第83話 時点報告 その2



ク「ふんふふーん♪」


ア「どうした、クレア? 鼻歌まじりに楽しげに筆を取って」


ク「ん、ああ。これはの、妾も『日記』とやらを書いてみようと思った結果じゃ」


ア「日記? 何でまた」


ク「お主と契約してからまだ一月も経たぬうちに、これほどの事態が起こったであろう?」


ア「先の一連の事件か。まあ確かに、かなり濃密な一か月だったことは認める」


ク「じゃからの、ある程度纏めておかぬと、記憶が混同しそうでの。悠久を生きる妾にとって、短い間にここまで濃密なことが重なると、それぞれ覚えておられなくなるのじゃ」


ア「全体的に鈍いのか、あるいはボケたのかってとこだろうな……って痛ッ!? わざわざ頭に羽ペンぶん投げるなよ!」


ク「馬鹿者。妾をボケ老人呼ばわりしたのはお主じゃろうが。それにこう見えても、まだ数千年しか経っておらぬ。古き神共と比べてみればまだまだひよこもいいところよ」


ア「いやそれ十分老人だから。俺たち人間からすれば半端なく老人だから。老人……老龍か?」


ク「そういうものなのか……。矮小なお主らの命では、妾の生命を理解することはできぬか」


ア「当たり前だ。……とまあ、雑談はこの辺にしといて。折角だし、俺もその纏めに付き合ってやるよ」


ク「——————」


ア「おい何だよ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」


ク「いや何、珍しいこともあるものじゃの。あの面倒くさがりなお主の口から手伝う、なんて言葉が出るとは思わなんだ」


ア「今、俺が一体どういう認識を受けているのか理解できた気がするが、そこまで言うのなら俺も大人しく身を引こうか」


ク「いや、お主の手伝いがあった方が楽じゃ。そうと決まれば、早く解説を始めてくれ」


ア「随分と我儘なことだが……まあいいか。さて、話はどこからにする?」


ク「この国に来てからでよかろう。人の国というのはよく知らなかったが、よく栄え、楽しい場であるの」


ア「国に来てからって言ってもなぁ……。先の悪魔の襲来まで、一月も経ってないんだよな」


ク「妾の寿命からすれば、本当に瞬きの間じゃな」


ア「俺としても予定外だったさ。そしてついでに言うのなら、僅か一月足らずで運動不足は如実に起こるんだな、とも思った」


ク「それはお主が徹夜続きの引きこもりだったからじゃろうが」


ア「それは言わない約束。そういえば体力で思い出したが、帰ってきてからすぐにリディアと戦う羽目になるとは思わなかったな」


ク「お主の妹だったか。じゃが確かに、お主と戦うにはあまりに実力不足じゃったの」


ア「それはそうなんだが。ただまあ、キチンと相手にしなかったのは悪かったか、とは反省している」


ク「時の《大星霊》と似たことをする男に諭されておったの」


ア「煩い。あれはかなり癪だったんだ。アイツはなんとなく、虫の好かない男だからな」


ク「癪だとか言うでない。愚かであったのは間違いなくお主なのじゃから」


ア「だからそう言うことは言わない約束。そういえばあれ以降、しばらく研究の方もスランプ気味だったな」


ク「魔石についてじゃったかの? 確か」


ア「よく覚えてるな。もしかしたら《刻印ルーン》をもっと自在に使えるかもしれないからな。今はラーファに一任してある」


ク「成る程の。あの娘は地質学に精通しているようじゃからな」


ア「最新の研究成果だと、主成分は白雲母と石英って話だ。内部に保有している魔力が無くなると、白く霞んで一気に脆くなるようだな」


ク「妾に深く解説されても、ただ困るだけなんじゃが」


ア「確かにそうだな。ただ、使い切った魔石が脆くなる理由はなんとなく分かったな。石英が含まれていても、雲母の劈開へきかいが——」


ク「長くなりそうなら一撃を入れるぞ」


ア「そう言うこと言うなよ。悲しくなるだろ?」


ク「むしろ延々と興味のない話を聞かされる妾の身にもなってほしいものじゃの」


ア「断る。何故なら俺にとって、世界中のあらゆる物事は興味と関心を向けるべきものだからだ」


ク「そーかそーか。そういえば、研究といえば大魔法はどうじゃった?」


ア「《命龍神理ゼルクレア》か。あれは凄いな、熱量が半端じゃない」


