世界を救うのは子育ての後で ~過去の自分を最強に育て上げた召喚士、孤児院の護り手となる~

師走トオル

序章

孤児院の護り手

 小さな孤児院があった。


 廃村の外れに建てられたその孤児院には、少し前までほんの数人しか生活していない静かな場所だった。だがこのところ急激に人が増え、子供の声の絶えない賑やかな村になりつつあった。


 もっとも、人が急激に増えた理由を聞けば誰もが口籠もるだろう。戦争により、孤児が急増したからだ。


 その日、孤児院は人知れず存続の危機にあった。


 すぐ近くの森に、敗残兵の集団が迫っていたからだ。


「おい、見つけたぞ。あれがまだ人がいるって孤児院だ」


 彼らは数か月前、この地に侵攻したロヴェーレ帝国の兵士だった。


 強力無比を謳われる帝国軍だったが、本隊はあえなく壊滅。生き延びた兵士たちの多くは帝国へ逃げ帰ったが、この異国の地に残る選択をした者も少なくなかった。


 略奪のためである。


 帝国は長い戦争の最中にあり、兵站と士気とを維持するための略奪は、軍上層部が認めた正当な行為であった。


 だが民衆に欲しいまま暴力を振るい、金品や食糧を強奪し、婦女子を奴隷として連れ帰るという行為を繰り返していれば、略奪そのものが目的となる兵士も増えてくる。


 ただでさえ長い戦争で帝国の経済状況は悪化している。平民の生活は圧迫されており、故郷へ帰ってもロクな職がないとなれば、他国で賊紛いの行為に身をやつしている方がよほどマシだった。


 とはいえ、この辺りの土地からはすでに多くの住民が逃げ出しており、あらかた略奪された後だ。彼らも4日前、たまたま避難民の群れを見つけて略奪の限りを尽くせたものの、それ以降はまったく幸運に恵まれなかった。


 昨日からはロクに食べ物すら口にできておらず、だからこそ数十人の女子供が残っている孤児院を発見できたことに狂喜した。


「へっへっへ、あれだけ女子供がいるんだ、食糧もかなりあるはずだぜ」


「おまえら、ガキは奴隷にするのを忘れるなよ! この間見つけた難民も使い潰しやがって!」


 彼らは意気揚々と森を出て孤児院に近づいた。その数は50人近くにのぼる。女子供相手に警戒の必要はまったくなかった。


「しかしよ。この辺りに残ってる農民なんざもう一人もいないってのに、なんであの孤児院にだけはあれだけ人が残ってるんだ?」


 兵士の一人が、ふと抱いた疑問を口にする。


「ガキを数十人も連れて逃げられなかったんだろうよ。いいことじゃねえか、俺たちにとってはな」


「だけどよ、どの村も略奪し尽くした後だってのに、なんであの孤児院だけ無事なんだ? そういや、将軍の本隊がやられたのってこの辺りじゃなかったか?」


「知らねえよ。そうだとしても、敵がいる様子はどこにもねえだろ」


 村の周辺に敵軍がいるような様子はない。心配性な兵士の疑問を、残る全員が笑い飛ばした。


「おまえたち、そこで止まれ」


 彼らの前に、一人の男が立ち塞がったのはそんなときだった。


 年齢は20代といったところか。普段から鍛えているのか、体格がよく、目つきも鋭い。特に印象的だったのは、やたらと落ち着いているところだ。50人近い敵国の兵士たちを前に、微塵も動揺している様子がない。


「なんだてめえは!?」


「この先の孤児院の者だ。おまえたち、見たところ帝国の兵士のようだな。今すぐ立ち去れ、この先は兵士の立ち入りを禁止している」


 兵士たちは一瞬呆気に取られた後、大声で笑い出した。


「馬鹿かてめーは! ここまで来て『はいそうですか』と帰るわけねーだろ!」


「いやいいじゃねえか、帰ってやろうぜ。女子供と食糧を全部頂戴した後にな!」


「孤児院にゃ美人のシスターがいるって聞いたぜ。このところすっかり女日照りだったんだ、せいぜい俺たちが可愛がって――」


 最後にそう言いかけた兵士の一人は、なぜかそこで発言を中断した。何かが潰れるような鈍い音を合図に。


 どうしたのか――と仲間たちが視線を向け、そして異常に気付いた。その兵士の頭に大きな岩がめりこんでおり、顔が潰れていたからだ。顔がなければ声など出せないに決まっている。だがなぜ頭がなくなっているのか?


