第参章「一人ひとりの人生」
第参章 1「クハの大学生活」
第参章 「一人ひとりの人生」
1 クハの大学生活
国家機密組織「PARALLEL」秘密保持部隊B3所属、暗殺者「No,098」。クハという愛称で呼ばれている彼女は実年齢25歳の大学四年生である。背中にはいつも通りのギターケースがあり、短めな焦げ茶色の髪を靡かせて歩いていく。
彼女の通う大学は「K北海道大学」。正真正銘の頭がいい人たちがいける大学に、彼女も席を持っているのだ。
札幌駅のど真ん中を抜けていき、三谷学院の隣を抜けて道路沿いを進むと大きな正門が姿を現す。彼女が所属する学部はとても意外な教育学部。まさかの暗殺者が教育学を勉強するなどあってはいないことだが、もちろん彼女が暗殺業に手を染めていることは彼女自身しか知らないのだ。
「ふぅ、昨日の会議で疲れたわ、まったくすごい一日なこと……」
そんな暗殺者系女子が口ずさむと、
「何がすごいって?」
「へっ⁉」
突如にして現れたその声の正体は、
「おっす、くるみ~」
彼女の名前は、高畑優子(たかはらゆうこ)。同じ学部に所属している文系女子である。キャラメル色のショートな髪に桜のピン止めをつけている少女のようなルックスだった。かわいさで言えば、それこそクハと同義のものだろう。
いわゆる普通の美少女JDである。
「びっくりしたぁ~」
「ははっ! どう? 良かった⁇」
「よい……わけないだろ! 怖かったわ‼‼」
なぜ暗殺者を生業とする彼女が後ろからの唐突な出現に対応できなかったということは一年置いておくことにして、まず、重要なところを忘れているようなので説明しておこう。それは、クハの本名だ。名前は「井上くるみ」、丸っこい名前の割には美人な顔が目立つ現役大学生なのだ。
「いやぁ、こんな朝から笑えるとはぁ。まったく、くるみさんも無視できませんなぁ~」
「こちとらびっくりしてるんだから、もうちょっと優しく来てよ! 心臓はじけ飛んじゃうよ‼」
「え? それじゃあ、赤い雨が降っちゃうよ!」
「え」
グロかった。
その表現には共感できないし、気持ち悪さを感じるくるみ(クハ)は思わず引き目でキャラメル美少女を見つめる。
「そんな目で見ないでよぉ~」
「見てない!」
「え~、ぜったいみてたぁ~」
「みてなああい!」
こちらとしては大変愛らしい姿の二人であった。なぜなら、こんな早朝から美少女と美女のいい感じの絡みを見ることができるからだ。目の薬、目の補強、千載一遇の薬とはまさにこのことであった。
「まあまあ、それはどっちでもいいことでぇ~」
「は? あんたから吹っ掛けてきたくせに!」
「いいじゃんよ~」
周りの男子の目線は集まるばかり、いつの間にか二人の後ろには20人の男子の大群が押し寄せていた。
「あ、やば」
先に気づいた高畑少女はくるみを置いてそそくさと行ってしまう。
取り残されたくるみ、気配に気づいたのか後ろを振り向くと先ほどとは見違えるほどの男子の大群がさらに押し寄せていた。
「あ、」
一文字であった。
そんな一文字で、彼女の心情が吐き出ていく。
刹那、彼女の右足が前へ出る。そして、左足が、右足が、と順番に、自然と出て行ってしまう。
「ちょちょ、ちょっと、まってぇ!!」
顔を赤らめて走り出すその姿を見ればわかる通り、彼女はお別れまでサービス精神旺盛少女だったのだ。
どうにかして追いついたくるみに見た高畑は、「ふふ」と笑い声だけを聞かせてきた。
「おいおい、そろそろ私、怒るぞ」
「え、なんか、声変わった? 可愛げがないよ、くるみさん?」
さすがのいたずらにイライラしたのか少々厳つい顔をする。声色が明らかにアンとニホ猪木のような低めのおじさん声になっている。かわいげ? そんなの知らないし、むしろ最初から捨てている要素である、と彼女は言いたげであった。
「知らぬわ、お主、さすがにぶちころしゅz」
「あ、クスッ!」
これはまた最高にかわいい噛み噛みシーンであった。美少女の隣で、美女JDが噛む。まさに最高の組み合わせであった。これこそが至宝だな!
「くぅううう‼‼」
さすがの今回のは何も言えないようである。おかげで隣にいる高畑は笑いを止めないでいる。腹の内側から煮えたぎるような面白さと笑いに身を委ねて苦しそうな反面、嬉しそうかもなとも捉えられる表情。
「いや、いやいあや、も、もあぉ、ブブッ! さい、こう」
「も、もう、いいわ」
開き直ったのか、そっぽを向く彼女。
ただそんなことでは彼女の噛み噛みシーンは消えず、むしろ広まっていく一方だった。
「わ、わたし、もう、先行くからァぁ‼‼」
その恥ずかしい状況に耐えられない美女こと井上くるみはその場を陽炎のように一瞬で後にするのだった。 1
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