騎士団の集まり

 友情の儀式の日を境に、清水さんを加えた私たち五人は(リッキーの言葉通りに言うと)「騎士団」として一緒に過ごすようになった。休み時間にみんなで集まるのはもちろん、放課後になると、すぐさま自宅へ荷物を置いてリッキーの家に集合した。毎日だ。もっとも、バスケのある日、私はみんなの集まりには行けない。そのことを告げると、みんなのリーダーを気取っているリッキーはカラッとした声で、そんなこと分かってるよ、と言った。こないだの特訓の時だって、そうだったじゃん。別にいいからゴリラらしくダンクでも決めとけ。

 小学生の女子がダンクなんかできるわけないじゃん、バカなの? 自分の無愛想な声が聞こえた。でも、本当は声に込められないくらいのムカつきがお腹の底からせり上がってきていて、私はダッシュでリッキーの側を離れた。どうしてこんなに腹を立てているのか、自分でもよく分からない。でも、他のみんなが揃っている時間に私だけが別のことをしていて、そのことをリッキーが何とも思っていないことが、むしょうに悔しかった。

 ちょうど体育の時間のことだった。跳び箱の授業だったので、私は女の子の輪に入り、みんなで跳び箱を組み立てることに集中しようとした。なのに、

「ねぇ、かなちゃん。最近、宮崎くんとすごい仲良いよね」

 急に話しかけられて、ビクッと肩を跳ね上げてしまった。声の方へ顔を向けると、真美ちゃんがいた。真美ちゃんは、はっと目を丸くして、ごめん、びっくりした? と言い、話しにくそうに視線を下げた。

「あのね、ちょっと宮崎くんに聞いてほしいことがあって……」

 真美ちゃんは、そこで言葉を切り、ちょっと下唇を噛んだ。そうして、さっきよりもっと声を低めて続ける。

「宮崎くん、好きな子いるのかなとか、なんか、そういうこと」

 真美ちゃんの声は尻すぼみに小さくなり、言い切った直後には顔がみるみる赤く染まっていった。目をうつ向けて、肩まである髪を指に絡めている。いかにも恥ずかしがっている女の子という感じがして、お芝居でも見ているような気分になった。

「別にいいけど」

 たぶん、そういうことに興味ないと思うよ、宮崎くんは。つい言いそうになってしまったその言葉を、しっかり喉の奥に飲み込む。宮崎くんはいい人だけれど、恋愛という二文字からはかけ離れたところにいる。アニメや漫画やゲームや、それからリッキーとバカ騒ぎしてはしゃぎ回ることや、ステーキやハンバーグや空手ごっこや掃除道具を使ったチャンバラや……そういうことで頭がいっぱいという感じ。女の子が入り込む隙間は、どう見てもなさそうだ。

 考えていると、急にリッキーの顔が浮かんだ。つい数分前、あっけらかんと私に「来なくていい」という意味のことを言い放った彼の顔が。

 女の子の入り込む隙間は、どう見てもなさそうだ。

 いまさっきよぎった考えが、今度は頭の中にはっきりと響いてきて、胸がぐっと痛んだ。

 

 ごくごくと音を鳴らして、オレンジジュースをひと息に飲む。冷たさが喉を伝っていくのと一緒に、体中に爽やかさが広がった。私はリッキーの家の縁側に、清水さん、上島くんと並んで座り、足をブラブラさせながら庭を眺めていた。視線の先ではリッキーと宮崎くんが傘で「牙突」の練習に励んでいる。

 「牙突」というのは、『るろうに剣心』という漫画に登場するキャラクター、斎藤一の必殺技だ。騎士団なんだから、かっこいい剣技覚えような! またしてもリッキーがおかしなことを言い出し、それに大張り切りで乗った宮崎くんがお父さんの趣味の大量の漫画の中から選り抜いた「かっこよくて強くて簡単に真似できそうな剣の必殺技」がこの「牙突」だった。

 簡単に言うと、「突き」。ビリヤードの構えみたいに、腰を深く落として刀の先を相手に向け、刀身に刀を持っていない方の手を添える。その姿勢から、一気に標的との間合いを詰めてグサリと刺すのだ。はっきり言ってめちゃくちゃ危ない。だからだろう、教室で二人が牙突の練習をしているのを見つけるや否や、先生はクラスに「牙突禁止令」を出した。それでリッキーと宮崎くんは、放課後の騎士団の集まりで牙突の特訓をしている。いったいいつ、誰を相手に使うつもりなのかは、不明だ。

「ほらほら、人に向かって、なに傘振り回してんの」

 頭の上で真綿みたいにあったかくて柔らかい声がした。顔を上げると、リッキーのおばあさんがお盆を手に、私たちの後ろに立っている。傘で牙突を繰り出し合っていたリッキーと宮崎くんは、傘を持っていた手を下ろした。

「振り回してないだろ、ばあちゃん。突きなんだから」

「おんなじよ」

 おばあさんはそう言って縁側に膝をつき、私たちが飲み干したジュースのグラスをお盆に載せていく。その手の甲にはシワもあるけれど、白くて細くて、動きもしなやかで、とても老人の手には見えない。たぶん、老人なんていう歳ではないのだろうと思う。そんなこと、聞けないけれど。

「そうだ、力也。あなた、来週の木曜は用事があるって、みんなに話した?」

 今思い出したように口にしたおばあさんの声は、相変わらず丸みがあって優しい。でも、リッキーはどこか痛んだみたいに顔を歪ませた。

「いや……オレ、行くのやめる」

「何言ってんの」

 ふふ、と声に笑いを含ませて、おばあさんはやんわり注意する。

「あんたに会うの、楽しみにしてんだから、行ってやんなさい」

 リッキーは下唇を噛んで、うつむいた。それから、分かった、と小さな声を出してから、ぱっと顔を上げる。

「それよりさ、あさってはみんなで郷城中に行くぞ。ゴリラの学校が来て練習試合するからさ。アウェイの試合だし、オレらで応援してやんないとな!」

 リッキーの提案に、宮崎くんが嬉しそうな張りのある声で答えた。

「じゃあ、これから応援グッズ作んない? ペットボトルにビー玉とか小銭とか入れてバンバン叩くようなのとか」

「で、ペットボトルにアルファベットで『GORIRA』って書こうぜ。一文字ずつ書いて、全部繋げると『GORIRA』になるって感じで」

「それサイコー!」

 リッキーと宮崎くんがはしゃいでいると、いろいろ勝手に決まっていく。私は清水さん、上島くんと顔を見交わした。二人ともきょとんとしていて、でもすぐに、口角を上げる。清水さんのその顔を見て、彼女はニッコリするとえくぼができるのだと知った。

「じゃあ、空のペットボトル、いくつか持ってきてあげる」

 おばあさんはそう言って背を向け、居間に続く障子を開けた。

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