第12話もやもや(sideフィーネ)
リーゼロッテ・リーフェンシュタール様は、変な人だ。
彼女以外の貴族のお嬢様たちは、庶民の私のことなんか、そこに存在しないものとして扱う。
それはそうだ。路傍の石や雑草にわざわざ声をかける人間はいない。
貴族の方々からすれば、家名ももたず、おまけに父もいない私など、人という認識の範囲外にあっても仕方ない。
それなのに彼女だけは、私を対等なライバルとして扱う。変だ。
彼女の婚約者も一見私に優しいけれど、あの人は変じゃない。
彼はそれこそすべての生徒が下にいて、だからすべての生徒に平等に優しい。ルールがシンプルだから、まだ理解できる。
「フィーネ嬢、どちらに?」
そう、いつものように背後から彼に声をかけられて、“ああ、もう1人、変な人がいた”と、思い出した。彼が私のそばにいるようになって、はや1ヶ月半。もはやすっかり空気と化した。
神?の指示とかなんとかで私の護衛なんぞという奇特なものをはじめた、バルドゥール・リーフェンシュタール。
彼も私のことを対等どころか、自分は私の護衛なんだから気軽に命令しろだの呼び捨てにしろだの、むしろ上に扱おうとする。
さすがにバルと呼び捨てろとの指示は他の方々の視線が恐ろしいので、最低限の1学年先輩であるとの敬意だけは受け入れてもらうことにして、【バル先輩】と呼ぶことにした。
彼は「護衛のくせにフィーネ嬢にすら勝てない自分がそのような扱いを受けるわけには……」とかなんとか諦めの悪いことをいっていたが、さすがに私の平和な学園生活のためにそこのラインだけは死守させてもらった。
もしや、リーフェンシュタール家の人間たちは、腕っぷしこそが判断基準なのだろうか。
「ちょっと体を動かしたいので、モンスターでも狩りにいこうかと。
バル先輩はついてこなくていいですよ」
そういって早足でモンスターが出る学園の裏山にむかいはじめたが、生真面目な騎士は私の右斜め半歩後ろから離れない。
体を動かしたいなんてのは嘘で、夕飯のために肉をとりに行きたいだけなのに。なんだか気まずい。
「私、強いですよ?」
自分でもなかなか不遜だと思う言葉を、彼を見上げて言ってみた。
彼は無駄に背が高くて体格がよくて、女の中でも小柄な部類の私は、彼を見上げるたびに若干いらっとする。脛でも不意打ちしてやろうか。
「知っている。だからこそ、バケモノのように強いフィーネ嬢が危機に陥るほどの敵が近いうちにあらわれるという神の予言は、大きな意味をもつ。
この国のためにも、君を一瞬たりとも1人にしたくない」
バケモノとは、レディにむかって失礼な。
真剣な顔で彼がいった言葉に反射的にそう思ったが、まあ、自分の異常性はそこそこ自覚している。レディなわけでもレディを目指しているわけでもない。よしとしよう。
「……杖は、腰にさげないのか?」
ふいにそんなことを問いかけられ、あらためて自分の服装を見る。
普段どおりの制服に、杖もローブの懐にしまったまま。あまり臨戦態勢とはいえない。
この学園の制服は男子も女子も魔法使いっぽいローブが必須で、中は一応標準があるがそこそこ自由。
ずっと運動着しか着てない人もいるが、男子は標準のブレザーが多数派。女子は膝下丈のワンピースが標準のものだが、ドレスのようにカスタムしたものを着ている人が多い。
私も必須で買わされた運動着はあったが標準の制服すら用意する余裕はなかったのでいつでも運動着派だった。
しかし、ある日リーゼロッテ様に「そのようにみすぼらしい女生徒がいては、我が学園の品位が疑われます」と、一見ただの標準制服のようで私が人生で触ったこともなかったよさげな生地で仕立てられたものを5着も投げて寄越されたので、ありがたくそれを着ている。
私の体格にぴったりだったから、どう見てもリーゼロッテ様には入らなかったし。胸とか胸とか丈とか。
「いや、その、この杖すごい高そうだし、しまっておこうかな、と。
リーゼロッテ様に返却しようにも“あなたが使用した、いわば中古品をこの
そして殿下といちゃつきだす。いつもそうだ。
本当に、変な人だ。本当に、かわいい人だ。
「リーゼがひきさがるわけもないし、普通に使え。
道具は使わない方がかわいそうだろ」
そんなバル先輩の言葉もわからなくもないが、そもそも使う機会がない。
「そもそも私にはあんまり杖が必要ないというか、まあバル先輩に回復とばすときなんかには必要なんでしょうけど……」
常に構えている必要はないと言おうとして、ふと気がついた。
「というか、バル先輩だって杖なんか使ってませんよね?」
彼はいつでも愛用の剣をその腰からさげているだけだ。彼の杖なんて、影も形も見たことがない。
「ああ、この剣は杖としての機能も兼ね備えているものだからな」
「へー!いいなー!どこで買ったんですか?」
私もできることならナックルとかせめてナイフとかにしたくてそう尋ねれば、バル先輩はふるふると首を振った。
「これはリーフェンシュタールの本家に伝わる家宝だ。
俺はあそこの家に婿入りが決まっているし、あの家に息子がいないせいか当主様は俺に甘いから、今から持たせていただいてる」
淡々と知らされたその事実は、なんだかちょっと、面白くなかった。もやもやする。
バル先輩のくせに、婚約者が、いたんだ。
この学園じゃ1、2を争うくらい強いって評判なのにもかかわらず、どうしても私には勝てないくせに。
「……ふーん」
私が不機嫌にそういうと、バル先輩はひょいっと私の顔を覗き込んできた。
「どうかしたか?」
その瞳が不安げに揺れていて、少しだけ、溜飲が下がる。
「いえ、ただ、お貴族様は大変だなぁって思っただけです。
私みたいな庶民からすると、学生のうちから婚約者とか、理解できない感覚ですから」
「俺も理解できない。というか、納得できていない」
私の言葉に即座に同意した彼の顔を、まじまじと見てしまった。
「なにか不満があるんですか?リーゼロッテ様の妹さんなら、美人さんでしょう?」
私がそう尋ねると、彼はなぜだか苦虫を噛み潰したような表情になった。
「まあ、本家の娘たちは確かに顔立ちは綺麗だが、小さい頃からいっしょに育ったせいか、妹としかみられない。
というか、リーゼのすぐ下の妹は双子で、どっちか1人を俺が選べといわれているんだが2人のどっちもが自分を選ばないでくれと泣いて訴えてくるし、さらにその下の末娘はまだ9歳だし……。
まあ、将来的には3人のうちの誰かと結婚せざるを得ないのだろうが、では誰とだと考えると……、山籠りでもしたくなる」
バル先輩は、もう目の前に迫った裏山を見上げて、そう言った。
「バル先輩がそこまで言うの、珍しいですね」
というか、ここまで喋ること自体が珍しいのかもしれない。私は思わず笑ったが、彼は苦々しい表情のままだ。
「それくらい、どうしたらいいかわからないんだ」
「じゃあ、……さっそく山籠り、しますか?」
美味しいお肉がとれるまで。とは、言葉にせずに。腰のホルスターに杖をさし、拳を握る。
目と目があって、にやりと笑った。
私も、この人も、バトルジャンキーだ。
暴れてるときが、いちばん楽しい。
さっき感じたもやもやをごまかすように、彼といっしょに走り出す。
彼は貴族、私は庶民。
それも、彼はいつかは侯爵様になるお方。
好きになっても、しあわせになんかなれない。
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