第3話「振り返らずとも奴がいた」


 という訳で。


 さっきも言った、というかモノローグぶちかましていた気がするけど、私の名前は成瀬奈々子なるせななこ


 二十三歳。新人社会人。


 はいはい、どうせ十八歳過ぎたらみんなBBAって言うんでしょ? わかってるって。



 まぁ、なのであまり年齢の話はしないでいただきたい。



 で、そんな私が今日、油ギッシュなクソ上司、通称『ゴキブリヘッド』と、嫌味なお局様、通称『歩く廃棄品』の極大攻撃呪文うっとおしいおこごとを笑顔でやんわりと華麗に回避し、LP表記を吐血の赤で染めながら帰宅していると、だ。


 いつもの公園でなにやら妙な音がする。


 なんだろう?


 これはもしや……。


 ノンケな私じゃ見てはいけないような嬉し恥ずかしウホッな世界スウィート・ローズ・ハッテンワールドでも展開しているのではなかろうか!?


 これはこっそり近づいて、いつものベンチは放棄して、草むらで目の保養としゃれ込みつつスイーツタイムといこうじゃないか……!


 なんて、河原でエロ雑誌をみつけた中学二年生のような若いトキメキラブハートをワクテカさせながら覗いた先に……。



――ソイツはいやがった。



 いやさ、確かにハッテンワールド目撃できたとして、常にイケメンカポォとは限らないわけで、もしドぎっちぃガチクマワールドだったらどうするんだっていう話なんだけどさ。なぜかその時はそんな懸念一切わかなかったんだよね。まぁリアルガチクマカポォでもわりといける口の上級者なんだけどさ、私。まぁそれはともかくとして――。



 まるでコールタールを煮詰めて凝縮させたような真っ黒な体皮に無数の目玉。公園の滑り台的ゾウさんの巨大オブジェほどの大きさもある体躯。全身からのびた無数の長い触手。



――あ、コレアカン奴や。



 そう思った刹那。ゆらりと、触手の先端がこちらへと向かって伸びてきた。



――目と鼻の先にそれはある。



 触れるだけで命を――私程度の物体モブならば軽く粉砕してしまうのではないかと言うような、圧倒的威圧感。恐怖を感じさせるには充分すぎる異形。


 それは根源的にして原始的な恐怖。おぞましくも狂気的で、冒涜的恐怖を感じさせるグロテスクなオブジェクトとの御対面である。


 いやでも死を連想させる。



――目の前に迫り来る、形ある死、そのもの。



 即座に脳内再生されるは名状しがたいあのキャロル。


 私のSAN値はもう0よー!!


 はっきし言って、こんなもんPCかTVの中でしかお目にかかったことがない。


 いや、正確にはこんな奴、この世にいるはずがない。


 「お前もう二次元に帰れ!」ってツっこみたい。


 それくらい現実離れした光景だった。



――何これ? 覚醒イベント?



 一番最初に浮かんだ答えがそれだった。


 音速を超えて現実逃避を開始する私の脳みそ。



 だが、もちろんそんなはずがない。



 ただの一時的狂気の発症である。



 そもそも、私は主役って柄じゃあない。

 どう考えてもポジショニング的には脇役1とか通行人Aって感じだし、顔だって……まぁそこはそれなりに平均的というか少しはマシな方というか、割とモテる方だったというか、黙ってれば可愛いのにねって言われるレベルだったりするので親には感謝なのだけど……。


 チビだし。胸はぺっ平らだし。寸胴だし。最近下腹も出っ張り始めてぽってりイカ腹状態だし。背は低いし、八頭身美形体型なんて程遠い感じのロリ体型。いわゆる合法ロリと言われる類の存在だ。



 当然、色気なんざあるはずもない。



「そういうのが好きだ!」なんてのも世の中にはいるんだろうけど……そんな輩は当然二次元限定。



 さすがにもう年も年だからさ、少女というには無理がある年代な訳で。


 しかも家では年がら年中ジャージ姿で、ユ○ケルすすりながらBL同人書いてるレベル。


 コンタクトも付けずにいつも眼鏡だし、フレームは五年前からまったく変えてない。


 時代の流行なんざ知らないし興味もない。


 アクセもねぇ、オシャレもねぇ、ブランド品とか見たことねぇ。


 ……おまけに香水代わりに漂うものと言えば、脇の下に塗ったくったエ○トフォーの香りか服に吹き付けたファ○リーズの匂い。


 オラこんな娘はいやだ~♪ オラこんな娘はいやだ~♪ ってか?


