最終話
時間は止まらず、季節は流れる。
面倒な中間テストと共に五月が終わるとジメジメした六月がやってきて、そうこうしている間に期末テストの足音と共に七月がやってくる。
「なあ義史。やっぱさあ俺、ツンデレ転校生って最高だと思うんだよね」
七月は春アニメが終わって夏アニメが始まる時期であり、特に第一話が集中するこの時期はこれから三ヶ月の試聴アニメを決定する上で非常に大事な期間であった。
「お、もしかして『坂が黄金色に染まる』見たのか?」
故に寝不足の俺達は、いつもより更に濁った瞳で会話を繰り広げていた。
「そうそう、流石よく分かったな」
詰まるところ、夏が来たって、俺達は平常運転だった。
「片山優季ちゃんだろ? あの王道ツンデレもいいもんだよなあ」
「だよなー。ちょっとあざとい気もするけど、それが逆にいいっていうか」
「……原作、やるか?」
「さっすが萩谷先生、分かってらっしゃる!」
教室の女子たちの視線は相変わらず冷たい。夏でもそれは変わらない。
「でもあれだな啓介。お前この前までは幼馴染幼馴染ってうるさかったのに、今度はツンデレ転校生か?」
「……まあ、そんなこともあるって」
「ふーん、そんなもんか」
「ああ、そんなもんだよ」
あの後、氷上を倒した後、再びハルカは俺達の前から姿を消した。
『今回は色々大事になっちゃったからね、その処理とか色々あるのよ』
すみれはそう言っていた。
そして確かに、色々あった。
俺と透子は記憶操作に対する耐性がついてしまったので、今回の件に関する記憶は消去出来なかった。そのため、機関に呼び出されて事情聴取を受けたり、機密情報の扱いについての誓約書を書かされたり、私生活にある程度機関の監視がつくことが決定したりと、この一ヶ月半ほどで本当に色々なことがあった。
再びハルカに関する記憶を失うことは免れたものの、そこそこ面倒くさいことにはなった。
「……ハルカちゃん、今何してるんだろうね」
「さあ、なあ……」
俺と透子は昼休みに、屋上で一緒に昼ごはんを食べていた。昔のことを思い出してから、俺達はこうしてたまに一緒に過ごしたりしている。十年間の空白を埋めるように、少しずつ。
「気にならないの?」
「気にならないわけじゃないけど……」
ハルカのことは気になるけれども、決して知ることの出来ないことだ。まあでも最強の超能力者である彼女がどこかで野垂れ死ぬなんてことは絶対にないだろうし、心配していないのは確かだ。
「遠山って、結構あっさりしてるのね。あんなに必死になって助けたっていうのに……。ハルカちゃんがいなくなって、寂しくないの?」
寂しくない、なんて言ったら嘘になる。それでも、一介の学生である俺に出来る事は殆ど無い。
俺に出来る事といえば、いつになるか分からない彼女との再会を願うことだけだ。ハルカは十年もそれを信じて頑張り続けた。だったら俺も頑張れるはずだ。
だから俺は、透子に向かってハッキリ言う。
「寂しくなんか、ないよ」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……今の俺は、一人じゃないから」
ずっと自分は一人だと思っていた。でもそれは違った、俺にはハルカが居た。離れていたって、それは絶対に変わらない。俺は、絶対に一人じゃない。
「ふーん、そっか……」
「おう、そうだ」
梅雨が開けたばかりの夏空は、高く、青い。昼飯も食って幸せ気分だ。
「眠いな、寝るか、膝枕してくれ」
「…………別に、いいけど」
「はあ!? お前、何言ってんの!?」
「冗談に決まってるでしょ。ていうか自分で言い出して何驚いてんのよ、馬鹿」
糞、ビビらせやがって。性悪女め。いつか滅茶苦茶に陵辱してやる。
「またどうせアニメとかゲームとかで深夜まで起きてたんでしょ?」
ため息をつきながら、呆れた顔で透子は言った。
「ま、半分正解だな」
「半分って?」
「勉強、してるんだよ最近」
「はあ!? あんた、何言ってんの?」
「……殺していいか?」
本気で驚いた顔の透子に、怒りが湧いてきた。
「いや、だってあんたが勉強なんて信じらんないし」
まあ高校に入ってから自宅で真面目に勉強したことなんか確かにないけど、入学してからずっと成績は地を這ってるけど、別にそこまで驚かなくたっていいのではないだろうか。
「何、どんな心境の変化?」
「……俺、官僚になろうと思って」
昼休みの屋上に、静寂が訪れる。透子はしばらく固まった後、
「…………それ、本気?」
そう聞いてきた。
「本気、だよ」
「何でまた、そんな、官僚なんて目指すのよ?」
「……『機関』ってさ、防衛省の管轄らしいんだよ」
ハルカやすみれの所属する『機関』、これは秘密組織ではあるが一応防衛省の下部組織であるらしい。それならば、防衛省に入ればハルカに近づけるのではないか。俺の勉強の動機は、目的は、そういうことだ。
