第三章 山間遺跡探索編

第84話 国権集う

 窓にかかったカーテンの隙間から、暖かみのある日の光が差し込み、寝室のベッドの上に寝転がる俺の顔を照らし出している。

 俺の部屋の窓は南側にある。ベッドは西側の壁にあるので、光の刺す方角から、光源が東の空にある事は明白である。

 この星の自転は、地球と同じく反時計回り。標準時間を合わせれば、およそ地球と時間的な差異は無い。

 ……と、長々と説明したが、結論を出すなら簡単である。


 朝だ。


 眠気の残る目蓋を擦りながら体を起こし、硬くなった全身の筋肉を伸ばし、解してやる。若干筋肉痛が残っているが、それは数日前の悪魔とシルベスタとの戦闘の結果だ。

 寝台から起き上がって、おもむろに光を覗かせるカーテンに接近。眠気を振り払うように勢いよく開く。

 朝日が差し込む。そろそろ寝苦しくなり出す季節。初夏の朝日ほど心地いいものはほとんどない。夜に冷えた程よい室温は涼しく、朝日を浴びる体は緩やかに温まっていく。

 窓から見渡せば、石畳の床に一本の棒が突き刺さったモニュメントが見える。日時計だ。研究所ラボの建造の際、余ったスペースで作ってみた日時計は、不思議なことに雰囲気を出すのに丁度いい。

 そして朝早くから、カンカンと金槌を叩く音が聞こえてくる。朝早くから目を覚ました生徒たちが、涼しい時間から再建に励んでいるのだ。


 今日で高等学舎の校舎修復が始まって早三日。大工や有識者たちが先陣を切り、全校生徒で修繕に励んでいる。

 生徒たちは魔法の扱いに慣れているので、様々な場面で魔法を用いて効率化を図っている。高所への角材の搬送や、角材の補強のために刻印を施したりするなど、その柔軟性は評価に値するものだ。

 また戦闘に長けた者たちは体力もあるので、多くの生徒が金槌を振るうこととなった。

 講師たちも負けず劣らずの労働を見せ、場面によっては指示を出すなど、生徒の行動のサポートを徹底している。


 図面の方は、以前の校舎を参考に書き出し、更に耐震構造まで組み込みながら設計し、負荷を計算していった。苦心惨憺さんたんしながらも、素晴らしいものを生み出したと自信を持って口にできる。

 勿論、俺の目論見も通してはいるが、全員気付いてはいない様子だった。

 朝から精が出るなぁ、と思いつつ、部屋を出て食堂へ向かう。食堂とは言っても、誰も料理を出してくれるわけではないので、自分で台所に立ち、飯を貪るのみである。

 今日の朝飯はアリムマという魚の切り身だ。程よいさらりとした脂の白身で、朝には重くなくて丁度いい。

 水産物は南方の名産だ。この国で数少ない漁業を担っているリーンエイス家の特産品のため、王都にも盛んに品が入る。

 今度機会があれば、是非とも朝市に顔を出したいものだ。

 アリムマの身を適当に塩焼きに、青菜を茹でてスープを作る。米が欲しいところだが、輸入品が多いため、かなり値の張る代物となる。味噌も同様のため、和食の旨味を取り戻すのは、まだまだ時間のかかる話となる。

 余談ではあるが、俺はマヨネーズは嫌いだ。よく異世界物の知識チートみたいなもので、「マヨネーズが旨くて最高!」みたいなノリがあったが、これに俺は否を突き付けたい。

 知識チートを望むのなら、元の世界から引っ張ってきた知識を披露するより、自分で見聞を開くべきだ。他者の発見をまるで自分で気づいたかのように話す人間は、ただの愚図だ。

 所詮は借り物の知識だろうに。まったく度し難い。学者ならいざ知らず、自分の考えついたアイデアが誰も思いついていないかなど分からない筈だ。

 あとは無自覚系チート野郎も気に食わん。自分の実力を自分で知らずして何とするのか。転生物であっても、その世界の平均を知る努力はするべき物のはずなのに。与えられた環境を逸脱する行動は、慎むべきだと思うのだがな。


