第三十三話 木曜日 朝の刻 〜消える思い出

 子守唄の声で目が覚めた。

 優しくて悲しい唄声だ。

 ぼくは耳のおくでそれをききながら、ゆっくり布団をめくる。

 想像どおり、ぼくの両足は黒く塗られ、とても重い。


「……だよね」


 ぼくの場合は見た目でも感じるからよけいかもだけど、とてもだるく感じる。

 さらに部屋のなかは黒い煙で充満。すぐにカーテンを開き、窓を開けると、さらさらと消えていった。

 今日、兄は両手・両脚・体が呪われている。

 もう木曜日だ───


「今日こそ、どうにかしないと……!」


 部屋をでるけど、ぼくと兄の呪いで、家中がくすんでみえる。

 兄の部屋のドアを叩き、そっと入った。

 だが、今日は真っ黒に曇っていることはなく、そして、兄もすでに起きているみたい。

 そのままリビングに向かうと、すでに兄はトーストをほおばっていた。


「お、ねぼすけ、起きたか?」

「ちゃんと目覚ましで起きてるから、ねぼすけじゃないよ。兄ちゃん、なんか調子よさそうだね」

「ああ、ようやく体が戻った感じだな!」


 兄がそういうのもおかしいことじゃない。

 だって、兄の呪いが、……ない。

 もしかして、ぼくが呪いを受けたから、兄の呪いが消えた……?


「……それなら、よかった……」

「なんだよ、急に」

「ううん。よし、ぼくも早く準備しよ。冴鬼が来るし」

「サキ?……もしかして彼女か?」

「兄ちゃん、やめてよ。この前遊びに来たじゃん。帰国子女で金髪の美少年」

「美少女ならまだしも、美少年? キモいな、お前」

「え、母さんもおぼえてるしょ? うちでトンカツ食べたし」

「まだ寝ぼけてるんじゃないの? 早くごはん食べて、準備しなさい」


 ……本当にぼくが寝ぼけてるの……?

 いや、そんなことはない。



 なのに、なんだ、この違和感───



 時間どおりに家を出てみたけど、冴鬼はいない。

 走って学校にも来た。

 だけど……


「……冴鬼の席がない」


 クラスのなかをみるけど、あまっている机もイスもない。


「あ、翔、おはよ」

「オッス、オッス。なんか探してる?」

「探してるよ。冴鬼の席がないんだ」

「サキ? 誰それ」

「帰国子女の金髪の」

「帰国子女ー? そんな格式高そうなヤツがうちの中学、くるわけないじゃん」


 翔は笑いながら席についたとき、友だちとしゃべりながら入ってきた橘を見つける。


「橘、昨日大丈夫だった?」

「なに、……昨日? なんのこと? まじキモ」


 全身の血が冷えていく。

 こんな感覚は初めてだ。



 それに、記憶が、……!!



 冴鬼の顔が白く塗りつぶされてる。

 トンカツの美味しさに叫んだ冴鬼も、猫を可愛がる冴鬼も、橘といい合う冴鬼も……顔が、もう、わからない……───


 ぼくはノートを取りだす。

 呪いをまとめたノート、それは残っている!


 そこにぼくは書きこんでいく。

 冴鬼のこと、冴鬼としたこと、そして、昨日のこと……


 崩れ落ちていく記憶の断片を必死に残そうとするけど、どんどんこぼれていく。

 おかしい!

 ありえない。

 ……ありえない!!!


 午前中の授業はおぼえていない。


 すべて冴鬼の思い出に費やした。

 でも、最初に書いた月祈りがもうわからない。

 冴鬼でサキと読むのはかろうじて残っているけど、サキの声もなにもがわからない。



 どんどん、どんどん、忘れてく……──────

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