第3話 真理の探求

  1


 それから俺は上位精霊タイタンを使いこなすために、しばくの間人生を捧げた。


 通常、召喚士は魔晶石の他に、詠唱、召喚媒体、召喚士の精神力という三つを用いて精霊を召喚する。だが長い時間をかけて何度も行使した精霊なら、精神力の消費もなく、魔晶石のみで召喚が可能だ。


 学園ではこれを熟練度と表現していた。つまり同じ精霊を何度も召喚して熟練度を上げれば、より容易に使いこなせるというわけだ。相性のいい精霊であれば、より熟練度は上がりやすい。


 だがさすがに上位精霊タイタンともなると、扱いは簡単ではない。一度召喚するだけで俺の精神力をごっそり持っていってしまうため、連続して行使することができない。ようするに熟練度が上げにくかったのだ。


 それでも、時間だけはいくらでも費やせる。凡庸の召喚士である俺にとってそれだけが唯一の強みなのだ。


 そして《過去転移》30回目になる頃には、無詠唱とは言わないが大して疲労することなくタイタンを何度も呼び出せるまでになった。そしてこの頃になると、俺は地水火風の上位精霊すべて――タイタン、リヴァイアサン、イフリート、エアリアルとも契約することに成功した。


 それは決して難しいことではなかった。タイタンの力があれば、他の上位精霊と対等に戦える。そこに国家規模の支援があれば、他の上位精霊を屈服させるのは難しくなかったのだ。


 学園長、グラストル公国大公、シルビアやエフェリーネといった周囲の人々から浴びせられる美辞麗句は、まさに流星雨のごとくだった。


「信じられぬ。上位精霊四体すべてと契約を果たす召喚士が現れるなど前代未聞。おまえ、いや、あなたはまさに歴史に名を残す最強の召喚士となりましょう」


「長きに亘って続いてきた帝国との戦争に終止符を打つときが来たようだ。召喚士ジレン。どうかその力で我が国を覆う戦乱の闇を打ち払って欲しい」


「やっぱり、あなたはすごい人。これからはわたしが教えを請いたい」


「お願いです。わたくしの身も心も財産も、すべてを捧げます。どうかわたしにあなたの子を産ませてください」


 シルビアやエフェリーネの賛辞は最初のころは気持ちよかったが、何度も《過去転移》していると、段々新鮮みが欠けてしまうのは残念なところだった。


 ちなみに、このころ俺は久しぶりに因果律の修正行動と思しき現象を体験することになる。俺は四体の上位精霊と契約する際、その度に学園より魔晶石を与えられている形だ。つまり、まったく同じ国宝級の魔晶石をいくつも手に入れることとなる。だが《過去転移》で過去に持ち込めたのは必ず一つだけだった。やはりモノが増殖するには俺を含めて二つまでが限界で、無限にモノが増殖する可能性だけは因果律も許容できなかったのだろう。


 こうして上位精霊四体と契約した俺だったが、召喚術を極める道はまだ終わらなかった。時空の精霊がそうだったように、まだ人々に知られていない未知の精霊がいるはずだからだ。


 ただし、そういった精霊を探し出すのは困難だ。時空の精霊を発見できただけでも、望外の幸運だったのだから。


 ただ、心当たりだけはあった。俺が通っていたルデールト学園は、正式には公立召喚術研究所付属ルデールト召喚士学園という。つまり公立の召喚術研究所に付属した学園だ。召喚士養成学園は各地にあり、同様に召喚術を研究する学園も各地にある。その一つに入ろうと考えたのだ。《過去転移》31回目のことである。


 ただ残念なことに、俺の祖国グラストル公国の召喚術研究所は決して有名ではない。世界最大の研究所と言えば、大陸最大の領土を持つロヴェーレ帝国のそれだろう。だが俺は帝国が大嫌いだ。帝国が戦争など始めたものだから、多分俺は捨てられたんだろうしシスター・ノアもあんなに苦労することになったのだ。


 幸い、ロヴェーレ帝国と双璧を為す研究所がある。帝国と戦争中の同盟国・リーンバル王国の王立研究所だ。


 問題は、召喚術研究所はまさに国家機密の中枢だということだ。他国者の俺が入る方法など見当もつかない。特に俺は《過去転移》を繰り返すことで力と金は入手できるが、一つだけ弱点がある。人脈だ。こればかりは《過去転移》する度に初期化されてしまう。


 それに、学園生活を何十回も体験して分かったが、俺がもっとも勉学に向いている時期は肉体の年齢が15、6歳ぐらいのときだ。できることなら研究所には14、5歳で入りたい。


 仕方ないのでいつも通りやってみることにした。リーンバル王国にも召喚士養成学園がある。ジレンとして15歳になるのを待ってからその入学試験を受け、地水火風の精霊を40体ほどまとめて召喚して見せたのだ。


 俺の目論見は半分ほどうまくいった。まず予想通り教師陣は総じて腰を抜かし、その日のうちに王が謁見を求めてきた。そこまではとんとん拍子に事が運んだ。


 ところが、そもそもリーンバル王国は帝国との戦争中であり、いくらでも戦力を必要としている。そんな状況で王と会えば、当然次のような話になることは予想しておくべきだった。


「その若さでそれほど強大な力を持っているのであれば、もはや学園で学ぶことなどなにもありはすまい。それよりも一国の王として頼みたい、帝国の野望を打ち砕くため、我が国に力を貸してくれぬか」


