第三十二話 水曜日 夕の刻 〜呪いの始まり
びしょ濡れで帰ったぼくは、すぐにお風呂に入るよう、母に命令された。
まぁ、制服も泥だらけだったしね……
ぼくはいわれるがままに制服を母にあずけ、お湯へとつかった。
緑にそまったお湯は、薬草ハーブの匂いがする。
「呪いにかかっちゃったな……」
お湯に沈んだ右足にぐるぐると髪の毛のような無数の手が巻きついている。
足をゆらゆらさせてみるけど、水のなかだからと変化はなく、ただただ蠢いている。
「でも、これでわかったな。呪いが見えたのはぼくだけ。理由はぼくが呪いの対象になったからだ。冴鬼と先生は、存在は感じても、実体は見えなかった」
ちゃぽんと顔を半分埋めてみる。
耳を塞いでもぐってみるけど、呪いの唄がずっと聞こえる。
かすかに聞こえていた唄は、恐ろしくて、憎しみしか感じなかった。
だけど、今聞こえてくる唄は、ただ、哀しい……───
「……なんなんだよ、この呪い」
お湯がばしゃりとはねる。
湯気で満たされてるはずのお風呂が、どうしても冷えて感じる。
今日の夕飯は、肉じゃがだ。メインのお肉は豚肉。
父が北海道出身だからだそう。北海道の人は豚肉メインで食べるんだとか。
好物の白和えがあるから、食べてみたけどなんだか味がしない。
疲れてるせいだろうか……
「凌、なんか元気ねぇな」
「まあね」
兄は呪いにまみれていても、元気なようだ。
「サキくん、次、いつ来るんだ?」
「どうしたの、兄ちゃん」
「感動が大きいだろ? それ見るだけで元気でるから。ね、サキくんってなにが好き?」
「猫。猫飼いはじめたら、毎日あいつ来るんじゃないかな」
「猫かぁ」
つぶやいた兄に、両親がびくりとする。
「うちは、飼えないぞ……?」
父の声にぼくらは笑ってしまう。
今日の夕飯もいつもと変わらない。
ただ、ぼくら兄弟は2人とも、呪いにかかっていること以外───
「今日は、ひどい日だった……」
ぼくは宿題をおわらせ、ベッドに横になる。
みんなに連絡をしたいけど、思えば誰の連絡先もしらない。
ぼくに呪いは残ったけど、今日あったことは全部、夢だった、とかあったらどうしよ。
「あるわけないけど」
耳の奥から声がする。
歌詞は村娘が町に着物を買いに行く唄だ。
だけれど、声は寂しくて悲しい────
───その日、ぼくは夢をみた。
女の人だとわかったのは、手が色白で小さかったから。
ぼくの目線はずっとその女性の目線だった。
めまぐるしく流れる思い出のなかでわかったことは、 その人は、いろいろな景色や人々の生活風景、その土地の言い伝えを歌にして旅をしている人だということ。
女の人だからいろいろ大変なこともあったけど、持ち前の度胸と根性で旅を楽しくすごしていた。
あるとき、とても雪が深い場所に彼女は来ていた。
そこで彼女は秘密の唄を教わった。
村人はとてもしわがれたおばあちゃん。今はしていないけれど、昔は『こおろし』をしていたといっていた。どうも降霊術のようなものらしい。
そのときに呪いを降してしまうことがあるという。
『この唄は神をも殺すといわれている……おまえの唄は人を酔わせる。それはきっと神も同じだ。気をつけろ。この唄をもっていけ』
彼女は一回聞けば忘れない特技があった。
だからこの唄は一生忘れない唄になった。
そして、この
彼女の唄は、帝天の土地神を魅入らせてしまった。
結局、彼女は唄をうたうことになったけど、それでも逃げられなかった。
呪いと化した風の神に呑みこまれてしまったのだ。
彼女は悲しかった。毎日、悲しかった。
数々の土地の思い出を思い浮かべても、もう唄えないことがわかると、辛くてしかたがなかった。
その気持ちが呪いの糧になり、村人が立てた祠に住んでいた呪いは、人を喰うようになる。
幸せに生きている人間が憎い。
これは彼女の思い。
人が憎い。
これは神の思い。
それがしっかりとくっつき、あわさり、強大な呪いへと進化していったのだった────
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