第28話 2人の少女と瞬間的5分間

 あの後、桔梗達は談笑をしながら昼食を摂った。その間も、唯香の勘違いは続き、お弁当を食べながら話す桔梗と彩姫の姿を、慈愛に満ちた表情で眺めていた。

 2人はそんな唯香の視線を認識し、何とか誤解を解こうとするも、残念ながらそう上手くはいかなかった。


 食事が終わっても談笑は続いた。しかしそれも長くは続かず、気づけば昼休み終了5分前。それを確認した唯香は、お弁当箱を片付けると、名残惜しげに自分のクラスへと戻った。桔梗も彩姫と軽く言葉を交わし、すぐ様自分の席へ。


 その際、特に男子からもの凄い嫌な視線を向けられるが、予想出来ていた事なので気にする事なく席へとつく。そしてお弁当箱を鞄へとしまい、次の授業の支度をしようとした所で、突然前の席に座っていた少女がくるりと身体の向きを変えると、桔梗と視線を合わせ、


「……ねぇ、どうやって彩姫と仲良くなったの? あのこ、男の子苦手なのに!」


 まるで旧知の友と話すかの様に、自然に声を上げた。


 三波柚菜みなみゆずな。席が決まった時に一度、宜しくと声を掛けられたきり桔梗とは一切の会話も無かった少女である。


 それにしてもどうやって仲良くなったかか……うん、説明できない。


 桔梗が返答に迷っていると、


「というか──あれ、桔梗君? だっけ」


 と言い首を傾げる。


 彼女が覚えていないのも仕方が無いと言えるだろう。何故ならば今までの桔梗はSNSのグループに入れて貰えない程影が薄く、また実は桔梗のクラスは男女仲があまり良くなく、そこには大きな隔たりがあるのだから。


 首を傾げる柚菜に、桔梗は肯く。


「うん、そうだよ」


「桔梗君桔梗君……うん、覚えた! ねぇねぇ桔梗君! 何か先週と雰囲気変わった!?」


 普段クラスの男子に自身から話しかける事が少ない彼女も、流石に桔梗が纏う雰囲気の変化は気になったのだろう、グッと身を乗り出すように問う。

 するとその声に反応するかの様に、彼女の右に座る少女が、桔梗の方へと身体を向けると、


「あ、それうちも気になったー。なんかカッコ良くなった……みたいな?」


 脚を組み、頬杖をつき、ニコリと微笑む。

 彼女の名は、那月有紗なづきありさ。一言で表すならば、白ギャルという奴である。


 柚菜だけでなく、有紗からも視線を向けられ、更に自身の変化について問われ、内心少々困惑する桔梗。しかし、桔梗は決してそれを表に出さないよう、努めて平静を装うと、


「いや、そんな急には変わらないと思うけど」


 実際には、彼女らの言葉の通りだいぶ変化している。


 確かに神様の力により、容姿に変化はない。


 しかし、3年という月日の中で、様々な経験をした事により、例えば精神的に成長したり、それに伴ってか精悍な顔つきになったりはしているのである。


 それこそ、たった数日でこの変化はおかしいと、そう思われても仕方がない程度には。


「まぁ、普通はそうなんだけどね〜」


 桔梗の言葉に、柚菜が肯定しつつも違和感は拭えないといった風に唇を小さく尖らせる。

 有紗も同じく完全に納得する事は出来なかったのだろう、うーんと唸ったのち、ハッとすると、


「んーなんだろ。……あれ、そういや彩姫っちもいつもよりも晴れやかな表情で美少女具合に拍車がかかっていたっけ。あ、もしかして──」


 ぶつぶつと呟く様にそう声を上げた後、桔梗の方へと顔を寄せ小さい声で、


「──彩姫っちで卒業した?」


 言って、悪戯を思いついた猫の様な目をする。そんな有紗の声を聞いて、柚菜は一瞬ポカンとし、


「卒業? …………ってえ!? うそ!?」


 すぐに意味を理解したのか、カッと目を見開き、顔を真っ赤にしながら、桔梗の方へと勢いよく顔を向ける。


「いやいやいやしてないから!」


 強く否定する桔梗。


「ほんとー?」


 ニヤニヤと小悪魔的な視線を向ける有紗に、相変わらず真っ赤な顔のまま桔梗と有紗の顔を行ったり来たりする柚菜。


「してないしてない。そもそも仲良くなったのも本当最近だし」


「彩姫っちの反応的にそっかー」


 ただからかっただけで、実際にそうだとは思っていなかったのだろう、有紗はあっけらかんとした様相でそう声を上げた。


 当然と言えば当然であるが、クラスの面々は桔梗と彩姫が異世界で3年という月日を共に過ごした事など一切知らないのである。


 と、ここでスピーカーから聞き慣れた電子音が響く。


「あ、時間きちゃった」


 その音に、有紗が残念そうにすると、


「じゃ、また暇な時に色々教えてね。


 言ってパチリとウインクをすると、身体の向きを黒板の方へと向ける。柚菜も未だ若干赤らんだ顔のままうんと肯くと、前を向いた。


 嵐の様に過ぎ去った数分間。


 桔梗はその間のやりとりを思い出しながら、今後の懸念が増えた事に、心の中で苦笑いを浮かべるのであった。

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