第91話 去城

 六権会議という面倒ごとを終わらせて、内心疲労で鬱屈していた。

 何しろ会議で議題に則さない話ばかりする四務卿に、喝を入れるという仕事を押し付けられたのだ。当然精神力は摩耗するし、《音爆弾》による肉体的疲労も多かった。

 体力の大部分をすり減らしながら終わった会議と、呼び出されたリゼラ達との話を終え、俺たちは王城の入り口に戻っていた。父さんや兄さん、リーンエイス家の二人も一緒だ。

 城門の中、少し開けた空間に、馬車が数台並んでいた。俺たちの馬車は、エインフェルト家の家紋を付けた白い公用車——なのだが、心なしか土を被っているように見える。

 クレイウスの方は先に帰ったようで、《大魔導》用の馬車がなかった。別に今回は構わないが、俺が帰れなくなるとか考えなかったのだろうか。

 ……いや、そう考えて先に帰った可能性すらあるのがあの男。期待しないほうが得策だ。


「今日はありがとう。久しぶりに娘の楽しそうな表情が見れたよ」

「それは何より。こちらもアイリスの証言で助かりました」


 セリカさんが右手を差し出し、俺もその手を取る。その様子を見て、兄さんが興味深そうな目を浮かべる。


「へぇ、アルーゼから丁寧語が飛び出すとはね。驚きだよ」

「……兄さんは俺のことをなんだと思っているんだ」

「え? 馬鹿みたいに手間のかかるじゃじゃ馬?」


 手を組み合わせて掴みかかる俺たちの様子を見て、父さんは微笑ましそうに見つめる。アイリスは苦笑い。絶対に手のかかる奴だ、とか考えていそうだ。

 唯一、俺たちの行動を無視してくれたセリカさんが、不思議そうに俺に声をかける。


「それにしても凄いわね。あの男どもの手綱を完全に握っていたもの」

「ん。別に大した話じゃないですよ。ああいった手合は発言させるから暴走するんです。レールに戻すなら、まず話を遮ることから始めないと」


 別に大した話ではない。相手の思考を読み、自分の話の軌道にうまくのせる。ごく当たり前のことだ。

 臨機応変な対応は、社会人には絶対不可欠な技能だ。中には心理学的な知識すら用いることもある環境で、いかに自分の話に食いつかせるか。論文の発表など、そういった状況は社会を回っていく上で絶対に求められるものである。

 相手が何を考え、どんな反応をすればどんな反応を返してくるか。そこまで見越し、かつ考え通さなければ、話はあっという間に相手に飲み込まれてしまう。

 多少乱暴な手を用いることができるのは、会話の手段が多くて助かる。そうやって、自分の敷いたレールの上を走らせるように対話を促すのだ。

 それを聞いたセリカさんはため息をひとつ。


「成程、これは勝てないわね」

「それにうちの弟、王国の法律も全て言えるくらいですしね」


 ポロリと溢した兄さんの俺自慢。だがそれに対し、セリカさんは目を見張って俺を見た。


「……嘘でしょ? ねぇ、本当なの?」

「え……別に。他に覚えることも大して多かったわけではないので」


 そんな事……、とブツブツ何かを呟くセリカさんに対して、父さんは苦笑。兄さんは誇らしげで、アイリスは……ドン引きしてらっしゃる。

 というのも、俺が覚えるべき知識というのが、かなり少なかったことが理由である。何せ前世の知識と経験が残ったままこちらに転生した俺。学問においては、どれだけ応用レベルでも高校レベルのものばかりだった。

 魔法の知識もこれまた乏しいもので、スラスラと既存の魔法の数々を覚えていった。今では使い慣れて、簡単な魔法なら何も予備動作なく魔法を行使できる。

 そうして、無駄に多かった時間を潰す手段に俺が考えたのが、この国の法律の暗記だった。

 価値観の違うこの世界で、何が罪となり何が罪とならないのか。それを知らなければ、ブタ箱にまっしぐらだと考えた結果だ。刑法は微妙だが、軽くなら頭に入れてある。多くの場合は労役刑が課されるのだが、稀に死刑になったりもするので、油断は禁物だ。

