4.

 この一連の話をしたのは、留美が初めての相手だ。

 両親にも、突き飛ばした経緯は伏せたのだから。


 話を聞き終わっても、彼女は鼻をヒクつかせて、泣き止んでくれない。

 改めて謝る俺へ、逆に留美が頭を下げた。


「なんかもう、ゴメン。そんなことがあったなんて」

「留美は悪くないじゃん。教えなきゃ、想像もしないだろ?」

「先に聞けばよかった……」


 モゴモゴと話の感想を言おうとする彼女を制して、ぎこちなくも笑って気持ちを切り替える。


「そういうわけだからさ、コンビニで何か仕入れてくるよ」

「あっ、ラーメンがあるよ、すぐ作れるやつ」

「おー、そりゃありがたいな」


 シチューは自分が食べるからと、彼女は俺の皿にラップをかけて冷蔵庫に入れた。

 ラーメンを作ろうと材料を取り出した留美が、キッチンから振り返り、こちらへ声をかける。


「ねえ、食べられないのは牛乳だけ?」

「ゲル状ってのかな。あれに匂いとかがつくと、もう無理だ」

「白いだけなら平気なの?」

「そりゃあ、豆腐やらカマボコは大丈夫だよ」


 色だけで反応していたら、白ご飯すら食えやしない。

 彼女は答えに納得したようで、本当に素早くラーメンを仕上げてきた。


「これは……豚骨味?」

「そう」


 白く不透明なスープから、結構きつい匂いが立ち上がる。

 なるほど、彼女が白色でも食べられるかと尋ねたのは、これが理由か。


 留美のシチューも温め直し、夕食を再開する。

 ラーメンは相変わらず妙な苦味を感じたが、これなら最後まで食べられるだろう。

 麺をすする俺に、やっと彼女も笑い返してくれた。


「よかった。食べてくれて」

「美味しいよ」

「デザートはココナッツプリンね。牛乳プリンに似てるけど、味は全然違うから」


 スープを最後まで飲んだところで、そのプリンがテーブルに登場する。

 確かに、食べられなかったプリンと外見はそっくりだ。

 味が違うというのも彼女の言う通りで、微妙に不味いのは豚骨ラーメンに似ているような。

 そう、ラーメンと同じ苦味があった。


 ゴーヤチャンプルは、ハナから苦いものだろうと考えた。冷や奴は、なぜ苦いのか首を捻る。

 ケーキまで苦いのだから、漢方薬でも入れてるのかと疑った。

 共通するのは苦味、それに――。


「なあ。留美の料理、白いのが多いよな?」

「あっ、気づいた? 白はねラッキーカラーなんだよ」


 風水でもネオ占星術でも、最近流行りの神代占術でも、白が俺と留美の護り色なんだと説明された。

 白を取り込むことで、色のパワーに護ってもらえる――。


 滔々とうとうと語る彼女の言葉が、俺の耳を素通りする。

 留美もまた、一種のマニアだ。占いマニア、か。


 爺さんが思い出されて眉根が寄るが、害が無いなら我慢すべきだと考え直す。

 少しくらい、大目に見なくては。他は文句のつけられない彼女じゃないか。占い好きなんて、よく聞く趣味だ。


 自分で自分に言い聞かせていた俺は、瑠美から目を逸らして視線を彷徨さまよわせる。来た時とは、部屋はまるで違って見えた。


「……あ、俺、今日は帰るわ」

「え? 雪降ってるし、危ないよ」

「大丈夫だって。レポートの期限を忘れてた。すまん、また電話する」


 早口で捲し立て、プリンを途中で放置したまま玄関へ向かう。

 留美はドアまで見送ってくれたのに、俺は振り向きもせず駐輪場へ走った。


 チューブの数が、異様に多かったからだ。

 ペチャンコに凹んだ絵の具のチューブが、部屋の隅にうずたかく放置してあった。

 あんなに使うものなのか?


 これが俺のトラウマだ。

 どのラベルも、白い絵の具だった。








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