オトコ女の千春 -二人だけで過ごした1週間-

震電みひろ

第一章 中三の夏、二人だけの一週間編

第1話 そして二人だけの一週間が始まった(前編)

「それじゃあ、行って来るわね」


 母さんは明るく言った。


「どのくらいで帰ってくるの?」


 僕は母さんと千春ちはるのおばさんのキャリーケースを、タクシーのトランクルームに詰め込みながら聞いた。


「初七日までは向こうにいないといけないからね。こっちに戻れるのは来週の火曜日になるかしらね」


 けっこう長いな、と僕は思う。

 もう中3だから、親がいなくちゃ嫌だとか困るとか、そんな事は別に無い。

 でもその間は食事も洗濯も、全て自分でやらねばならない。

 もっとも母親がフルタイムで働いているので、平日の夕食は普段からよく作っているが。


 そんな僕の横で、千春は暇つぶしにストレッチをしていた。


耕介こうすけ君、悪いけど千春のこと、よろしくね」


 千春のおばさんも、僕に向かってそう声をかける。


「ハァ?なに言ってんだよ。オレが耕介にヨロシクされる事なんて、何もねーよ!」


 ストレッチを途中で止めると、千春が不満そうに口を尖らせた。

 千春のおばさんは笑いながら「千春は何も出来ないから」と言うと、母さんと二人でタクシーに乗り込んで行く。



 昨夜、僕の曾祖母そうそぼが亡くなった。106歳と言うから、かなりの長命だ。

 曾祖母は僕の親族の中で、かなり発言力のある人だったらしい。

 通夜と葬式には、三親等までの人は全員が集まると言う。

 そのため、僕の母と千春の母親も、熊本まで葬儀に参列するために出かけたのだ。

 今夜の通夜から初七日まで、約一週間。

 僕の母と千春の母親は従姉妹いとこ同士だ。

 祖母同士が姉妹である。

 つまり僕と千春は『ハトコ』と言う訳だ。『マタイトコ』とも言うらしい。


 僕の家も千春の家も父親はいない。

 僕の家は両親が離婚、千春の家は彼女がまだ小さい頃に父親は病死している。

 そう言う訳で、僕は祖母の家に住んでいる。

 その隣が千春の家だ。


 僕の母と千春の母親はどちらも一人っ子で、子供の頃から姉妹のように仲良く育って来たらしい。

 両方とも夫を亡くし、その結果として実家に身を寄せれば、双方ともに行き来があるのは当たり前だ。


 だが……僕は千春が苦手だ。

 このガサツと言うか、乱暴と言うか、傲慢と言うか。

 ともかくテレビかマンガに出て来るイジメっ子の要素を、全てを合わせたような性格をしている。

 小学校時代のアダ名も『女ジャイアン』だ。


 そう、千春は女だ。

……たぶん……


 僕はチラっと横目で千春を見た。

 身長はほぼ同じ。

 (正直に言うと、僕が165cmなのに対し、千春が166cmだから、一センチ向こうが高い)

 そして日焼けした浅黒い肌。

 ほぼ僕と同じくらいに短く、耳まで出したボーイッシュなヘアスタイル。

 きれいな二重だが、キリッとした男前なアーモンド形の目。

 瞳の色は薄い茶色っぽく、アゴは細くシャープな感じだ。

 初対面なら「男だな」って思うヤツも、半分くらいはいるんじゃないか?



 僕の視線に千春が気が付いた。


「なに見てんだよ?」


 いきなりケンカ腰ですか?

 僕は小さくため息をついた。


「なんだ?その切なそうなタメ息は?オレに惚れてるのか?」


 ハ?なに言ってんだ、コイツ。

 だが僕が言い返すより、千春の次の言葉の方が早かった。


「今夜から二人っきりだからって、オレに欲情するなよ!」


 そう言うと千春はカラカラと男みたいな笑い方で、自分の家に戻って行った。


「二人っきりって、家は別だろうが……」


 一人になった僕は、小声でそう言った。



 だが早速、千春の来襲は始まった。

 僕が居間で勉強をしていると、ドカドカ言う音がして、縁側えんがわに上がって来る音がした。

 「お邪魔します」も何も言わない。

 ただ庭に面した縁側から勝手に上がって来て、僕がいる座卓ざたくにドッカと座り込んだ。


 僕が住んでいる祖母の家(祖父母は死去しているが)は、かなり古い日本建築の家だ。

 一般的に想像する『田舎の農家の家』と言えば解りやすいだろうか?

 その同じ敷地に千春の家は建っている。

 元々は千春の祖母、つまり僕の祖母の妹の家だ。

 ちなみに千春の祖父母ももういない。

 僕は横目で彼女を見た。


「なんでここに来るんだよ。自分の家で勉強すればいいだろ」


 だが千春は悪びれもしない。


「コッチの家の方が涼しいんだよ。エアコンを付けると電気代が勿体ないだろ。それにこの家にはオレの部屋もあるんだ。文句ないだろ?」


 千春の言う通りだった。

 僕の祖母は千春も孫同然に可愛がっていた。

 またこの家は昔ながら農家っぽい家だから、部屋数もけっこうある。

 よって一室は『千春の部屋』として割り当てられていた。


「それにココには、オレ専属の家庭教師もいるしな」


 僕は千春を無視して、勉強に向かった。

 明日は期末試験の二日目で数学と英語1。

 明後日までは期末試験期間だ。


「耕介、数学を教えてくれ!おまえ、数学は得意だろ」


 コイツのジャイアン的性格は、小学校の頃からまったく変わってないな。

 僕はタメ息をついて千春の問題集を覗いた。


「どこがわからないって?」


「コレコレ、52番。『ルート1080aのルートを外すため、最小のaの値を求めよ』ってヤツ」


「こんなの簡単だろ。これはさ……」


 僕はコピー用紙に考え方を書いて説明した。


「おお、さすが『ラジオ工作部』なんてマイナー部活に入っているだけあるな。耕介は理科と数学は得意だもんな」


「『マイナー部活』は余計だろ」


 千春が言う通り、僕はラジオ工作部というクラブに入っている。

 実際にはラジオ工作と言うより、電子工作とプログラムでのゲーム作りなんだが。


 千春の方は女子バレー部と陸上部の兼務だ。

 女子バレー部の方が本業らしいが、足が校内一速いので、陸上部の顧問に頼まれて 仕方なく両方所属しているらしい。

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