第4話 自覚
『そんなことでは、悪い魔法使いに見つかってしまうね』
グレンズ先生の言葉と、あの時見た不思議な夢が、私の頭の中をぐるぐると駆け回っている。
あの夢はまるで誰かに見られてるような、頭の中を見透かされてるような……とにかく嫌な感じがした。
まさかとは思うけど、本当に『悪い魔法使い』が私のことを見ていたのかな? ……って、そんなの有り得ないか。
でも、やっぱり気になるものは気になる。
結局私は居ても立っても居られなくなって、気が付いたら学園の図書館へ向かっていた。
「よいしょっと」
放課後の図書館は、ほぼ貸し切り状態。入り口にいた司書官の人も退屈そうに欠伸をしてる。
私はお目当ての本をいくつか抱えて、近くの椅子に腰掛けた。とりあえず『
うーんと何々? 暗闇で誰かに見られてるような気がする夢っていう項目は……やっぱりないか。
あの時は足音が聞こえたし、『何かに追いかけられる夢』で調べたらいいのかな。えっと……。
《追いかけられる夢は現実逃避を表します。あなたは多大なストレスを抱えていると考えられます。》
えっ、そうなの? 全然ピンとこない。そんな夢を見るほどのストレスって一体何なんだろう。やっぱり占いなんて当てにならないのかな。
期待外れな内容に少しがっかりしていたら、図書館の出入り口付近で話し声が聞こえた。
もしかしてもう閉館の時間なのかな? 私はまだ読み終わってない本を数冊抱えて扉の方へ歩き出した。あとは家でゆっくり読もうっと。
「げっ……」
私は扉付近にいた人影を見て足が止まった。
殿下がいる。
殿下は司書官さんと何か話しているから、まだこっちには気付いていない。
いつもなら「奇遇ですねー」って言いながら横を通っちゃえばいいんだけど、残念ながら今私が持っている本は怪しすぎるし、できれば見つかりたくない。ああ、せめて『夢占い〜この世の終わり編〜』だけでも返却しておけばよかった。物騒なタイトルだわ。それに夢占いなんて柄じゃないから尚更恥ずかしい。とにかくタイミングが悪すぎるわ。
私は反射的にその場から離れた。こうなったら殿下が去るまで待とう。
そう思った時だった。後退りしようと出した足がスルリと滑り、そのまま勢い良く尻餅をついてしまった。
静かな空間にドスンと大きな音が響いた。
「……ディアナ?」
その声に顔を上げると、殿下の視線がこちらに向いていた。ああ、気付かれてしまった。
殿下は私と目が合うと、真っすぐにこちらに向かって歩いてきた。
ど、どうしよう。
とりあえず急いで床に散らばっていた本を後ろに隠した。
「転んだの? 怪我はない?」
「は、はい。なんともありません」
「そう……なら良かった。さっき結構大きな音がしたから」
殿下はそう言うと、私の前に手を差し出してきた。とっても自然に。こういうことをさらっとできてしまうところが、さすが攻略対象者って感じだ。
でもこういうのは本来ヒロインにすることだよね。
「……ありがとうございます」
そんなことを思いながら、私は差し出された手をそっと掴んだ。
殿下の手は、指が長くて綺麗な形をしてる。だけど私よりも大きいし、なんていうか、男の子の手なんだなぁって感じがする。
……って何しみじみ殿下の手を観察しちゃってるのよ、私!
私は殿下に掴まって、そのまま勢いよく立ち上がった。
「わっ」
立ち上がりの勢いがよすぎた。
殿下も私を引き上げようと腕に力を入れていたし、私も思いのほか勢いをつけて立ち上がったから、結果的に勢い余って殿下の胸に飛び込むような姿勢になってしまった。
「す、すみません!」
顔が熱い。いや、事故だとはいえ、これは誰だってビックリするよね。
私はゆっくり殿下から離れて深呼吸をした。はぁ、ひぃ、ふー。落ち着こう。
「えーと、もう閉館時間ですかね。ははは、じゃあもう行きましょ……」
私はモゴモゴと早口でそう言って、俯き気味だった顔を上げた。途端に衝撃を受けた。
ま、真顔だ。殿下は、仮にも私のことを好きだと言った過去がありながら、この状況で、まさかの真顔。えっと、それはどういう感情?
「……ああ、行こうか」
少し間があったけど、殿下はいつも通りの声色でそう言った。
あっさりしすぎてて拍子抜けなんですけど。顔色だって全く変わらないし、これじゃ私だけが殿下のこと好きみたいじゃない。
…………ん?
「……へ?」
「どうしたの?」
いやいやいや、私ったら今ナニを思った? 急に少女漫画的な思考に走ったけど。大丈夫?
確かに殿下に好きだと言われた時、ちょっと意識はした。だけどあれは一時的なものって思っていたし、深く考えないようにしてた。それに今じゃジュリアちゃんが殿下の近くにいる。もう心が離れてしまっても仕方がないし、そうなることは分かってる。
そんな状況で、私が殿下を好きだなんて……そんなのダメでしょ。
「ディアナ、どうしたの? 耳まで真っ赤だけど」
「そ、そうですか。何故ですかねぇ」
「もしかして……」
殿下は不思議そうに私を見た後、悪戯っぽく笑った。うう……なんて楽しそうな顔をしてるの。
「さっきので照れてるの?」
「なっ……!」
もう、お願いだから放っておいて……。
ジュリアちゃんが登場済の今となっては、絶対に自分の気持ちを悟られたくない。
「あっ、当たり前じゃないですか! さっきのは
「誰でも……?」
私は混乱する頭をフル回転させ、なんとか自分の気持ちを悟られないような言い訳を考えた。だけど目の前の殿下は、それを聞いて不服そうに口を開いた。
「誰でもって……ディアナは誰にでもああいう顔をするってこと?」
何を言い出すかと思ったら、殿下は予想の斜め上をいく発言をしてきた。それも地を這うような声で。
「……なんでそういう解釈になるんです?」
そんなやり手の悪女みたいな誤解は勘弁してほしい。
「違うの?」
「はい、違います。さっきのは、殿下を前にしたら
「なるほど。ならよかっ……いや、よくない。どんな令嬢でもって、私はそんな軽い男では……」
「殿下、私ちょっと急用を思い出しました。ではご機嫌よう!」
もうこれ以上は無理だ。失言する前にこの場から去ろう。
私は殿下の声を遮るように声を張り、意を決して小走りで逃げた。
殿下は唖然としてたけど、背に腹は変えられない。
はあ……殿下に色々とおかしなことを言ってしまったけど、なんとかこの気持ちを誤魔化すことができた……よね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます