開戦 五
結論から言うと、町での買い出しは駄目だった。
小一時間ほど歩き回ったものの、一件としてニートに商品を販売してくれる店は見つけられなかった。しかも大半は罵倒や暴言のおまけ付き。なかには物を投げてくる店主もおり、即座にプシ子の反撃を受けて、軒先を半壊させる羽目となっていた。
げに恐ろしきは傍らに控えたマリオネットの戦闘能力である。
「どいつもこいつも売れないとか、売り切れとか、マジ最悪だな」
「籠城戦となるのですから、当然だとは思いますが」
「くっそぅ、この町のヤツら俺の飯はどうするつもりだよ」
まるで東日本大震災の直後に眺めたスーパーの棚だ。誰も彼も自分のことしか考えていない。もう少し他人を思いやる心を持ったらどうだよ。店主が在庫独り占めとか、もう絶対に買い物してやらないからな。
「この町、絶対に負けさせてやる。速攻で負けさせてやるわ」
「いずれにせよ戦況が落ち着くまで、食料は手に入らないと思いますが」
「何気ない顔で占領軍っぽい顔しときゃ平気だろ。略奪し放題だ」
合戦を目前に控えて賑やかな町の大通り。
忙しなく人の行き交うを眺めながら、ニートとプシ子は普段と変わらない足取りで道を歩む。徴兵に戦く男連中だとか、俺と同じように日用品の買い込みに必死な主婦だとか、訳も分からず泣いている子供だとか、自然と目に入る。
なんつーか世も末って感じだ。
ちょっと優越感を感じちゃう。いい気分だ。
だって我々はダンジョンに引きこもれば無敵。
プチ俺TUEEEEだよ。
この無様な感情を素直に肯定できるのは負け組の特権だ。
「どうするのですか?」
「そうだな……」
買い物が無理となると、外を歩いて回る理由も失せた。
宿に戻ってゆっくりするのがいいのではなかろうか。プシ子が昨晩にも利用していたベッドに横となり、シーツに残った香りを楽しむなんてどうだろう。いいや、マリオネットに体臭を求めるのは酷だろうか。
そんなことを考えていると、不意に通りの先から声が聞こえてきた。
「敵だぁああああっ! 敵が来たぞぉおおおおおおおっ!」
野太い男の叫び声だ。
どうやら町まで敵国の軍がやってきてしまったようだ。
プシ子の調査に従えば、こちらの町に到着するまでには、もう少し時間が掛かるとのお話であった。それがどうして即日での到来。戦争はおろか台風の接近にも、リアルタイムの空模様がないと不安になる現代人としては、これちょっとブルってしまう。
「おいおい、マジかよ」
「かなり早いですね」
「一日か二日は猶予があるんじゃなかったのか?」
「他に伏兵がいたのではないかと」
「どうすんだよ、昼飯の用意すらできてないんだぞ?」
きっと冷凍肉は溶けきってない。今のまま焼いたら、きっと外側が焦げて内側が半生で、凄い悲しい感じのステーキがいっちょ上がり。しかもドラゴンとか絶対に雑食だから、生肉とかガチでヤバイだろ。妙な菌とか持ってそう。
「敵だっ! 敵がきたぞっ!?」「逃げろっ! 早く逃げるんだっ!」「逃げるってどこへ逃げるんだよっ!?」「女子供を優先しろっ!」「こんな町、もう出ていってやる!」「逃げろ! 建物の中に逃げるんだ!」
「外壁を固めろっ! なんとしてでも侵入を阻止するぞ!」「もういやぁぁっ! こんなことなら首都にいればよかったのよっ!」「おかあちゃぁあんっ!」「見ろ! あっちの方で煙が上がってるぞ!」
悲鳴が伝搬する。それまでの悲壮感が混乱に変わる。
路上を歩いていた誰も彼もが、慌ただしく足を動かして、悲鳴を上げながら駆け出していく。果たしてどこへ逃げるつもりなのか。敵前逃亡は打首だとか、プシ子も言っていたような気がするのだけれど。
「戻りますか?」
「流れ弾でズドンとか絶対に嫌だし、いったん引っ込むか」
うちの宿屋ほど安全なところはないだろ。
こうして他人が苦労している姿を安全圏から眺めるの、最高だよな。心底から俺TUEEEEしている気分に浸れる。強キャラ相手に魔法とかパスパス撃ってるよりも、なんぼか心地よく響く。
過程のない報酬は、こうやって人の心を鈍化させていくんだろうな。
◇ ◆ ◇
ダンジョンの六十階に引っ込んでしばらく。昼飯ができあがるまで、ニートはずっとベッドの上でゴロゴロしていた。小一時間ばかりの間、本当に何もせずにゴロゴロしてた。他にやることもなくて、そりゃもう暇な時間だった。
そして、待ちに待った昼食タイム。
「焼けましたよ」
「おぉ、美味そうじゃん」
テーブルに並ぶ献立は、プシ子が焼いたドラゴンのステーキ。
昨晩も思ったけど、パッと見た感じ牛ステーキと大差ない。
添えられたパンはコックが昨晩に買い込んだ余りだ。ナイスコック。
「お前、料理ができるとか、隠してんじゃねぇよ」
「見よう見真似でやっただけです」
「それを隠してたっていうんだよ」
「酷い論理の飛躍ですね」
「次からは何でもかんでも聞きまくるから、覚悟しとけよな」
「好きなようにしてください」
まあ、肉を焼くくらいなら誰でもできるか。この調子で三号をニート専用のシェフに育て上げるのも悪くない。充実した引きこもりライフには、決まった時間に飯を出してくれる飯炊き要員が必須だからな。
