第10話 本音 (sideランドルフ)
「ほら、僕の言った通りだっただろう?」
隣で作業をするリチャードは得意げにそう言った。得意げにといっても、顔の上半分が隠れてしまう程の重厚なゴーグルのせいで表情はよく見えていない。
「ディアナは私を冷たいとは言わなかったぞ」
私は先日の出来事を思い出し、すかさずそう答えた。しかしリチャードには聞こえていないようだ。彼は研魔具で青白く光る石を磨いていた。その研磨音で私の声は掻き消されてしまった。
この青白く光る石―――“魔法石”は自分の魔力の一部を閉じ込めて作る光魔法のお守りだ。三ヶ月近くの時間をかけて魔力を物体化し、それぞれの特性に合わせた加工をしなくてはいけない。今はそれを作る授業の最終工程だ。
「あ、ごめん。今なんて?」
案の定、私の声は聞こえていなかったらしい。リチャードはゴーグルを外し、そう言って私を見た。
―――
話が遡るが、私は先日までディアナに避けられていると思っていた。
しかもどうやらそれは私だけではなかったらしく、リチャードも同じように避けられていると感じたらしい。そこでリチャードは私にこう言ってきた。
『日頃からランドルフはディアナ嬢に冷たすぎるんだよ! そのせいで僕まで避けられちゃったじゃないか! 君が嫌われるのはどうでもいいけど、僕にまで被害が及ぶなんて……。拗れる前にちゃんと謝りに行ってきてよね』
リチャードは温和そうな見た目をしているが、中身は案外そうでもない。どうすればそんな偏った考えに至るんだと反論しようと思ったが、確かにこのまま避けられ続けるのも困る。だから私は不本意ではあるがリチャードの言う通りに行動した。
その後、私はディアナの屋敷へ行った。あの時の私は柄にもなく緊張していた。
ディアナに何を言われるのだろうか。拒絶されないだろうか。そしてリチャードが私に言った『ランドルフがディアナ嬢に冷たすぎるから』という言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。
しかしディアナは私に対して『冷たいと思ったことはない』『疲れているだけ』と答えたのだ。
私はディアナに拒絶されなかったことに安堵した。しかし安堵したせいで気が緩み、私は少しおかしな行動をとってしまった。
私はあろうことか、ディアナの頬に触れてしまったのだ。ただお菓子の破片を取ろうとしただけなのだが、そんなことは口で教えれば済むはずだった。それなのに、なぜか触れてしまったのだ。
そして触れてから、この手をどうしたらいいのか分からなくなって内心焦った。しかしディアナの独特な反応のおかげで、気まずい雰囲気にはならずに済んだ。
そして先程はディアナに拒絶されなかったが、このままではいつかディアナに見放されるのではないかと漠然と不安になった。自分がいかに素直になれていなかったのか、この時初めて自覚した。
今までの私は、他の令嬢達に言うような褒め言葉をディアナにだけは言わなかった。
そもそも婚約者らしいことをしたことがあっただろうか。……全くなかった。
何故ディアナに対してだけ、私はそんな風になってしまうのだろうか。私は考えた。そして分かってしまった。
私はディアナに気付かれたくなかったんだ。いつの間にか彼女を婚約者としてだけでなく、ただ単に一人の女の子として好いてしまっていたという事に……。
ここまで考えて私は頭が真っ白になった。
そして結果的にディアナが私達を避けていた理由も分かった。
ディアナの交友関係が広がることをとやかく言うつもりはないが、内心穏やかでないのは確かだ。
魔法祭の代表なんて他にいくらでも適任者がいただろうに、なぜよりにもよってディアナなんだ。もしディアナが怪我でもしたらどうするつもりだろう。
私はディアナを巻き込んだテネブライの連中に苛ついてしまった。だが当の本人はお気楽そうな顔でケーキを頬張っていた。
これが先日ディアナの屋敷で起こった出来事だ。
―――
「はぁ、全く……ランドルフは昔からディアナ嬢に素直じゃないんだから」
リチャードにはあの時の出来事をかなり端折って話した。それなのに核心を見透かされたようで居心地が悪い。
「それは自分でも分かっている。……反省もしてるさ」
「ああそう。まぁ、僕は以前みたいにディアナ嬢と話すことができればそれでいいんだ。……そういえば、ディアナ嬢って首飾りと腕飾りどっちが好きだろ? ランドルフ知ってる?」
知らない。というか、なぜその情報が必要なんだ。
もしかして、その魔法石をディアナに渡すつもりだなんて言うんじゃないだろうな……。
「えっ、何。顔怖いよ? 僕何かまずいこと言った?」
「……いや、さっきからディアナ嬢ディアナ嬢って煩いなって思っただけだよ」
私がそう言うとリチャードは一瞬顔を引きつらせたが、その後手で口元を覆って笑いを堪えていた。何がおかしいんだ。
「やだなぁ、もう。別にディアナ嬢にプレゼントしようなんて一言も言ってないじゃないか。嫉妬深い男は嫌われちゃうよ」
「なっ……」
何が楽しいのか、リチャードは笑顔でそう言った。手に持たれた魔法石は宝石と見間違えるほどの輝きを放っている。
もしかするとテネブライのあの教官や先輩達よりも、リチャードの方がよっぽど厄介なのかもしれない。
「むくれないでよ。あ、そうだ。ランドルフって魔法祭の代表だったよね。僕の魔法石も貸してあげるよ、二個あれば心強いでしょ」
「自分ので十分だ」
「はあ、せっかくの親友の厚意を……」
「そんなことして、変な噂が立ってもいいのか」
魔力を宿した道具を贈るということは、贈られた相手が贈った相手にとって特別であるという意味がある。私がリチャードのものを身につければ、確実にありもしない噂が一人歩きするだろう。
「あー……それは嫌だな、かなり」
リチャードは私の一言で、顔を青くした。色々と察したようだ。
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