのに、バル先輩はいたって真面目な表情でとどめをさした。


「……はぃ」

 真顔で淡々と褒め殺された私は、小さな小さな声でそうこたえることしか、できなかった。

 もっと、言ってやりたかったのに。あっさり丸め込まれた自分にも、腹が立つ。


 だいたい、なにがしたいんだこの人は!

 私、愛人なんて、絶対に嫌なんだけど!?

 本妻といっしょにいるところなんて、絶対にみたくないし……、あああもう!

 思考回路までおかしくされた私は、考えることを放棄した。


 グリズリーの死体から逃げるように駆け出す。とにかく次の獲物をさっさと見つけてとっととぶん殴りたい。


 肉、とか、討伐証明に一部だけでも持ってこなきゃ、とか、いや倒したのバル先輩だし私関係ないし、とか、色々思うことはあったけど、今はただ、この妙に甘ったるい空気になった気がする空間から、逃げ出したかった。


 なるほど、リーゼロッテ様はこんないたたまれなさのあまり、日々一生懸命ツンツンしてるのか……。

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