「で、お前って処女?」
「いいえ」
「マジかよっ!?」
ガタンって大きな音がフロアに響いた。
思わずテーブル叩いちゃったよ。
皿の上で肉が少しばかり飛び上がった。
「料理とはなんの脈絡もない質問ですね」
「だって好きなように聞けって、お前が言っただろう」
「いきなり性器の具合を問われるとは思いませんでした」
「っていうか、非処女って、おい、ちょっとちょっと……」
なんだよそれ、裏切られた気分だ。
目の前のステーキも色あせて見える。
「えり好みできる顔ですか?」
「使い終わったオナホを洗わないで一晩、風呂場に放置してみろよ。翌日それを誰かに差し出して使えって言ったら、俺だったら一万もらっても使わねぇな。あぁ、十万もらっても使わねぇ。それが不倫っていう残虐な行いだ」
「オナホが何かは知りませんが、そもそもプッシー三号は結婚していません」
「何の為に膜が付いてると思ってんだよ。穴の中を綺麗に保つ為に決まってるだろ? それを結婚してもいないのに、一時の快楽の為に破るとか、人として最悪の部類じゃんかよ。どうしようもないビッチだな」
「だから結婚はしていないと伝えているのですが」
「あぁ、なんだってこんなのがマリオネットしているんだ」
凄く悲しい気分だ。
第一、穴は空いてないんじゃなかったのかよ。
それならまだ素股ダッチワイフとして使えたのに。
「まるで男を知らない、初心な生娘を思わせる価値観ですね。あまり潔癖が過ぎると、人生、つまらないまま終わってしまいますよ? 一時の快楽に身を任せて、小さな楽しみを都度精一杯に満喫することが、よりよい人生への第一歩です」
「その一時の快楽にウン万も必要だから嘆いてるんだよ。処女を欲しがるのはその当て付けに決まってるだろ? 酸っぱい葡萄だよ。あと、どうしてマリオネットに人生を説かれなきゃならないんだ? 人間様の一生を舐めるんじゃねぇよ」
「では更に小さな楽しみを見つけるところから始めないといけませんね」
「くっそっ、マジくっそっ……」
「早く食べないと肉が冷めますよ」
「分かってるよっ」
怒りに任せて、もっちゃもっちゃと肉を喰らう。
うめぇなぁ畜生めが。
ドラゴンの肉だけがニートの心の支えだ。
食欲で性欲を上書きしたい気分だよ。
「っていうか、お前は食わないのか?」
「私には不要です」
「ふぅん? こんな美味いもんを不要とか、マジ損してるよな。今のお前ってば、小さな楽しみの一つを一個捨てたぜ? あーあ、勿体ない。この調子じゃあ幸せな人生なんて絶対に得られないな」
「では食べます」
「え、食って大丈夫なの? あの、壊れたりしない?」
「食べようと思えば食べられます」
「そうなのか……」
「ということで頂きます」
「あ?」
気付くと皿の上にあった肉がなくなっていた。
プシ子から肉に意識を移すと、忽然と消えていたのだ。何が起こったのかと顔を上げれば、ニートが食らっていた肉は、何故か三号の手に摘み上げられているから、さて、どうしたことか。人差し指と親指でちょいと持ち上げられている。
「おいこら、それ俺のランチなんだが」
「たしかに美味しいですね」
咄嗟手を伸ばすも、既に時遅し。
手にしたステーキをそのままガブリとされた。
肉を顔より高い位置に掲げて、見せつけるようにあーん。
「ナイフで切りもせず噛み付くなよ。お前は動物か?」
「なはなはおいひぃへふへ」
「食いながら喋んじゃねぇよ。何言ってるのか分からないし」
ブチンブチンと肉厚なステーキを歯で食いちぎる。
可愛らしいお口して、随分と凶悪だ。
しかも一息に三分の一を喰らったぞ。ぷっくりと頬を膨らませて、モグモグとやっていらっしゃる。コイツは本当にマリオネットなのかと、改めて疑問に思うほど。お行儀が悪いったらねぇわ。
ややあってゴクンと、肉を飲み込む音が大きく聞こえた。
満更でもなさそうな表情だ。嬉しそうだ。
どうやらこのマリオネット、食の喜びを覚えたらしい。
残る三分の二も早々腹の中に片付けてしまう。
そして、最後は指先に付いた油をペロペロと舐めながら言う。
真っ赤で少し長めの舌がエロい。
「あのドラゴン、なかなか良いですね。また狩りに行きましょう」
プシ子め、幸せそうな面しやがって。
こっちは肉を奪われてイラッときたぞ。
「その前にもう一枚焼けよ。まだ少ししか食ってなかったのに」
「ええ、そうですね。一枚と言わずに十枚ほど焼くべきです」
「意外と食い意地悪いな、お前」
「悪いですか?」
「いいからほら、さっさと焼いてこいよ。ちゃんと中まで火を通せよな」
「分かりました。すぐに焼いてくるとしましょう」
すこぶる素直に頷いて、プシ子は席を立った。トコトコと足早にキッチンに向かっていく。ルンルン気分とはこのことだ。心なしか足取りが跳ねて思えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
同日、三号は日が暮れるまで肉を焼いていた。どんだけだよ。
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