 特にこの世界には魔法が存在する。武力の形が増え、更に使い手も多ければ、それにまつわる法の整備は行われて当然だ。

 詰まるところ、自分の身を守るために必須であった知識を叩き込もうとした結果だ。叩き込みすぎて、少々行きすぎた節はあるだろうが、まあ知識が多いに越したことはない。

 ともかく、俺が特殊な生い立ちであるが故の出来事である。常識とは完全に逸脱しているので、セリカさんの反応も無理はなかった。

 すると、馬車馬が蹄を鳴らす音が聞こえてきた。もうすぐ出発の時間のようだ。気がついた兄さんが、俺に声をかけた。


「さて。僕らは西都に戻るけれども……アルーゼはどうする?」

「ああ、それなんだけど、俺も一度家に寄ろうと思ってたんだ。二人と一緒に、西都に向かわせてもらうよ」

「そうなのか。なら、久しぶりに家が騒がしくなりそうだ」


 嬉しそうに声を弾ませる兄の姿は、本当に幸せそうで、とても朗らかだった。


     ——————————


「飛ばせえぇぇぇ!!」


 必死に声を荒らげる兄の姿は、本当に大童で、とても勇猛果敢に見えた。

 御者と兄さんが死に物狂いで手綱を取り、馬車を引く二頭の馬は猛烈に砂埃を上げながら草原を駆け抜ける。

 そして俺と父さんは、


「《ウィンドスピア》!」

「《グラウンドブレイク》!」


 後続する怪鳥の群れの迎撃に追われていた。

 ダチョウのような体をした二足歩行の動物で、全身からは黒い羽毛が生え、脚部には羽毛が生えていないという特徴のほか、滅茶苦茶に足が速い。

 怪鳥クルサス。王都と西部の町村の間の草原地帯にある街道の付近であるこの辺りでは、珍しくもないよく見かける普通の鳥獣なのだが……。


「春先から初夏にかけてのクルサスの大疾走! ただ聞いた数よりも遥かにに多くないか!?」

「行きでも遭遇したんだけれど、こんなに多くは無かった! 王都に入る際に引き離した群れが、近くにいた群れと合流したのかもしれない!」


 俺の叫び声に、詳しい解説を寄越す兄。どうやら行きの道中でも遭遇したらしい。

 そういえば、馬車の外観が土で汚れていた。あれがクルサスの群れから逃げた時の汚れならば納得がいく。

 クルサスはこの時期が一番の繁殖期。そしてこの大疾走が求愛行動という、珍しい特徴を持っている。その求愛行動に巻き込まれたというわけだ。

 俺と父さんは、迎撃に徹しているのだが……、


「チッ、やっぱり抜けてくるか……」


 父さんの舌打ちが聞こえてくる。

 父さんは得意の風魔法で、俺は広範囲に作用する《グラウンドブレイク》で応戦しているのだが、いかんせん相手は自然現象。これほどの数を殺しては生態系に影響が出かねない。

 この世界はゲームではない。それぞれが独立して生態系を成している。モンスターが現れたから狩る、では済まされないことも多い。安直な行動は慎まなければならないのだ。まあ俺の場合、クレヴィー平原に魔獣を放牧しているので、なんとも言えないが。

 その点、俺の用いている魔法はとても効果的だ。《グラウンドブレイク》は、地面を隆起させて地割れを起こし、凹凸おうとつを作り出す第四階梯魔法。巨大な岩塊で大地を覆う、非攻勢魔法。

 だがクルサスは脚力が強く、平衡感覚も発達しているため、瓦礫の山をあっさりと踏破してくる。もはや数刻の時間稼ぎ程度でしかない。

 元の世界で言えば、ダチョウは小さめの群れを形成する。それに比べてクルサスは、中規模な群れを作る上、体高も二メートルに達するかといったところだ。大型ではあるが、ダチョウほどではない。

 馬車馬に《エクストラヒール》をかけつつ迎撃を続けながら、この状況を打破する方法を考える。このまま東部の町村に入ってしまえば、この群れの衝突することになる。

 しかし脳をフル回転させ、必死で策を練っていると、突然御者が悲鳴を上げた。


「ヒィィィィ!! 前からも!!」


 その悲鳴で前方を見れば、中規模な群れが同様に接近している。御者は馬の手綱こそ離さないが、大分逼迫している様子。時間もほとんどない。

 ——と、俺の脳裏に、一つの作戦が浮かんだ。


「全員! 作戦がある! 時間もないから一度しか言わないが、聞き逃すなよ!」


 前後から迫りくる怪鳥の群れを相手に、俺は一つの作戦を全員に伝えた。


————————————————————


 いきなりのハプニング。西部は基本的に草原地帯が多く、野生動物も豊富です。そのため、このようなことが稀に起きます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る