06. エピローグ

 現場で犯人を逮捕するのは、真崎たちの仕事ではない。

 犯人はマリエの父親だろうと真崎は言うが、それが正解だと分かるのはもう少し経ってからだ。


 仮想領域での活動を終えた三人は、接続カプセルから身を起こす。

 彼らの帰還を迎えたのは県警の一室、先端技術をガラクタのように積み上げた転送課である。


 万一に備えて待機していた第一課の刑事は、皆の無事を確認するとすぐに部屋を飛び出していった。

 最初に動き出した綾加が、予め用意していたコーヒーを紙コップに注いで、真崎とナルヘ手渡す。


「加算って、どういう意味?」

「んん?」


 尋ねられたナルは、だだ甘いコーヒーに渋い顔を作った。

 一口だけでコップをテーブルへ置き、彼は綾加の疑問に答える。


「あのエルゴの部屋は、もっと大きい舞台の中に足して作ってあった。改変じゃなくて、加算しただけってこと」

「あー、なるほど。入れ子になってたんだね」

「ログオフ処理の前に、取り込み工程を足したのも加算。ペナルティアナウンスくらいかな、まともな書き換えは。ウサギの技術はショボいもんさ」

「そのわりに、時間が掛かったね。間に合わないかと思ったもん」

「苦労したのは、裏エルゴそのものが硬かったせい。まさか南米の諜報回線経由で中近東のサーバーへ侵入するとか――」


 乗って話すナルと、話題を間違えたと後悔する綾加。一件落着で穏やかな二人に比べ、真崎の表情は険しい。

 気づいた綾加が、怪訝な目を彼へ向けた。


「まだ気になることが?」

「いや……。アマガエルとミケネコは特定したのか?」


 ナルがOKマークを指で作って答える。参加者の所在地は優先して解析し、既に所轄の刑事が向かったと言う。

 発見後は接続を維持するよう指示してあるので、助かる可能性は高い。


 もちろん、不幸な結果も十分に有り得る。

 犠牲を忌避して慎重に捜査するのか、解決を急いで賭けに出るのか。繰り返した自問の末、真崎は今後増える犠牲者を防ぐと決めた。

 報告書は慎重に書かないと、また上にこっぴどく絞られるだろう。


 新奇な部署とは言え、仮にも刑事である。犠牲を覚悟で事に当たるのはよろしくない。

 綾加も難しい面持ちになって、コーヒーを啜った。

 刑事の職責とは一線を引くナルはピンと来ないらしく、勝利に水を差されたと感じたのか、口を尖らせる。


「それだけ?」

「何がだ」

「これ以上の結果は無いんだし、喜べばいいじゃん」


 脳天気な捜査協力者へ、真崎は一旦開きかけた口を閉じた。

 この場で説教は、それこそ空気を読めと逆襲されそうだ。苦笑いと共に、彼は事務椅子へ座り直す。


「俺はああいう討論ゲームは苦手なんだ」

「聞いたよ。だから寝る役だったじゃん」

「でも、勝ちだよな?」

「事件を解決したから?」

「俺が犯人役だった。刑事の追求を躱しきった俺の勝ちだろ」


 呆れたとばかりに、綾加が首を横に振った。

 筋金入りのゲーム好きに、つける薬は無し。再戦を要求するナルと、それに応じる真崎。


 また報告書は自分が書くのだろうと、彼女は二人へ聞こえるように溜め息をついてみせた。





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