「そういう、こと……」
透子はそれを聞いてしばらく神妙な顔で考えこんで、こう言った。
「……ねえ、やっぱ膝枕する?」
「いや、全然意味分かんねえし」
俺は、朝には強い――
「げえっ! もうこんな時間かよ、急がないと遅刻する!」
――と、思っていたが最近どうにも調子が悪い。
今までは目覚まし時計で済んでいたのだが、どうにも一度美少女に起こされる気持ちよさを味わってしまうと駄目だ。目覚まし時計の無機質な起こし方では、無意識に二度寝してしまう。
今日もこのままじゃ遅刻ギリギリだ。駅まで走らなくては。
「行ってきます!!」
誰も居ない家にそう言い残して俺は学校へ出発した。相変わらず父さんも母さんも帰って来ない。まあ、それは特に問題ではない。
「あら啓介くん、おはよう。いってらっしゃい」
「わぉんっ!」
「ああおばさん、ラブ、いってきまーす!」
ハルカがいなくなった後、この街の全ての人から中庭遥香についての記憶は消えていた。機関の力は流石のもので、人々の記憶だけでなく写真や記録からも中庭遥香は抹消されていた。
今やこの街でハルカのことを覚えているのは、俺と透子の二人だけだ。
だけど俺は、ハルカのことを忘れない。絶対に、絶対に忘れない。もし彼女と会えないのなら、俺が彼女に会いに行く。その力を手に入れるため、俺はこれから沢山頑張ろう。防衛省にだって入ってやるし、もし必要なら国会議員でも総理大臣でもなってやる。ハルカが俺たちに合うため、十年も能力を磨き続けたように、俺も努力して力を手に入れよう。
走りながら、空を見上げる。七月の青空。俺の前途は明るい、そんな気分になった。
曲がり角に差し掛かる。ここを曲れば、後は駅まで一直線だ。
――と、その時だった。曲がり角から、飛び出してくる人影が見えた。
「うおっ!」
人影は、俺に突っ込んできた。避けきれず、接触、転倒。
「きゃあっ!」
ぶつかって、俺は尻餅をつく。
「いててて……すまん、怪我は」
そして、言葉を失った。
「も、もう! あんたどこ見て走ってんのよ!」
「は?」
「きゃ、きゃあ、どこ見てんのよ、へ、変態!」
「え、いや、お前」
「あーもう、このままじゃ遅刻しちゃうじゃない! 転校初日から最悪よ。あんたのせいだからね、覚えてなさい!」
「あの、ちょっと」
「い、急がなくっちゃ! きゃー!!」
彼女は顔を真赤にしながら、テンプレめいた一人芝居をして、俺の返事も聞かずに走り去っていった。
「な、何であいつがここに? っていうか何であんな小芝居?」
俺の頭は混乱を極めたが、ここに来て一つの考えが思い浮かぶ。
『なあ義史。やっぱさあ俺、ツンデレ転校生って最高だと思うんだよね』
つい最近、教室で義史と話していた際に俺が言った言葉。
「……まさか、あの馬鹿……これ聞いてたのか?」
信じられないほどの馬鹿、本当に馬鹿、とんでもなく馬鹿。
呆れる、本当にため息しか出てこない。
「はは、ははは、あの野郎……」
だけど、胸はどうしようもなく高鳴る。きっと聞かなきゃいけないこと、確認しなきゃいけないことは山ほどある。でも今はそんな場合じゃない。
「やれやれ! 俺も学校に急がなくちゃいけないなあ! 本当に、やれやれ! だぜ!」
このままボーっとして居たら遅刻してしまう。それはマズい、絶対にマズい。朝のホームルームの転校生の紹介に、俺は絶対にいなければならない。そこで叫ばなければいけないんだ。よし、今からお決まりの台詞を脳内で練習しよう。噛んだり、声が上ずったりしたら最悪だ。しっかり、ばっちり、決めてやる。
その衝撃的な出会いが完了次第、きっとオープニングムービーに入っていく。
仕方がないから、透子も人数合わせでヒロイン紹介に出してやろう。
すみれも出演だな、お色気要員は大事だ。
あとは、えーっと義史とか中庭のおばさんとか、あとラブもマスコットキャラとして出してやろう。ババアだけど。
「ははっ、はははっ、あはははは!!」
これからの生活への期待に、心が弾む。笑顔が溢れる。笑いが抑えられない。すれ違った会社員にすごい目で見られたけど、んなもん心底どうでもいい。
始まる。いよいよ始まる。俺の夢見た夢の様な日々が始まる。
これは絶対名作だ。このとんでもないエロゲ脳の俺が保証するんだから間違いない。
さあ、恐れずタイトル画面のボタンをクリックしよう。
ロードやコンティニューじゃない。
おまけ、CG、音楽、シーン鑑賞でもない。
俺がこれから選ぶのは、そう、一番上のそれ。
→【ニューゲーム】
幼馴染は突然にっ! ~ハルカ昔ノ約束~ うんぼぼ @unbobo
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