第十話 火曜日 昼の刻・弐 ~図書室

 給食の時間をおえ、ぼくは図書室へ案内をする。

 ちかづくほどに、嫌な空気を感じる……。


「ここにフジがいるのか」


 色白の手が引き戸にかかる。


「開けないでっ」

「どうかしたか、凌?」


 そのまま開かれた戸だけど、僕は思わず、顔を伏せた。

 見てはいけないものがある……!



「フジ、約束がちがうではないか!」

「冴鬼との約束なんてしてないけど?」


 うっすら目を開けて見えたのは、白衣に手をつっこんで話す銀水先生と、吠える犬みたいにしゃべる冴鬼……。

 でも、やっぱり図書室の空気が変だ。

 どす黒くて、重たい空気……───

 それに、生臭い……?

 これは、兄の部屋で感じた臭いだ!


「あの、銀水先生、これ借りていきます」


 橘百合花たちばな ゆりか先輩だ。あいかわらず、ふんわりかわいい系女子!!

 やっぱり、橘先輩は帝天中ナンバー1っ!

 めっちゃ癒される〜っ!!

 ……で、となりにいるのは、クラスメイトの橘蜜花たちばな みつか

 橘も見た目は先輩に負けず劣らずだが、極度のシスコンなのは有名な話。お姉さんにベッタリだ。


「うちのユリちゃん、ガン見しないでっ!」


 橘に怒鳴られ、すいません、程度に会釈をするけど、ぼくは目を疑った。


 橘先輩の両脚が、真っ黒にうごめいてる……!


 後ろに下がってしまう。

 嫌な雰囲気は、このせいだ!


 ……どうして、橘先輩まで……?


「はぁ……歩くの辛い。どうしてかな、ミツちゃん」

「大丈夫、ユリちゃん? 保健室いく?」

「でも、ケガもないし……」


 すれ違った2人に、僕はとっさに声をかけていた。


「あ、あのっ!」


 一歩踏みだした足が重い。

 怖い。

 だけど、聞かなきゃ……!


「なに、ひとりごと変人」

「いや、それ、橘にいわれたくない」

「はぁ?! なにも用ないなら、呼び止めないでっ」

「ち、ちが……あの、橘先輩っ」


 髪の毛を耳にかけながらふり返った先輩は、春の妖精みたい!


「なに?」


 足元に目をやらないように視線をしばる。

 でも先輩の顔もみてられないので、微妙なところに視線があるけど気にしない。


「あの、先輩、昨日夕方に、つむじ風にあたったりとか、しましたか……?」


 先輩は一度大きな目をぐるりとおよがすと、微笑みながらうなずいた。


「うん、夕方より暗かったかな? ひっどいつむじ風にあたった! それ、最近多いの?」

「ユリちゃん、行こ! いいから、こんなヤツのことっ!」


 橘が先輩の肩を押しながらいってしまうけど、僕は考えがまとまらない。


「呪いは、感染うつるの……?」


 立ちつくすぼくの肩に手が触れる。


「っ!」

「そう驚くな、凌よ。お主は呪いも見えるのか。厄介な目だな」

「でも、その力があるから、月祈りが叶ったんだよぉ」


 パチパチ手をたたいて喜ぶ銀水先生に、ぼくは意味がわからず、睨んでしまう。

 先生はちいさく咳ばらいをすると、人差し指をたてた。


「ボクはね、これでも伝承とかあやかしとかの研究を個人でしてるんだ。特にここの帝天だいてん地区は、安倍晴明あべのせいめいの加護が与えられた土地でね、んだ」

「それと、先生と冴鬼の関係って……?」

「ボクも色々見える方でさ。こういう研究もしているから、妖の受け入れ先になってるの。あ、凌くんにひとつ教えといてあげる。安倍の苗字を与えられている妖は、人の味方になる妖だから、安心して!」


 ……ウインクされても困るんですけど。


「わしの一家は代々安倍の血筋に使役する式神よ。お主と契りを果たせたのも、遠くに血が繋がっているんだろうな」

「ぼくの家系に安倍晴明が? 聞いたこともないよ?」


 安倍晴明といえば、陰陽師で有名な人だ。

 ゲームとかのイメージは妖怪退治をしている人だけど、そんな人と血縁?

 ないない!


「凌くん、また放課後においで。もう昼休みも終わっちゃうしね」


 まだ冴鬼は銀水先生にガーガー文句をいっているけど、手をひらひらとするだけだ。

 ぼくは無理やり冴鬼の肩をおし、外へでるけど、冴鬼はまだぶつぶつ文句をいっている。


「フジの奴、学校なんて楽勝だと抜かしておったのに……」

「ほら、冴鬼、教室戻ろうよ」

「あとであいつの顔をブン殴る!」

「物騒なこといわないで……ほら、戻るよ」


 わーわー騒ぐ冴鬼のおかげで、気分は紛れているけど、ぼくの頭は破裂寸前!

 言葉にならないだけで、聞きたいことは山ほどある。


「ノートに書き出してみよ……」


 午後の授業はお昼休みのまとめでおわりそうだ。

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