 ようは戦場に出ろということである。研究所に入るどころではない。


 断るのは簡単だったが、一国の王から直々にそう要請されてしまっては拒否できなかった。もしここで拒否しようものなら忠誠心を疑われてしまう。そうなれば研究所への入所など確実に断られるだろう。下手をすれば敵の間者扱いだ。


 結局、俺はその提案を受けることにした。「恩賞は思いのままだ」という王の言葉を信じたのだ。


  2


 こうして再び戦争に参加せざるを得なくなった俺だが、流れ矢に当たって死にかねないような戦場に放り込まれるのはできれば避けたいところだった。因果律への影響を考えても、できれば誰かを殺すような方法は取りたくない。


 そこで俺は帝国が建築したという要塞に目を付けた。その要塞があるがゆえに、王国は喉元に刃を突きつけられたがごとく、厳しい戦いを強いられているという。


 ある日、俺は帝国軍の大部分が要塞から出陣したのを見届けると、単身接近し、ノームとサラマンダーとシルフをありったけ――合わせて100体近くいた――召喚した。本当は大地の上位精霊タイタンを召喚するのが手っ取り早いのだが、国宝たる魔晶石の腕輪を持っていることが露見すると面倒なことになりかねないので、下位精霊だけでなんとかしなければならなかった。


 俺は要塞を半日で破壊した。ノームで岩の雨を降らせ、サラマンダーで火を点け、シルフの起こす強風でその火を煽った。


 これがうまくいった。王国軍が手も足も出なかった帝国軍の橋頭堡を、俺はたった一人で破壊したのだ。拠点を失った帝国軍は前線の大幅な後退を余儀なくされ、王国はなにもせずとも手に入れることのできた勝利に酔い痴れた。


「よくぞやってくれた、召喚士ジレン。そなたの名は救国の英雄として大陸全土に知れ渡るだろう」


 謁見の間において、例によって国王その他国家の重鎮から美辞麗句の数々を浴びせられる。だが我慢して聞き続けるかいはあった。


「信賞必罰は王の義務。なんなりと欲しいものを申せ」


 ついに俺は、国王よりその言葉を賜ることに成功したのだ。


「は、それでは申し上げます。王立召喚術研究所への入所を許可して頂きたいのです」


 俺は遠慮なく希望を述べた。金もかからない安いお願いのはずだ。

 だが残念ながら王の望む返答ではなかったらしく、渋い顔をされた。


「そのようなことでよいのか? 爵位はどうだ? 望むのであればどのような地位でも与えるぞ。そなたは若いのだ、婿としても引く手あまたであろう」


 ようは俺を戦力として使い続けたいということだ。貴族となれば戦争に参加しなければならないのだから。


「爵位にも金銀財宝にも興味はありません。私の望みはただ一つ、召喚術を極めること。そのためにも何卒ご許可を」


 重ねて俺は言ったが王の渋い顔は消えず、傍にいた重鎮たちもその空気を読んで俺をとりなそうとした。このやり方はやはり失敗では――と思ったが、助け船は意外なところから来た。


「お父さま、願いを聞き届けてさしあげてはいかがでしょうか」


 その声は、若い女性のものだった。せいぜい14,5歳ぐらいではないだろうか。

 王に向かってお父さまと声をかけられ、かつ謁見の間に立ち入ることを許された若い女性となると、その立場は一つしかない。王女である。


 後で知ったことだが、このとき助け船を出してくれたのは第三王女のカテレインという人物であった。


 なにせ王女の出で立ちと王族の作法で塗り固められているため、彼女の性格などはまったく分からない。ただ聞いたところでは何人もいる王の子の一人で、本来なら父の言葉に口を挟むことなどあり得ない性格らしい。


 事実、彼女が発言すると父である王も驚きを隠さなかった。


「カテレイン? おまえがそのように言うとは珍しい、なにか理由があるのか?」

「お父さまはなんなりと褒美を取らせると言ったではありませんか。その約束を守るのは王たるお父さまの勤めだと思います」

「それはそうだが……」

「それに傑出した召喚士であるジレンさまのお力を借りられるのであれば、我が国の召喚術は大きく発展するに違いありません。本来ならこちらから伏してお願いすべきところを、ジレンさま自ら研究所への入所を求めているのです。これ以上一体どのような幸運をお求めになるおつもりですか」

「分かった、確かにおまえの言う通りだ」


 こうして俺は王女のおかげでようやく王立召喚術研究所への入所を認められることとなった。それはいいのだが、謁見が済んだ後、当然ながら俺はカテレイン王女に謝意を伝えねばならなかった。問題はそこで生じた。


「お願いがあるのです」


 俺の謝意を聞き終えたカテレイン王女は、そう切り出した。


「私には子供のころからの婚約者がおり、このままでは嫁ぐことになります。それをなんとか阻止していただきたいのです」


 まさかそのような頼み事をされるとも思えず、俺は言葉に詰まった。


「お嫌いなのですか、その嫁ぎ先が」

「はい。お父さまが決めた私の婚約者は、ブラウベン伯爵と言います。勇猛な武将として知られ、帝国との戦いでも多くの武勲を立てたとか。ですが領民に重税を課し、婦女子に乱暴狼藉を働いていることで有名なのです。そんな人の妻になどなりたくありません」


「承知しました、できる限り尽力いたしましょう」


 俺としてはそう言わざるを得なかった。安請け合いである。どのみち、《過去転移》すればこの歴史も修正されてしまうので、なんとも言えない。


 ただ格好の情報ではあった。今後過去転移する度、帝国軍の要塞を破壊せずとも、カテレイン王女の力にさえなれれば王立研究所への入所が適うかもしれないのだから。



 ともあれ、俺はようやく王立召喚術研究所への入所を果たしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る