奔流
おかしいと思ったのだ。
マーカスはわずかに落胆し、わずかに納得し、わずかに安堵する。
確かに、自分なりに努力はした。人脈も築いたし、全て運と縁だけでここまで来たとは思っていない。それでも、ここまでの経緯はあまりにも出来過ぎていた。幸運というにも恵まれ過ぎ、事が上手く進み過ぎていると理解していた。
どこまでが作為によるものなのか。そしてそれは誰の意思なのか。それを疑問に思っていても自ら尋ね回り調べ回ることが自殺行為だと知っていた。大きな力に動かされているならば、それに抗うには覚悟と力が要る。だから黙っていた。見えてない振り、聞こえていない振りをしたまま、流れに逆らわず
「驚きはしない、といったところかしら」
「とんでもない。あまりのことに頭のなかが真っ白になっています。ただ……そうですね。どこかで予想はしていたんだと思います。自分が、何か大きな流れに巻き込まれていることを。私が王都で何と呼ばれているかご存知ですか?」
自嘲気味にいうマーカスに、コーラルは微笑とともに小首を傾げる。
「“王国と魔王領の双方に強力な繋がりを持った、新進気鋭の御用商人”……でも、自分がそんなものじゃないことは私自身が一番理解しています。では、何故
運命に流されやすいという、ロレインによる評価がいまになって皮肉に思える。
私を押し流そうとしているのは
息を吐いたマーカスを見て落ち着いたと判断したのか、コーラルが本題に戻る。
「王宮からの公式発表では、ケイスメル前第一王妃は病死、コイル伯爵は事故死。ですが王宮内では魔族の呪いということになっていました。けれども、ここにきてコーウェル派閥による毒殺だったという証拠が出たのです。その毒の入手先がレイモンド商会だというのも、ほぼ間違いありませんね」
「そういえばメルケン様は、当初から呪いという説は否定しておられましたね」
「魔導師なら誰でもそうですよ。当時の王宮側にその意見を受け入れる気がなかっただけで。魔法は使える者が少ないだけに誤解されていますが、万能でもなければ不可侵でもありません。使われればそれとわかるし、使用法には対処法も同時に用意されるものなのです。まして呪いなどというのは“状態異常の魔法で、未知もの”を暫定的に称するだけのいわば誤用ですから、それで死に至るなど有り得ません」
「たしか、先代王妃とその御父君は、理由もわからないまま徐々に衰弱して死に至ったと聞きましたが」
「そんな遅効性の魔法はありません。意味がないですから。横にいて術を掛け続けるならともかく、ひとつの魔法にそこまでの継続性はないのです」
「そこまでのお話は、わかりましたが……」
話が大き過ぎて理解が及ばず、否定するほどの判断材料もない。そもそもそこに自分がどう関係してくるのかが全く予想も出来ない。
その血生臭い陰謀のどこに自分の関与が出てくるのか。マーカスは既に心から続きを聞きたくないと思い始めていた。
「あなたのお父様がルーイン商会を没落させられたのが、レイモンド商会が流した噂だったようなのです。南部領を中心にした商売をされていましたから、魔王領との取引もあったはずだと。呪いを解くためにも、ルーイン商会の王都での活動を阻止しなければいけない」
「……そんな馬鹿な」
父の時代、ルーイン商会は王宮に献上するような商品を取り扱ってはいない。保存食や行軍用の携行糧食、浄水用魔道具や
そこには、王宮内の政争に巻き込まれるような要素はない。
マーカスの説明に、元宮廷魔導師は沈痛そうな顔で首を振る。
「それなのですよ」
「それ、とは?」
「帝国軍を内陸に引き込むため、西部領軍はコーウェルによって骨抜きにされていました。後は、王都への侵攻ルートとなる南部領と南部国境城砦の弱体化。それには、ルーイン商会の補給網が邪魔だったのです」
思考が追い付かなかった。その理屈は、頭で理解は出来る。だが。
「……
仮にも王族たる者が、そこまで愚かなのかと。
仮にも大商会の会頭ともあろう者が、そこまで無意味に他人の事業を、人生を、容易く踏み躙ることが出来るのかと。
マーカスは、噴き上げる怒りと憎しみを押さえつけるのに必死だった。
「納得など出来ないでしょうし、受け入れることも難しいと思うわ。でもね、あなたは、結果的に報復を果たしたの」
「……?」
「南部国境が抜かれず魔王領への侵攻に変わったのは、
「毒の情報と試薬、それに貴重な臨床情報は魔王領から提供されたものよ。最初は王女殿下が持ち帰った真偽不明の伝聞情報でしかなかった。その後の対話と流通の道筋は、あなたを通じて開かれたの。他の多くの毒草や薬草と同じく、王国にとってはもう未知の物でもなければ、対処不能なものでもない。それがどれほど偉大なことなのかは、たぶんあなたには理解すら出来ないでしょう」
コーラルは、優しげな声で、付け加えた。
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