第17話 いざ対面式へ

「とてもよくお似合いですよ、アルーゼ様」


 対面式の日の朝、俺は夕から始まる対面式のための衣装を着ていた。

 エリンさんが、衣装を纏った俺に賛辞の言葉をくれる。

 だが俺自身は、大して喜ばしくも誇らしくもなかった。


 何故なら、式の衣装として貸し出されたのが、スーツだったからだ。


 勿論、前世のもののように硬い素材なわけでもないし、合成繊維でできているわけでもない。

 だがその彩色、形状、ネクタイからシャツまで、ほとんど見覚えのあるものだったのだ。

 しかも靴までも、黒い革製のもので、あまりにも見慣れたものだった。

 何というか、個人的にはもっとローカルなものを予想して少し期待していた分、なんだか脱力した感じがする。

 前世から着慣れたその晴れ着もどきを、慣れた手つきで着込んでいく。

 この部屋には、姿を確認できるように、大きな鏡が置かれている。


 そこには、美少年がいた。


 それが鏡に投影された自分の顔だと認識するのに、僅かばかりの時間を要した。

 黒髪で瞳は青緑。整った顔立ちで体つきも程よく、明らかに前世の姿からはかけ離れていた。

 まあ父さんも母さんもルックスは完璧だから、遺伝的に自分の顔もまあいい方だろうとは分かってはいた。

 だがこれほどとは。あまりに予想に反する美少年ぶりに、なんだかため息が出てくる。

 転生しないといいルックスを手に入れられないとは、なんだか残酷な話だ。

 しかしその時、俺のため息を聞いたエリンさんが慌て出した。


「お、お気に召されませんでしたか……?」

「! ああ、違うよ。服は気に入ったし、そもそもこのため息は、全く違う意味での話だから」


 慌てて俺は彼女のフォローに走る。

 いや、これは誤算だった。自分のせいで、他人にまで不快感を与えてしまったのは、とんだ失態だ。

 自分の不愉快を他人に漏らすのは、最早悪人のなす事だ。やってはいけないことをした。

 この失態は、個人的に贖罪しなければいけなく思う。ただの自己満足だが、それには付き合ってもらおう。


「ごめん、不快な気持ちにして。今度、少しいい服を買って渡すから、それで許してくれるかな?」

「!? いえ、それには及びません! 付き人が主人に何かを貰うなど……」

「ごめんね。でも、これはただの自己満足だから、少しは付き合ってくれると嬉しいな」

「そ、そういうことでしたら……」


 俺の行動に付き合わせるだけ、というニュアンスを付け加えれば、彼女の気も楽になるだろう。

 幸いなことに、今日の夕からの対面式の会場は王都だ。王都にはいい服屋の一つや二つあるだろう。

 しかも小遣いはたんまりとある。何故って、自分が欲しいものは父さんがなんでも買ってくれるのに、更に小遣いまでもくれているのだ。

 給料をもらっていた身としては、なんだか複雑な気分だ。こんなに簡単に金が手に入ることへの虚しさと、それを喜んでいる自分が混在している。

 だがまあ、こういう時に金があるのは嬉しい限りだ。金欠よりは遥かにマシ。そういうことにしておこう。


     ——————————


 玄関に来てみれば、既に見送りとして他の家族も来ていた。


「まあ、アルーゼ。とてもよく似合っているわよ」


 母さんの賛辞の言葉に、ありがとうと軽く言っておいて、俺は父さんの元へと向かう。


「よく似合っているぞ、アルーゼ」

「随分と様になっているわね。流石よ」

「まあ、似合ってるんじゃない?」

「お兄ちゃん、よく似合ってるよ。格好いい!」


 オフン。そんなこと言われたら、兄ちゃん全力で対面式に臨んでしまうよ。

 他の兄妹も、俺に賛辞の言葉を送ってくれた。俺は軽く会釈して進む。八歳の妹はまだ無垢で、願わくばこのまま優しい彼女でいて欲しい。

 父さんは付き添いだ。対面式は貴族たちが自らの子を見せ合って、関係性を高めていくための行事なのだ。

 そのため、貴族の親も参列する。そして自身の子供を紹介し、婚約などを取り付けたりするわけだ。

 なんだか政治利用されている気もするが、これが貴族の子という立場なのだろう。俺は気を引き締め、玄関をくぐる。

 父さんは既に馬車の中だ。全ては今日、一体何が起こるかによって決まる。そのためにも、父さんには頑張ってもらいたい。

 俺が馬車に乗り込むと、馬車の扉が閉まる。馬車と言っても貴族の乗るものなので、しっかりと装飾が施されている。

 屋敷からは、母さんと、メイドたちを代表してフランさんとエリンさんが、玄関の外まで見送りに来た。


「いってらっしゃい。問題は起こさないで欲しいけど、あなたのエゴは、しっかりと貫いて見せなさい。魔法士とは、そう生き物なのだから」


 母さんの激励。

 俺はそれをしっかりと受け止め、「はいっ!」と力強く返す。


「お気をつけて。いってらっしゃいませ、旦那様、アルーゼ様」


 二人のメイドが、スカートの端を軽く持ち上げて礼をする。

 父さんは頷き、俺も不敵に笑って応えた。


「行ってきます」

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