143.生命の輝き
ケイオス様が手を離しても、勇者の姿は宙に浮かんだまま。
彼をそのままに、ケイオス様がわたし達のいる大地までゆっくりと降りてくる。
結界も消えた。
間近で見るケイオス様は穏やかな笑みを浮かべている。このひとが……この世界の全てを創り出した、創造神。
『君達も頑張ったね』
掛けられた声に、わたしとアルトさんは自然と跪いていた。強制されたわけでもない、ただ、息が出来ないほどの神気にあてられる。
『ケイオス、少し神気を抑えてやってくれ』
『ああ、そうか。久し振りに起きたからね、加減が分からないんだ。悪い事をしたね。……そんな跪いたりしないで、楽にして』
エールデ様の呆れたような声に、ケイオス様が笑う。
リュナ様とモーント様の手も借りて、わたしとアルトさんは立ち上がった。
「あ、あの……ひとつ、伺っても宜しいでしょうか」
『うん、ひとつと言わず何でもどうぞ』
声が裏返りそうになるのを何とか堪えたのに、ケイオス様は気にした様子もなくにっこり笑うばかり。思わず変な声が出そうになる。
「ミハイルはどうなるんでしょうか」
『あの子だね』
わたしの問いかけを受けて、ケイオス様が空を見上げる。そこには未だ目を閉じたままの勇者がいる。
『シャーテに意識侵食を受けていたとはいえ、彼は罪を犯しすぎた。このまま人の世に戻すわけにもいかないね。シャルテを滅しても、彼はまだ影響下にあるかもしれない。混沌の中で魂の浄化を繰り返せば、いつかはまた生まれ変われるだろう』
勇者は、混沌に沈むのか。
でもそれがいいと思ったのも本当で。人の世でも、彼が歩むのは険しい贖罪の道となるだろうから。
『リュナ』
ケイオス様がリュナ様の名を呼ぶ。その声は、固い。
『君の天使の事だけど……どうする?』
『元はといえば私がマティエルの想いに気付けなかったのが原因だ。消滅させるのも容易いが、それだと余りに彼が不憫だろう。……マティエルには幾久の牢に入ってもらう。そこで己の想いと向き合って貰うつもりだ』
『そうか。……二度とこのような事のないようにね』
『分かっている』
マティエルは牢に入るのか。
幾久の牢がどんなものなのかは分からないけれど、きっと出ることは叶わない場所なのだろう。彼はそこで自分と向き合い……いつかはその想いも昇華出来るんだろうか。
彼のしたことは許せないし、憎くもある。
それでも、想い人を失う絶望は……ひとを簡単に、
『クレアちゃん』
「は、はい!」
ぼんやりとしていたのか、ケイオス様に名前を呼ばれて声が裏返った。ケイオス様は可笑しそうに肩を揺らしている。
『アルフレート君』
「はい」
『天狼の守神グロム』
「うむ」
同じように名前を呼ばれたアルトさんたちは、平気な顔で返事をしている。なんなの、超人だから物怖じしないの? というか天狼の守神がグロムの二つ名なんだろうか。
『君達のおかげで、世界は救われた。本当にありがとう』
「い、いえ……」
『僕は神様だからね、何でも叶えてあげられるけど……それを望む子達でもないだろうから。だからこれは、僕からのお礼と思って貰えたら』
ケイオス様がにこやかに言葉を紡ぐ。
一体何の事だと思ったのも束の間、わたしの胸が熱を持つ。燃えているんじゃないかと思うくらいに熱い。服の上からでも分かるくらいに、胸に埋められた結晶が虹色の光を放っている。
「あっつ!」
『お疲れさま、クレアちゃん。よく頑張ったね』
それだけ言うと、ケイオス様は手を振ってその場から消えてしまう。
空を見上げるとミハイルの姿も無くなっていた。
『リュナ、お前はマティエルを連れていけ』
『分かった。エールデ、お前がこの子達を連れていくのか』
『うむ。モーントは天狼を送ってやれ』
『分かったよ』
神々が何か話をしているけれど、わたしは胸の水晶が熱くてそれどころじゃなかった。本当に燃えているんじゃないかと思うし、出来る事なら胸元を寛げたいけどそういう形の服じゃなかった。
熱さに耐えきれずに膝をつくわたしを、アルトさんが抱き上げてくれた。わたしは両手で胸元を抑えるので精一杯で余裕がない。だけどアルトさんなら落とさないでいてくれるでしょう。
「主、我は一足先に山へ戻ろう」
「え、あ……はい」
「脅威は去ったとはいえ、これからも我は主の剣だ。いつだって我の魂はお前と共にある事を忘れるな」
グロムがわたしの頭を優しく撫でる。
その紅に縁取られた瞳も穏やかで、わたしは頷くばかりだった。
『それでは、行こうか』
気づけば、わたしとアルトさん、エールデ様しかいなかった。
胸の熱さに意識が飛びそうになる。それを支えてくれているのは、アルトさんの鼓動や温もりだった。
「行くって、エールデ様……どこに?」
『その水晶の輝きを解放せねばなるまい』
「え、これ……【生命の輝き】なんですか」
『お前は……何だと思っていたのだ』
「だって、わたしが知ってる輝きじゃないんですもん。こんな熱の塊みたいな輝き、知らないですよぅ」
『主神の放つ【生命の輝き】だ。その熱量も仕方あるまい』
呆れたようにエールデ様が肩を竦める。それでもその表情は穏やかで、そして見惚れるくらいにやっぱり美しかった。
エールデ様は萌黄の瞳を輝かせ、手にしていたロッドを軽く振る。それだけだった。
それだけで、わたし達は地底牢獄の前へと転移をしていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます