第30話 培養完了

 俺の求める結果を出すには、《サーチ》という魔法が効果的であると指摘された俺は、それを用いた新しい魔法の作成に勤しんでいた。

《サーチ》の魔法効果は、自身が探す対象として認識しているものを知覚させること。認識の対象を魔法文字ではなく使用者の意識に依存する珍しいタイプの魔法である。今回の案件にはピッタリだ。


 魔法の作成には、三つの方法が存在している。

 一つは求める結果を引き出すための魔法式を、魔法文字から組み立てる方法。

 魔法文字には、一つ一つに意味が存在する。そしてその意味は、魔法の形態から効果にまで、作用を限定するためのものだ。

 ただ、これを行うには、相当に時間がかかる。何故なら魔法式は、円から方陣、そして魔法文字の配置の組み合わせにまで、かなり縛りがあるから。

 時間は確かにあるとはいえ、あまり悠長にかまけていられるわけでもない。結果を知りたいという理由から、母さんが俺の研究を漏らしたように、今度はどうなるか把握できない。

 加えて、俺のにも影響する可能性もある。そのためにも、早い段階で研究を進める必要性があるのだ。


 話を戻そう。

 二つ目の方法は、精霊に超常的な力を魔法に置き換えてもらうこと。

 どういうことかというと、要は精霊と呼ばれる存在にお任せする、というものである。

 精霊とは、この世界に存在する魔力、あるいはマナと呼ばれる存在によって構成された生命(?)であり、人間に恩恵をもたらしめる存在のことだ。

 精霊を使役する「精霊魔法」と呼ばれる括りもあるのだが、俺の使う魔法とは異なる原理でできている。

 人間の用いる魔法とは異なり、彼らの言語で作り出された魔法式は、俺でもあまり理解できない。精霊の言葉なんて知る由もない。


 そして三つ目。既存の魔法式を調整し、新たな魔法を作り出す、というものだ。魔法の改造とも言える。

 俺の場合、《大凍零平原ブリザード・バーグ》なんかはこの方法で製作したものになる。

 この場合、確かに調整の時間はかかるものの、時間的にはかなり短縮できるので重宝している。俺がよく使う方法だ。

 今回の魔法は、《サーチ》によって探索したものを目印として起動し、それを採取するという魔法を作る。

 採取に用いる魔法は、物体移動の《アポーツ》。第二階梯魔法で、運搬によく用いられる。

 この二つの魔法を合成して、新しい魔法を構築する。

 魔法式の合成は複雑で、素となる魔法式を、制作する魔法式の数輪分に組成変換する必要がある。

 もちろん、この作業も強引に行なってはいけない。困ったことに、この作業にも正解が存在するのである。

 不思議なことに、魔法式同士の合成は、どの魔法同士でも可能である。必ずいずれかの正解が存在しているのだから驚きだ。

 言ってしまえば、最高位の第七階梯魔法同士であったとしても可能、ということになる。

 まあ、今の俺に必要なのは、先に挙げた二つの魔法のみなので、そんなことはどうでもいい。

 俺は作業のために、二つの魔法を並列起動デュアルキャスト遅延起動ディレイキャストする。

 この技術は、脳にかなり負担をかけるので、《アクセラレート》の魔法を同時に使って初めて可能になる技術。勿論、魔力消費も馬鹿にならないが、今はそんなものどうだっていい。

 丸二日かけて、慎重に慎重を重ねて術式を組み上げ、固有魔法オリジナル《ピックアップ》を完成させた。


 さて、次は培養環境の方だが、これはもうアテがある。

 精神を安定させ、放牧しても捕食などを抑える鎮静作用があり、更に健康状態まで保つ俺の固有魔法オリジナル、《ムーンクレイドル》があるではないか。

 俺はこれを一度分解し、培養に適するように再構築することで、新しい固有魔法オリジナル、《インキュベイト》を製作した。

 これにより、細胞の培養に最適な環境を概念的に整える魔法。シャーレに《エンチャント》しておけば、問題なく作用する。

 ここまで念入りに準備をして、初めて実験は行えるのだ。


     ——————————


 ここまで作り出した魔法を総動員して、魔獣細胞の採取は恙無く進行した。

《アナスティーティカム》を用いて魔獣を眠らせ、メスを使って小さく皮膚から細胞を貰い、《ピックアップ》を使って魔獣細胞を集め、シャーレに仕込んだ《インキュベイト》で培養する。

 魔法をこんなマイナーな使い方で行使する人なんて、おそらく俺だけだろう。

 数日経てば、魔獣細胞で出来た小さなカルスが出来上がった。

 それが何かわかるために、水に《サーチ》を《エンチャント》して作った手作り試薬を完成させていた。色で判別するために《ペイント》の魔法をちゃっかり加えることで、ヨウ素液やBTB溶液のような反応を期待できるようにしてある。効果は事前に確認済み。

 俺は一つのカルスに、自作の試薬を一滴垂らす。すると、赤紫色に変色した。魔獣細胞であるという証明だ。

 名付けて「CCD溶液」。CCDというのは、「creatureクリーチャー cellセル distinctionディスティンクション」の略。魔獣細胞判別、を直訳したもの。ネーミングセンスなんて知らない。

 まあ、こうして俺は、実験に不可欠な、魔獣細胞の培養を成功させたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る