第弍章「裏の表、そのまた裏」
第弐章 1「帰宅」
第弐章 「裏の裏、そのまた裏」
1 [帰宅]
ナナ。
いや、このあだ名は使うのはやめよう。
本当の名前は、
彼は今、任務のときと同じ速度で道路を横断しながら帰宅していた。
(※注:交通法は守ろうね!)
「……やばい……」
ナナと言われている間はそんな風に思うことは一切ないというのに、暗殺者モードが終われば静かな青年になっていた。クロ君は……「遠足は、家に帰るまでが遠足です!」という言葉を知らないみたいです。
まさに神速、夜中を徘徊する家出少年もまったく目にできない速さ。彼は人間なのか、ただそれだけが疑問になってしまうほど人外的なものだった。
もう夜中の3時も越えて、あと数時間もすれば日が昇る。
街灯だけが灯る道はとても静かで、彼の耳には風を裂く音だけが聞こえていた。
走って、走って、休む暇もなくただまっすぐ、彼は駆けてゆく。目に映る灯が流星群のように瞳の端を通り過ぎて、陽炎のように消えていく。
「あと、ちょっと。幸(さち)、大丈夫かな?」
人の心配すらしている。正直、引くかもしれない。
マンションの梯子をつたって、髭のおじさんが姫を助ける某大人気ゲームのように壁を蹴って登っていく。その時間わずか4秒。一階0,1秒のペース。まさに神速である。
屋上を走り、建物から建物へ。30Mの大ジャンプを暗闇に披露して何とか玄関の前までやって来た。
綺麗な着地を決め、息をのむ。喉に絡まった痰が少し痛み、手をドアに近づけ――
ガチャッ!
「お、か、え、り‼」
クロは少し怯み右足を下げると、そこには……腰まで下ろした黒髪を後ろで結んだ胸の大きな女の子がにっこりと引きつった笑顔を見せながら立っていた。
「あ、」
その不快な笑みに体が怯む。
「あ、じゃないよね? くろぅくん⁇」
言葉が全くでないクロに対して彼女はさらに責め始める。
「ねえ、今何時か分かる?」
クロは腕につけている時計をゆっくりと見て、その引きつった顔をする彼女を恐る恐る見上げて、
「あ、その、3時46分……」
そしてもう一度。
「なぁに、聞こえないよ? な、ん、じ、かな? かなぁ?」
彼女の圧に少し恐怖を感じながらクロは繰り返す。
「3時46分……」
「そうだよ! 心配したんだよ‼ なんで今日はこんなに遅いのよ‼‼」
途端に彼女の顔が変化した。
今度は瞳から純な色の涙を流し、頬を赤らめ、可愛さと色っぽさを兼ね備えた最高の顔をぐちゃぐちゃにして抱き着いて言った。
「あ、え」
いきなりの抱きしめで本業暗殺者さんは驚いて、頬を赤くして動揺する。暗殺者は女の子のハグには弱い。ここ重要、テストに出るよ!
「だって、だってぇ! すぅごっく! 心配して……帰ってこなくて! もう一生帰ってこなくなったのか心配したんだよ! 怖くて怖くて、我慢してたんだから‼‼」、
さらに強く、細身だけど筋肉質のクロの体をぎゅぅっと抱きしめる。
「んんん、ぐぅぅ、グスッ、はぁん……」
もっと力を強めて抱きしめる。真夜中の静寂な夜空に、星のように煌めく涙が散って、彼女のぐちゃぐちゃの弱い泣き声がやまびこの余韻の様に響いていく。
「ご、ごめんな、いつも……」
彼女の苦しみに応えて、その弱々しい声に応えて、静かな声で言う。
「……ごめん、ごめんよ……心配かけたな」
二人の時間がゆっくりと進み、また一つ、成長する暗殺者。
でも、まだ、未だに彼には分らなかった。
この胸の奥で、気締めく、転がる、捻じれて、少しだけ痛む、バグのようなおかしい気持ちに彼は気づけていない。
そして、理解していない。
「大丈夫? ゆり、一回落ち着いて」
心配して背中を擦る。
ゆっくりと、ゆっくりと、小さな背中をこぶがあるハリのある小さな手で撫でていく。
「ぅん、ごめん、私泣いちゃった」
体を離して目をこすり、3秒あいてクロに向かって口を開いた。
「なか、はいろ」
「あ、うん」
そして、真夜中の小さな再会劇は幕を下ろした。
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