フライト・チキン1
「デカッ!? 何これ」
セバスちゃんとレイチェルちゃんが連れて来た巨大な鳥を前に、アタシは唖然としたまま固まる。後ろから羽交い絞めの姿勢で押さえられているそれは、体高というのか足先からトサカまでの高さが、押さえているセバスちゃんとあまり変わらない。170センチ前後、サイズ的にはエミューくらいか。羽毛は赤褐色で名古屋コーチンぽく、怪訝そうに首を傾げる姿はそれなりに愛嬌がある。
「何……といわれましても、我が君。かねてご所望の
「ちょッ……我が、きみゃああぁ……」
「……ってことは、やっぱりあれニワトリなのね?」
「ええ、野生のニワトリです。魔王領の動物は大きくて肉の味が濃いのが特徴です。王国の家鶏はこの卵くらいの大きさしかなく、肉もパサパサで貧民しか食べないようですが」
連れ去られた残念執事に代わって冷静に説明する博識メイドのレイチェルちゃん。彼(女)が持っていたカゴには、野鶏が産んだ卵が3個入っている。それは色も大きさもうずくまった白色レグホンにそっくりだ。
「味はともかくサイズは王国のくらいが普通かと思ってたわ」
「ちなみにあれはメスですので、オスはもう少し大きく気が荒いですね。トサカが立派で、馬と同じくらいの速度で走ります」
「え。何それ、危なくないの?」
「危ないです。蹴爪やクチバシは皮鎧を突き通します。あと羽根を切らないと城壁程度の高さは飛び越えます」
「それもう怪獣じゃないの。イヤよそんなの狩るのなんて」
「ですが、鶏肉をご所望ならばオスでなければいけません。メスの肉も食べられますが産卵前でないと美味しくないですし、せっかく卵を産むメスを若いうちに潰すのは不経済かつ非合理的です」
それもそうだと納得しつつ、そういう魔族らしくない論理表現や経済思考も前王様からの受け売りなのかしらと少し意地悪く考えたりもする。
野鶏に背負われたセバスちゃんが駆け去った先は裏山で、アタシはひとつ思い出したことがあった。
「そういえば、裏山の奥に変な形の厩舎があったけど、あれ……」
「ええ。陛下よりお聞きした話から想像して、イグノ工廠長が作った“ようけいじょう”です。まだ試験段階で、なかなか上手くいかないようですが」
そりゃそうでしょ、魔王領のニワトリがそんな羽毛生やした恐竜みたいのだなんて知らなかったんだもの。前世の料理を訊かれた流れでフワッとした話をしただけなのに、いきなり鶏舎を建設してるあたりイグノちゃんも相変わらずの平常運転だ。
「ちなみに、あの子たちのエサは?」
「さあ……朝晩は鶏舎ですが、日中は裏山を徘徊していますから、そこで何でも食べているのでしょう」
「いや、その
「なるほど、失礼しました。陛下のご懸念は餌や生息環境が衛生的か、飼育コストはどれくらいか、ということですね。ビジネスとして行うことを失念しておりました。では
「あ、いえそうじゃなく……」
アタシはただ、畑への食害とか人や益獣への被害が出ないか知りたかっただけなのだけど、完全に大量生産する前提になってる。ていうか先王さんこの子に何を教えたの!?
勝手に一人合点したレイチェルちゃんを止める間もなく、彼女はパットを呼んで何やら話し込み始めた。
「陛下、野鶏は雑食で特に何ということもなく目に付くものなら何でも食べるようです。生息域によって肉や卵の味が違うのは周知の事実なので、餌の違いがどう影響するのかは工廠長と試してみますね」
「……あ、うん。ありがと」
「ちなみに好物は森に棲む魔獣の雛だとか。たまに魔力を宿した野鶏がいるのは、
そのせいだったんですね?」
“ね?”っていわれても知らないわよそんなの。それ、もうアタシの知ってるニワトリと違う……。
ちょっとした前世の思い出話でしかなかった筈なんだけど。新魔王領を支える一大産業として家禽の育成・改良・生産・販売の計画をグイグイと進めてゆくメイドと工廠長たちを前に、アタシは本当のことがいえなくなっていた。
アタシはただ、熱々の唐揚げが食べたかっただけなのよね。
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