 ……と、異世界転生者がベラベラと口にする。結局俺も愚かしい限りだな。


 先の戦いで、俺は自分の実力をもう一度見直し始めた。いつまでも傲り続けるのは愚かであると理解できた。

 何故なら、俺の周囲にいるのは全員天才肌だ。しかも、俺に憧れてかは知らないが必死に努力を重ねるようになってきた。

 努力する天才に、ただ努力しただけの凡才がいつまでも上に立ち続けられる訳ではない。人一倍努力を重ね、誰よりも考えなければ、彼女たちには敵わない。

 これからは俺も、再び成長を重ねていく必要があるだろう。それを俺は感じ取った。

 勿論、俺にだって強力なカードはある。ゼルクレアの力だ。これは誰にも真似できない比類なき一手だ。

 だが、その他の魔法で比べると、俺はカードの枚数が多いだけだ。小器用なだけ、とも言い切れる。ならば俺の武器は、その手札の数のみだ。

 俺も魔法の訓練、再開するのもいいかもしれない。

 そんな訳で、俺はしっかりと朝飯を食べる。前世ではあまり朝飯を変える機会はなかったが、今世ではしっかりと食べることを心掛けている。

 健康は食事からだ。


     ——————————


「ってな訳で、俺は暫く外に出る。外出なんかは控えてもらえると助かる」

「理由も分かっておる。安心して行ってこい。くれぐれも、

「いざとなれば対面式の再演だ。それと、見慣れない侵入者は

「了解じゃ」


 朝飯を食べ、仕立て直した正装を纏った俺は、玄関でクレアと静かに言葉を交わした。

 その手には、昨夜ひっ捕らえた侵入者達の持っていた手紙を握っている。腰にはしっかりと刀を下げ、魔力も全快である。

 これから俺は、国権の集う王城に向かうのだ。しかも謀略と策略の渦巻く国政の中心、六権会議にである。

 正直、関わりたくない世界である。だが身分は、こういう時に責任を求める物だ。利益の代償としては我慢する他はない。

 再建工事に精を出す生徒たちを見ながら暫く歩き、校門にたどり着けば、既に馬車に乗り込んだクレイウスが待っていた。

 御者と思わしき人物が、恭しく胸に手を当ててお辞儀する横を抜け、その馬車に乗り込んだ。

 馬車には王家の紋章。だが今回は、プライベートの黒の馬車ではなく白の馬車、公用車だ。


「おはよう、アルーゼ君」

「おう、おはようさん。出してくれ」


 挨拶を返しつつ、御者に指示を飛ばす。程なくして動き出した馬車に揺られながら、時間を待つことになる。

 馬車の中には、イデアも座っていた。静かに目を閉じているが、やはりメイド服は着用している。誇り、なのだろうか?

 正直に言えば、俺は普段着はジャージ派である。ただ、やはりこれもこの世界にはなく、重いコットンを普段着としている。もう少しいい素材がないだろうか。シルクは下着くらいだしなぁ。

 と、逡巡していると。


「その顔はあんまり緊張してないね?」


 もはや保護者のような振る舞いをするクレイウスが、微笑みながら声を出した。


「緊張も何も。俺たちがビビってどうする。個にして最強の武力。そういうイメージの強い《大魔導》って名前を持つ人間としては、強く出ていかなけりゃならんだろ」

「ま、それもあるけれどね。でもやっぱり、場慣れしているよ。イデアなんて、若干汗ばんでいるくらいだし」

「セクハラで刺しますよ」


 音もなく、懐から黒いナイフを取り出したイデアに、待ったをかけるクレイウス。主従関係は見た目通りではないが、よく信頼している証拠か。信頼の裏返し、ということだな。

 漆黒の刃をちらつかせ、クレイウスを牽制するイデアという不思議な光景を横目に、俺はゆっくりと動く景色を眺めていた。

 王城と高等学舎はそれなりに距離があるため、馬車での移動時間もそれなりにかかる。そしてそれは、当然人目を集める物でもある。

 物珍しさに集まる人々を眺めながら、俺は悠々と時を過ごす。それを見てか、二人も腰を下ろして口を閉じた。

 車内が静まり、無言のままいると、しばらくしてクレイウスが口を開いた。


「やっぱり、緊張はしているよね」

「……」


 俺は無言のまま、徐に魔法鞄から数通の手紙を見せる。イデアがそれを受け取ると、クレイウスに見せた。

 その封を見て、クレイウスが眉を細める。


「これは……」

「自陣に引き込みたい、国権の各派閥からの密書だ」


 俺という武力の底がどれほどの物なのか。それを知らなかった連中は、様子見のままタイミングを伺っていた。

 そして遂に、悪魔を退けるという決定的な実力を証明され、我先にと自陣に引き込もうとした結果と推測している。

 それに渡してきた運び屋の腕もなかなかのものだった。監視カメラだけでは完全に発見できなかったことからその隠遁技術は確かであると言える。

 まさか向こうも、流石に熱感知センサーと赤外線レーザーが構えてあるとは思わなかったろうな。

 その手紙を睨みながら、クレイウスが重い口を開いた。


「運び屋はどうしたんだい?」

「勿論、丁重にお迎えしたよ。そしてお帰り願ったさ。ただし、もう二度とこういう仕事にはつきたくないと思うくらいにはしたから大丈夫だろう」


 俺の言葉に、クレイウスは乾いた笑いを浮かべるだけであった。俺の教育というのがどういうものなのか知らないイデアだけが、キョトン、としている。

 俺の持つ固有魔法オリジナル《デリブル》の効果は折り紙付き。昔の魔力の少ない段階でシルベスタを失禁させるほどの恐怖を一瞬で植え付けるもの。今の俺が使えば一撃でショック死もあり得るほどである。

 まあ、彼らに《デリブル》は使わなかったのだが。

 ともあれ、そうしている間にも馬車は目的地へと進み続け、ようやく目的地へ辿り着いた。

 目を見張る白亜の巨城。あまりに巨大なその異様は、首を上に傾けなければ見渡すことができない。

 かつて対面式と叙勲式にて登った城に、今度は重鎮として参る、か。不思議な感慨深さがある。

 俺は密かに決意を新たにし、迫る巨城の全容を見据えていた。

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