入れてください <カクヨム版>

1. 割のいいバイト

 年明け早々、ケーキ屋から閉店する旨の連絡があった。

 いい小遣い稼ぎになっていたのに。

 土日だけのレジ仕事は、週末こそ暇な私には最適だった。

 彼氏もいないし、お金も無い。友人の少ない大学生なら、皆こんなものだろうと思う。


 二月からは、入試の準備などで大学も休講となる。

 それまでに次のバイト先を探したくて、大学の掲示板やチラシを見て回ったものの、かんばしい成果は得られなかった。


 友人たちにも声を掛け、心当たりがないかと尋ねてみる。

 どこも閑散としたこの時期、ロクな条件の募集は無かったが、一人だけ何やらスマホで調べ始めた。

 単発でなら好条件のバイトがある、と彼女は言う。


「単発かあ。せめて一ヶ月とかがいいんだけどな」

「でもさ、二日で十万よ。凄いじゃん」

「まさか風俗関連じゃないでしょうね。イヤよ、絶対」


 いかがわしい仕事ではない、と友人は主張した。

 何でも毎年募集はあるらしく、昨年は知り合いが応募して、十万を頂戴したそうだ。

 仕事の内容は単なる留守番、それも二日だけで終わるのだとか。


「そんなに楽な話なら、自分が申し込めばいいじゃん」

「次の土日は、実家に帰る予定なんだよ。それに、場所が遠いのが難点でさ」


 どこ? と聞いた私は、あまりの僻地に絶句する。

 留守を預かる家が在るのは郊外なんて生易しいものではなく、バスを乗り継ぎ、さらに歩いて半時間という山中だった。

 面接に行くだけでも厄介なこの仕事を、私は結局受けることに決める。

 十万円は、金欠気味の私にはやはり魅力的だ。


 連絡先を教えてもらって問い合わせると、翌日には面接が行われることになった。

 依頼人とは、街中のホテルにあるカフェで顔を合わす。年代物のスーツを着た老人で、袖から出た手はしわだらけだ。

 皺と言うより、ヒビが適切か。手の甲には、派手な古傷も手首へ向けて走っていた。


 杖が必要な歳なのに出向いてくれたことへ感謝すると、少しだけ老人の口角が上がる。

 注文した紅茶が届くのを待って、彼は仕事の詳細を語り出した。


 留守番をするのは、二月二日の夕方から三日の正午まで。

 山の屋敷に残るのは私一人で、近隣に人は住んでいない。

 電波も電話線も通じておらず、留守番中は外部と連絡が取れなくなる。

 十年前に電気と水道は敷かれたそうで、それすら無かった時代は薪と井戸で暮らしていたらしい。

 尻込みしそうな案件に、不安が顔に出てしまう。


「今はエアコンも付けたし、温水も出る。食事は冷蔵庫に入れておくので、レンジで温めればいい」

「それなら、まあ……」


 屋敷にある物は何でも自由に使っていいと言うのだから、不便は無いようにも思う。

 唯一、老人の寝室へ立ち入るなと注意されたのは、プライバシーの観点からして当然だろう。


 持ち込む日用品に思案を巡らせ、泊まる算段がついたら、一つ大きな疑問が湧く。

 週末は遠方へ出掛けるという彼は、なぜ留守番が必要なのか。鍵を掛けておけば済む話では、と問うと、老人の声が少し低く落ちた。


「見張っていて欲しいものがあるんだよ」

「ペットですか?」

「違うが……似たようなものかな」


 場合によっては睡眠時間を削る必要もあるらしく、要は寝ずの番をしろということだ。


「去年は特に問題が無かった。今年はどうだろうなあ」

「最悪、徹夜も可能ですけどね」

「そのつもりでいてくれると助かる。あとは屋敷で直接説明しよう」

「何を見張るんですか?」


 質問には答えずに、老人は指を二本立てた。

 つつがなく事が済めば二十万を払おう――この言葉に、質問のあれこれを呑み込む。

 支度金には五万と、封筒に入れた現金を差し出され、私は留守番を引き受けた。

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