第三十五話 木曜日 昼の刻 〜ちょっと一息

 ぼくたちは一度落ち着こうと、先生からあたたかいお茶をいれてもらった。

 真っ白な湯呑みが4つ並ぶ。


「なんか、入ってたり……」


 湯のみをくるりとまわしてみてると、橘があきれ顔をうかべてる。


「凌くん、なにあったの?」

「いや、その……」

「蜜花ちゃん、ボクがね、みんなのことを化かしてたからだよ?」

「……なにいってんですか、先生」


 冷たい目!

 たしかに本当のことをいっても通じないよね、そうだよね。

 ぼくはゆっくりとお茶をすすった。

 ほんのり甘いお茶だ。おいしい。


「わぁっ、冴鬼、ちょ……」


 急に腕をつかまれたので、お茶がこぼれそうになるけれど、大きな目にいっぱい涙をためて冴鬼はいう。


「ぬうおぉ……わしはもう凌に会えないかと……!」


 もう号泣に近い……!!


「お茶、のんで、冴鬼」

「……ぐっ…ずっ……うん……ぐずっ」


 鼻をすすり、お茶をのむ冴鬼だけど、すぐに抱きついてくる。


「……ちょ、苦しいってば! ぼくも会えたのはすごくうれしいけど、そんなに泣かないでよっ」


 ひきはなすように押しやると、冴鬼は手のひらで顔をごしごしこすって顔をあげた。


「ちがうんだ。わし、フジにすごく怒られてな……準備もなしにつっこんで、お主らを危険な目にあわせたって……それで、もう使役するなと、幽閉されて」

「先生、あたしこれ、虐待だと思いますっ!」


 橘のいうことはごもっとも!

 でも事情が事情だったから、しかたないのかもしれない。

 とはいえ、先生の気持ちはかたまっていたようだ。


「そうかな? 凌くんがしっかり意志をみせてくれなかったら、冴鬼は君たちが死ぬまで幽閉するつもりだったし」

「ひどいですよ、先生っ」


 橘が勢いよく立ちあがるけど、先生は白い手をのばして、優しくいさめる。


「ちがうよ、蜜花ちゃん。これはボクなりのやさしさ。どうせ君たちは冴鬼より先に死ぬ。それが早まったところでそれほど大きな意味もないでしょぉ?」


 橘は先生のことばが理解できないようで、立ったまま腕をくんで、眉間にしわをよせている。

 きれいな顔が台無しだけど、理解できない状況に橘はとまどってるのがわかる。


「ほら、冴鬼、だいじょうぶだからっ」

「……もう、猫に会えないかと思うと、本当につらくてつらくて……!!」


 そっちがメインなんじゃ……?!

 だけど、すぐに冴鬼の目つきがかわる。


「だが、なんだ、あの状況は……たくさんの猫の亡骸が転がっていた」


 涙が消えた冴鬼の顔つきが険しい。

 そう、今はもう一度、を見直さなきゃいけない。


「先生、状況の確認をしたいです」

「わかったよ」


 先生はぼくにお茶をつぎたすと、ホワイトボードをからからとひきずってくる。


「じゃ、現状を確認していくよぉ」


 先生の声にぼくは顔をあげた。


 ぼくは覚悟を決めたんだ。

 戦うことを決めたんだ。


 だからこそ、しっかり現実を知らないと!


 どんな現実でも、理解しなきゃいけないんだ───

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