第93話 仕事の始まり

 早速使う羽目になった《テレポート》でクレアを回収したのち、母さんとセフィアさんにこってりと叱られたその夜。

 いつもよりも少しばかり豪華な夕食を摂ってから、久しぶりに自分の部屋へと足を運んだ。

 壁にかけられたランプの中には、油と石片があり、それに火がついて発光している。

 ランプの中にある石片は、拡光石と呼ばれる黄色の結晶で、熱が加わると発光する性質のある石である。

 この世界の鉱物は、組成の段階で必ず魔力の影響を受ける。鉄鉱石でも、魔力の内包量が多ければ、こうも「魔鋼」となる。炭素と混ぜて錬成した鋼にすら影響が残るのだ。

 最も影響が少ない状態で産出されるのはやはり金である。滅多なことでは産出されない金だが、炎のように赤い煌めきをもって産出され、密度も極端に高い鉱石は「日緋色金オリハルコン」などと呼ばれるが、あまりにも貴重な品で、流通されることなど一切無い。

 特徴としては、やはり結晶構造の複雑化が挙げられる。分子間の結合の際に魔力が干渉することで、より少ないエネルギーで結合できるようだ。

 複雑化した結晶構造によって硬度も上昇し、耐熱性や電導性などにも影響が出てくるが、それらについては現状調査中だ。


 そして、俺が今回実家で錬成に挑むのは、銀の変質結晶、真銀ミスリル

 融点摂氏二千四百度、沸点摂氏三千三百八十度という、非常に耐熱性の高い金属だ。

 何故分かっているかと問われれば、勿論調べたからである。温度検査魔法として医療現場で用いられる《サーモマター》という魔法を俺が改造して、計測できる魔法を作り上げた。

 その際に用いた魔法、《源火の叡神プロメテウス》は、俺の魔法の中でも第七階梯魔法に属するものなので、当然固有魔法オリジナルである。

 魔法効果は「熱を知り、熱を暴く」こと。ギリシャ神話にて、人々に火を齎した神の名を冠したこの魔法は、「熱変動無効」という超人的な防御魔法として組み上げた。

 自身のローブに付与されており、これを纏う限り、俺は炎と氷に関する攻撃の一切を無効化できる。先日の一件で、高等学舎で使用した《白銀世界ホワイトアウト》で凍えなかったのも、俺の最大火力、《天地を穿つ神の鉾アメノヌホコ》で蒸発しないのも、この魔法の恩恵である。

 そんな火神の守護があれば、熱の制御や観測など造作もないことだ。《天神の崩雷ケラウノス》同様、俺の知る神性としての性質も持ち合わせているため、簡単には無効化できない。

 今回は、その《源火の叡神プロメテウス》を、自身の規定した温度に合わせた熱を生み出すようにして用いる。


 なんて話をしたところで、本題に入ろう。

 真銀ミスリルは、実はこの世界でも民間で錬成されることの多いものだ。

 銀を魔力炉に放り込み、燃やし続けることで変質させる。こうして真銀ミスリルは完成する。

 しかし、やはり天然物の真銀ミスリルよりもスペックは数段落ち、輝きも若干霞むなど、質に劣ることが多い。

 そのため、今回の錬成の目的は、高水準な真銀ミスリルを作り出すことも目的としている。でないとわざわざ俺が挑む必要がない。

 そしてこの真銀ミスリルを用いて、いくつかの道具の作成を考えているため、早いうちにこの作業を終了させなければならない。

 そのためには、まず魔法の熱に耐えられるほどの竈が必要だ。銀は純銀を用いるため、それの用意も行わなければならない。

 幸いにも、場所は敷地内の広めのスペースを借りることができたので、後は残るリソースをかき集めるだけだ。

 だが、耐熱の竈は用意するのは簡単だ。竈を作り、《源火の叡神プロメテウス》を《付与エンチャント》すればいい。

 問題は、その竈自体を作る手間がかかること。乾燥自体はなんとかなるのだが、形を作るのが大分手間である。明日一日で終わるといいがな。

 純銀の調達も簡単である。俺には《ピックアップ》という、魔導細胞研究の際の遺産があるため、錬成などの手間がかからない。

 研究のための魔法であっても、使い方は多様なのだ。


 部屋に戻れば、綺麗に片付けられ、放置された俺の元研究部屋が、そのままの状態で残っていた。

 備え付けとして用意された机に荷物がなくなってからしばらく経ち、うっすらと埃が被さっている。

 ——ような跡がうっすらと散見された。実際はしっかりと清掃されていた。空中に若干埃が舞っていることから、恐らく先の夕食の時間に掃除したのだろうと予想が立つ。

 ランプには灯が灯っていた。チロチロと燃える炎の中に、拡光石が光っている。直視しても眩さで目が潰れない程度の丁度良い明るさだ。

 天井から吊り下げられたフックにランプの持ち手を掛け、魔力を拡光石に注ぐ。発光量を増し、室内全体を見渡せる程度に光らせ、ランプカバーをセットする。

 こうして室内全体を照らすようにする。ランプカバーは薄い皮の加工品で、ある程度遮光させて明るさを調節するのだ。

 昔はメイドがよくやってくれていたものだ。《ライト》の魔法を使うこともできるが、光源の維持が必要なため、こちらの方が楽である。

 さて、当面の衣食住は確保したものの、やることは無数に存在する。竈の建設、銀の入手、真銀ミスリルの錬成……。出来れば二週間の謹慎期間中に終わらせたい。この期間だけが、俺は本当の意味で自由に動ける。

 謹慎すべきとか、別にそんなことは考えていない。面倒ごとを起こさなければそれでいいのだから。

 その間に、俺が真銀ミスリルを錬成しても構わないだろう。

 それに、所詮謹慎と言っても名ばかりだ。要は公的な場に出られなくなるだけ。ほぼ目的は騒動の鎮火だけだ。であれば、俺が希少金属の錬成に手を伸ばしていたとしても、誰かからの口撃は避けられよう。

 というよりも、もとより今回の騒動は、内憂ではなく外患だ。王政への不満が溜まる原因は内部の面子への怒りではない。

 それに俺は、敵を撃退した英雄として持て囃される可能性もある。要するに、実情として俺が謹慎する理由は少ないのだ。


 よって、俺が為すべきは静かに時を過ごすことではない。公的視点から離れる今こそ、やれることがあるのだ。

 そのためにも、今宵はゆっくりと疲れを癒す必要がある。あまり長々と起きている必要もない。

 俺はベッドに寝転がると、掛け布団を掛けて目を閉じる。それだけで、急速に眠気が体の奥から湧き出してきた。

 仮眠して尚残された疲労に身を任せ、俺は月光の覗く中で緩やかに眠りについた。

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