 一瞬の思考の後、彼らは気付いた。


「う、うわああああああ!? テッド!? テッドが殺されたぞ!」


「気をつけろ! こいつ召喚士だ! 土の精霊を呼び出しやがった!」


 召喚士。異界に存在する精霊と契約を結び、万物を操るという魔法使いのような存在だ。事実、男の背後には不可思議な生物――土の精霊ノームが召喚されていた。


「シスターの名を軽々しく口にするな。おまえたちが触れていい存在じゃない」


 男が静かな声で言った。決して大きな声ではなかったにもかかわらず、兵士たちは一瞬声を失った。男の全身から滲み出る殺気に圧倒されたからだ。この男には手を出すべきではないと、本能が告げている。


 だが、相手はたった一人。しかも数日ぶりの獲物がそのすぐ向こうにある。兵士たちは得体の知れぬ恐怖をただの弱気と振り払った。


「こ、殺せ! 召喚術を使われる前に殺せば済む!」


「相手はたった一人だ、女と食い物が待ってるぞ!」


 兵士たちは自分たちを鼓舞するように声を荒らげると、武器を構えて男に接近しようとした。1人対50人だ、あと一人二人は殺されるかもしれないが、結果は見えている。


 だが召喚士は微塵も動揺することなく、召喚術の行使を続けた。


「出でよ、ノームたち」


 次の瞬間、兵士たちは瞠目して足を止めざるを得なかった。


「な、なんだあの数は!?」


 同じ種類の精霊を同時に召喚することは極めて難しいという。ノームを三体も同時に召喚できればもはや天才の域だと。


 にもかかわらず――その男が呼び出したノームの数は、実に100体にものぼった。その100体のノームが一斉に大地を操り、大人の頭ほどもある岩を次々空中に浮かび上がらせたのだ。


 100体のノームと100個の岩が浮かんでいる光景は、いっそ壮大でさえあった。問題があるとすれば一つ、100個の岩が今後どのような軌道を描くかである。


「子供たちから母親と父親を奪っておきながら、さらに暴力を振るい奴隷にしようなど、想像するだけでも虫酸が走る。面倒だ、死ね」


 召喚士がそう言い終えると同時に、雨が降った。ただし、水滴ではない、岩の雨だ。


 50人の兵士たちに、100個の岩が降り注いだのだ。反撃の余地などない、防ぐ方法もない。頭を潰された兵士は痛みを感じる時間が短かった分、まだ幸運だった。多くの兵士たちは手足を潰され、その激痛に悲鳴を上げることしかできなかった。彼らは逃げ惑い、仲間の体すら盾にしてひたすら降り注ぐ岩の雨から身を守ろうとした。


 だが、雨は降り続くものだ。彼らに降り注いだ岩は100個だけではなかった。間髪入れず、第二射、第三射が降り注ぐ。一人とて生き残ることすらできないよう、念入りに。


 命乞いをする声すら、岩の叩きつけられる音にかき消された。

 間もなく50人の兵士の存在は、文字通り地上から消え去ることとなる。


  ◆◆◆◆


「やれやれ、懲りない連中だ」


 俺は50人の兵士すべてが岩の下で押し潰されたのを念入りに確認した。


 ここから孤児院までは少々距離があるが、ここまで遊びに来てしまう子供も皆無ではない。もし無残に殺された死体を見つければ、両親のことを思い出して泣くだろう。そういった泣き声に今の俺は耐えらる自信がない。


 入念な後片付けが終わった後、ようやく俺は孤児院に戻った。


「あ、ジレッドだー」


「どうしたの? お外でなにしてたのー?」


 庭で遊んでいた孤児がちが、俺を見つけるとすぐ寄ってくる。

 彼らの追求がしつこいことを俺は知っていた。とりあえずウソではない答えを口にする。


「肥料をまいてきたんだ。近いうちに畑を作ろうと思ってな」


 もっとも、その答えはまた子供たちの興味を惹くことになる。


「肥料ってなーに?」

「畑でなに作るのー?」

「ねえねえ、それより遊ぼうよ。またお水一杯出してぇ」


 キリがない。帝国軍を相手にしてる方がよほど楽である。


「こらっ、ジレッドはお仕事で忙しいって言ってるでしょ! 邪魔しちゃダメ!」


「わー、シスターだ! 逃げろぉー!」


 修道服に身を包んだ少女が一喝すると、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。いつもの光景だ。


「助かったよ、シスター」


 やってきた少女――シスター・ノアに礼を言う。飾り気とは無縁な修道服を着ていると分からないが、彼女が聖女と呼ぶに相応しい清らかさと美しさを持っていることを俺は知っている。帝国の野蛮な兵士たちから守ることができてよかったと心底思う。


「どうしたの? また敵が来てたの?」


「ああ、そんなところだ」


「ありがとう、それにごめんなさい。あなたにそんな危険なことばかりさせて」


「気にするな、俺にできることはこの程度だ」


 戦争で親を亡くした孤児がここには大勢いる。そして今後も増えるだろう。


 俺には孤児たちの悲しみを癒やしてやることはできない。ただ、守ることはできる。少なくとも、子供たちが立派に成長するまでは。かつてシスター・ノアにそうしてもらったように。


 俺はふと孤児院を見上げ、自分が子供だったときのことを思い出した。


 もはや正確な年数は覚えていないが、俺が初めてここにやってきたのは恐らく1000年以上前になる。1000年。実感はまったくないが、尋常ではない年数だ。


 だが遠いあの日のことだけは未だ鮮明に覚えている。すべてはたった一体の特殊な精霊を発見したところから始まったのだ――。

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