ク「当たり前じゃ。権能そのものを人の身で使うなど、本来あり得ぬ話じゃぞ?」


ア「そのお陰で、悪魔をぶっ倒せた訳だが。生命の起源だったか? お前の権能の本質は」


ク「正確には生命の進化と淘汰をまとめ、生命の管理することじゃな。お主ら人間にも効果のある権能じゃぞ?」


ア「願い下げだな。権能を用いての大量殺戮とか、完全にジェノサイダーじゃないか」


ク「似たようなもんじゃろ。それより、一度散策した下町も良かったぞ?」


ア「話を逸らすな。ま、下町の飯は効率的かつ庶民的で、繊細じゃない分旨さがしっかりと伝わるからな」


ク「あの孤児院の稚児どもも、元気にしておるかの?」


ア「ラナゾック孤児院だったか? まあ、資金繰りは当面安定するんじゃないのか?」


ク「それは良いの。あの子供らと食した麦粥は絶品じゃった」


ア「どっちがガキなのか分からんかったよな」


ク「《スプレッド・オブ・ゼルク——」


ア「待て待て待て! 攻撃しようとするのはやめろ!」


ク「何故じゃ」


ア「それだけなの!? そんな危ないことしようとして『何故じゃ』だけなのかよ!?」


ク「お主には、少しばかり手痛い仕置きを与えてやらんと、いつまでも調子に乗っていそうじゃからな」


ア「さーせんっした。これで勘弁してくだせぇよ、旦那」


ク「……なんの真似じゃ」


ア「そんなもん、ウザさアップの謝罪もどき——嘘です何でもありませんナマ言ってホントスンマセンっした」


ク「分かれば良い。それで、あそこでお主が買い取った古文書はどうなのじゃ?」


ア「アレは一旦保留中。解読はかなり時間がかかるんだよ。資料もないからな。それに今の段階では、悪魔の槍を調べる方が先決だろうしな」


ク「アズメルクの《魔神器》か。場合によっては、何かの役に立つことになるやもしれんからな」


ア「そうだな。仮に俺が使ったとしたら、永遠に戦い続けられるかもしれん。もっとも、ランスは俺のメインウェポンではないがな」


ク「じゃがまあ、《腐死の鰲棘イヴェラカルス》といえば、お主が一番記憶に残っているのは、あの男であろう?」


ア「まあな。お前が送り届けてきたシルベスタ。アイツとの最後の戦いは良かったな」


ク「彼奴の魂に慚愧の念ばかりが残っておったからの。お主のためにも、ケジメはつけておくべきだと思うての」


ア「ありがとな。お陰で、知らなかったアイツの本当の顔が知れた。それに、気になる技も使ったしな」


ク「《精霊王剣・天壤降臨エクスカリバー・ブレイブバース》と言ったか。それの何が気になるのじゃ?」


ア「エクスカリバーっていう名前がな、俺の前世の世界の伝説でも存在するんだよ。同一のものなのか、はたまた別の何かなのか。いずれにせよ、王族に疑念が増えたのは事実だな」


ク「成る程の。それによくよく思い返せば、砕けた筈の《腐死の鰲棘イヴェラカルス》じゃが、即座に再生しておったな」


ア「何にせよ、目下アレの解析は最優先事項だろうな。それはそれとして、俺は最近、よく固有魔法オリジナルを目にするな」


ク「お主の妹といい、アイリスとサレーネといい、他にもかなりの数の人間が持っていそうじゃな」


ア「本当だぞ。一体何でこんなにいるんだろうな」


ク「間違いなくお主の影響じゃろうよ」


ア「何故断言できる。俺にすら分からんことを、何の分析もせずに断言できる根拠は何だよ」


ク「お主の周りで固有魔法オリジナルを持つ人間が多いのなら、お主の周りに原因となる何かがあることになる。そしてその原因の中で一番可能性の高いのが、お主なんじゃろうよ」


ア「意外と冷静な分析だったな……。大体こんな感じじゃないか?」


ク「ん、あぁ、そうじゃな。助かったの」


ア「別にいいさ。俺も思い出して少し楽しかったからな。また機会があれば、思い出話でも語るとしようか」


ク「そうじゃな。それがいいであろう」


ア「ま、こんな時間だし、そろそろ寝るとしようかな。お前も寝ておけよー」


ク「寝不足でパフォーマンスを低下させた男に言われるとは思わなかったセリフじゃな」


ア「だから何度も言っているだろ。そういう事は言わない約束。……お休み、クレア」


ク「うむ。いい夢を見るのじゃぞ……」




第二章 結

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る