第29話 認知されました


 第一段階として、魔獣細胞を発見したわけだが、これだけでは研究は進まない。その細胞の性質を調べ、反応を調べ、更にその生態まで調べて初めて研究したといえる。

 そのためにはまず、この魔獣細胞を取り出し、培養する必要がある。

 培養とは、人工的に対象を成長させ、実験に必要な状態を作り上げること。と、俺は考えている。うろ覚えだが。

 培養の方はまあなんとかなるだろう。問題は採取の方だ。

 いくら魔法があるからと言って、この細胞自体を取り出すことは極めて難しい。

 この魔獣細胞は既に死細胞だが、これを上手く使って、生きている魔獣細胞を取り出す方法を考えなければならない。


 問題は、「対象を選別して取り出す」という魔法を作ることができないことだ。

 魔法の組成には、魔法式が深く関わっている。そしてこの魔法式の組成には、魔法文字が起因として働いている。

 既に百に近い数の魔法文字を解読し、柔軟に魔法式を組成している俺でも、新しい魔法文字を生み出すことはできない。また、既存の魔法文字でも、魔獣細胞を示すものは存在しない。する筈がない。

 つまり、現状これを採取することは不可能、ということだ。

 俺は悩みに悩み抜き、結局思い浮かぶことがなかったため、一旦ここで実験を中断し、図書室へと入り浸り始めた。


     ——————————


 それから数日後の朝食の時、母さんが俺に声をかけてきた。


「アルーゼ、最近進展はないの? 何やら図書室へと入り浸っているようだけれど」


 母さんは、時折注意が抜けて重大な秘密をポロッと溢してしまうことがある。

 いつも気を張っている反動なのか。はたまたそういう性格なのか。

 いずれにせよ、聞き捨てならないことを耳にした父さんが、俺の方を見てきた。

 なんだよ、母さんに聞くのが怖いからって、わざわざ俺に聞くかよ!


「アルーゼ、進展ってなんのことだい?」


 父さんよりも先に、兄さんが俺に聞いてきた。

 というかなんで兄さんも母さんじゃなくて俺なんだ。俺が目で問うと兄さんは困った顔をして解答。『母さんに聞くのが恐ろしいからだよ?』俺なら恐ろしくないと?

 おれはコホン、と咳払いをして、誤魔化しにかかる。


「魔法の習得のことですよ。母さんには、時折いろいろな魔法を教えてもらっていて——」

「アルーゼに魔法を教えたことなんてないわよ?」


 そこー!! 空気読めーー!!!

 母さんの爆弾発言は止まるところを見失い、完全に暴走を開始した。


「アルーゼ、あなたに研究を許可したはいいけれど、中間報告とか、経過報告とか、何か私に報告するべきじゃないの? 何をしているのか聞いてみれば、企業秘密だのなんだなと言って結局いつも誤魔化してばかりで。私は、あなたが何をしているのか全く知らないのよ? 魔獣の研究なんてどんな事をするのか、私は興味があったから提案したのよ?」


 ああ、言い切ってしまった。

 不幸中の幸いは母さんに研究のことをほとんど話していなかったことか。お陰で、俺が何をしているのか深くは知られずに済んだ。何かをしているという嫌疑だけは生んでしまったが。

 気づけば、姉妹三人が揃って訝しげな視線を向けてきている。ああリディア、そんな不可思議なものを見るような目で俺を見ないでくれ!

 もはや隠すこともできまいか。せめて、成果だけは秘密にしておこう。

 そう腹を括った俺は、実験について話した。成果についてはあまり言及せずに。



「成る程、な……」


 俺の話を聞き終えた父さんが、渋い顔をして苦渋の声を漏らす。

 もともと、俺の着眼点はかなりズレているようで、大抵の研究者は「魔獣の使う魔法にこそ謎がある」と考えるのだそう。

 だが、その見解は大きな間違いだと、俺には断言できる根拠がある。魔法の研究に費やした数年間は、決して無駄ではない。

 確固たる知識をもとに、俺は魔獣の体内に視点を変えたのだから、別に悪い話でも、変な話でもない。


「では、お前ならば、その謎を解明できると言い切れる根拠はあるのか?」


 父さんが、俺の目を見据えて問うてきた。

 ここが正念場だ。俺は気を引き締め、再び父さんの目を見据えて答える。


「確信はありません。自信はありますが、それが確実に成功するという保証はどこにもない。それが正解であるなんて、俺自身でもわからない。

 ただ、俺は俺の思い描いた通りに研究を進めたい。自分で仮説を立てて、自分で実験して、自分で考察をして、これをずっと繰り返し続ける。

 でも、それが俺の望んだことである以上、最後までやり通す覚悟はあります。必ず結論を導き出すという強い決意があります。だから父さん。俺は、この研究を続けたい」


 意思をはっきりと口に出した。

 すると、父さんは、フッ、と息を吐き、短く笑った。


「そうか。そのくらいの覚悟があるならもう何も言うまい。存分に励むといい」


 気がつけば、俺を睨んでいた兄さんまで、その剣呑な雰囲気を収めていた。他の三姉妹も、穏やかな表情——半ば諦めに近い——をしていた。リディアは『兄さんは変わってますが、やっぱり才人です……』オイオイ、尊さで俺の心臓を止める気か?

 どうやら、認知はされたようだ。どんな結果になるのかは、きっと見えてはいまい。俺にだって見えないのだから。


「まあ、お前のやりたいようにやってみるといい。《サーチ》の魔法なんかは、意外と使えるかもしれないぞ?」


 父さんは、そう言って部屋から出て行った。それに続いて、少し長い朝食を摂った三姉妹が、仲睦まじく去っていく。


「よかったわね」

「……まあ、結果だけ見れば、ね」


 母さんの言葉に首肯する。

 父さんが去り際に残したアドバイスで、俺は一つのことを思いついていた。

 この世界には、便利な魔法がいくつもある。そのせいで、たいして使うわけでもない魔法の一つを忘れていた。

《サーチ》はその名の通りの探知魔法。探し物をするときに便利ながら、第三階梯魔法であるが故に普及はしていない。探偵や現場検証員なんかが用いる魔法だ。

 やれやれ。こんな簡単な魔法を忘れていたとは。誰かから意見をもらうのも、割といいものなのかもしれないな。

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