 ぶっちゃけこんなのが主役とか……ましてやメインヒロインだったりした日にゃ、ドラマだったら即座にチャンネルを変える自信があるね。


 ゲームやらアニメだった日にゃぁ機体からディスク取り出して屋根の上目掛けて「良い歯が生えろ~」って叫びつつ投げ捨てるだろうし。ましてや同人作品だったりしてみろ? 次回コミケ出展情報を嗅ぎ付け次第、スケジュールに『急行してまっすぐ進んで右ストレート』ってメモを書き込み実際にぶちかますレベルだ。脳内で。少なくとも私ならそうする。脳内でな!



 だから察した。



……あぁ、これは覚醒イベントなんかじゃないな。




――これ、間違いなく、死亡イベントの方だなって。




 私の目と鼻の先までそれがたどり着く。


 無数の触手がゆっくりと迫り来る。


 気分は某黄色い魔法少女。


 下半身が軽く生暖かい。


 ホカホカと湯気が立ち上る。


 寒いもんね。仕方ないね。



――あぁ、私……今日。ここでマミるんだ……脳内に走馬灯が巡り始めた次の瞬間。



 奴は来た。



 空間がぐにゃりと歪み、青白いスパークが走り、その歪みから某ター●ネーターの如く現れたのは――。



 灼熱色のマントをなびかせ、絢爛豪華な白銀の鎧を身にまとった金髪碧眼のイケメンだった。



 デデンデンデデン♪ って感じで唐突に出現した勇者的存在……。



 なんぞこれ……。



 いやいやおちつけ、おちつけ私。

 まずは現実を直視しよう。


 唐突に虚空から「おっす、オラ勇者! いっちょやってみっぞぉ☆」てな感じで勇者っぽいナマモノ出現だよ?


 しかも速攻、目の前の怪物と戦い始めたりした日にゃぁ……「ちょっ、おまっ、作者ご乱心!?」と突っ込みたくなる私の気持ちをどうかお察しいただきたい。


 そりゃあもう、おはようからおやすみまで暮らしを見つめて残念。あぁ、これは夢だね、はいおやすみ~って眠りたくもなるってもんですよ。


 でも私の無駄に強固なお精神様はそれを許してなんてくれなくて……。


 そんなわけで私は音速で現実逃避を敢行。錯乱状態で大絶賛お汁粉モードと化していた訳なのですよ。



 ……お願い……誰か助けて……私のSAN値はもうマイナスよ~。



――で、今に至るという訳。



 ね? ありえないでしょ?


 そりゃ私だってこういう世代の生まれな訳ですから、色々とあこがれてた時期はありましたよ?

 若い頃はそりゃあもう、ドラ○エだのF○だの、剣と魔法なゲームやアニメなんざ大好物。最近の風潮的にも高校生が主役といえば8割がた異世界に飛ばされて勇者になる世界と言っても過言じゃない時代もあった訳ですから。古典作品から昨今の作品を見る内に、あぁ、いつか私もそんな風に異世界に行けたらな~、伝説に名を刻むような英雄様になれたらな~、ってか、ビデオからイケメン様が現れたりイケメンが降って来たりしないかな~。なんて……。



――そんな風に考えていた時期が私にもありました。



 でもね。所詮そんなファンタジーな展開が現実に起こるはずもなく、過ぎ去る年月幾星霜。


 私もこうしてしがない社会の糞歯車となりまして。質素ではあるけれど慎ましやかな、だけど平凡で幸せ風味なまったりライフとは名ばかりの糞過酷ブラック労働を過ごしてきた訳なのですよ。


 でもさぁ……これってぶっちゃけどうなのよ?



 普通逆でしょ?



 私が異世界に飛ばされるのがセオリーってもんじゃない?


 なんで?


 なんであっちから来ちゃうわけ?


 こんなんじゃ物語なんて生まれようがないじゃん?


 なんつう痛恨の設定ミス!


 私が読者だったらこんな物語を書こうとした作者の頭をカチ割るね。鈍器で。脳内において。


 もうセンス以前の問題だよ。


 でも“事実は小説よりも奇なり”ってな訳で、現に起こっちゃってるんだからしょうがない。


 だから私はこの非現実に対応しようとしたわけなのですよ。


 脳内バグりまくって完全逃避モードだったけどさ。



――という訳で回想終わり。



 さて次回、いよいよ目を覚まします。私の運命やいかに!?

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