121.静かの海に降り立って
光が収まった後、わたしが見上げた空は満天の星空だった。……夜?
空を見上げるわたしの耳に届いたのは、
わたしが周囲を見回すと、足元は砂浜だった。そして漣を立てる海がある。その海を割るように細い道が一本。道の先には小島があって、そこに佇むのは光を放つような美しい神殿だった。
小道には花を模したポール灯が等間隔に設置されていて、足元を照らしてくれている。
「綺麗だろう?」
わたしがその光景に見惚れていると、サンダリオさんがどこか得意気に口にする。わたしはそれに何度も頷いては深呼吸をした。
モーント様の神気に満ちているけれど、息苦しくはない。傍らのアルトさんを伺うと案の定平然としていた。
「大丈夫か?」
「ええ、わたしは何とも。アルトさんも大丈夫です?」
「問題ない」
「本当に君達って……。いや、まぁいいか……」
サンダリオさんがわたし達に怪訝そうな視線を向ける。最後まで言いきらないが『何者なの』と問いたいのは容易に分かった。わたし達の返事もわかっているから口にしないんだろうけれど。
「わたしはまぁ出自がアレですし、住んでいたのも神域みたいなものですし。この超人は生まれからエールデ様の神殿で暮らしていて、その神気を吸収しているそうですよ」
「ああ、納得出来たよ」
何度か頷いたサンダリオさんは小道へと一歩足を進めた。わたし達もそれについていき、小道を進む。さくりさくりと、独特の砂の音。その感触が何だか楽しくて、踏み込む足に力が籠る。
隣を歩くアルトさんを見ると物珍しげに周囲を見回していた。その口元は楽しげに緩んでいる。
「アルトさん、楽しそうですね」
「
「それって喜んでいいんでしょうか」
「俺は楽しい」
「うぅん……まぁ、それならいいです」
まぁいいかと思考を投げて、サンダリオさんの後を付いて歩く。
海の向こうに目を凝らしても何も見えない。まぁ船でもあったら逆に驚くよね、なんて自分につっこみを入れたのは内心だけに留めておいて。
「さて、着いたよ」
考え事をしている間に目前に迫っていた神殿は、煌々と光る鉱石が埋め込まれていて、その石を美しく加工して作られていた。この輝きには見覚えがあるし、この魔力にも覚えがある。
「月華石?」
「そうだな。月華石が堆積して出来た石で作られているんだろうか」
「おぉう、随分と贅沢な……」
月華石はその身に魔力を宿す特殊な鉱石だ。先日、ヒルダに依頼された一角獣作りにも使ったもので、なかなか市場には出回らないほど貴重なもの。それは月にしかないからだと聞いた事があるが……少し持って帰ったら怒られるかな。
「人の間では珍しいものなんだってね、月華石って。見ての通りここではそう珍しくもないんだけど、これでよければ後でお礼にあげるよ」
「え、な……っ」
わたしの思考が漏れていたんだろうか。
余りにもタイミングのいい申し出に、わたしは自分でも不審な反応になったと思う。だって心を読まれたのかとびっくりしたんだもの……!
わたしのそんな様子に、サンダリオさんは苦笑いをするばかり。
「欲しいのかなって思っただけ。別のものがよければ、用意するし」
「いえ、もう対価は頂いているので……」
そう言ったけれど本当は欲しい。月華石が手に入るチャンスなんてないもの。でも胸の水晶は彼の『生命の願い』で輝いている。
「月華石を用意するから、持っていって。君達のおかげで助かったから。アルト君も月華石でいいかな?」
「俺に礼はいらない。こいつにやってくれ」
「じゃあ二人とも月華石だ」
さらりと断るアルトさんを気にした様子もなく、サンダリオさんは明るく笑った。わたしとアルトさんは顔を見合わせ、そして笑いだしてしまった。
「ありがとうございます、サンダリオさん」
「気にしないで。君達のおかげで、こうして
「呪い? それは、もしかして勇者ですか?」
「うん、まぁそれについての詳細はモーント様の前でお話するよ」
わたし達は神殿の敷地内へと足を踏み入れていた。
白く淡い光を帯びた、月華石が輝いている。柱や扉の意匠も優美で見惚れるほどの建造物が目の前にあった。
気配はするけれど、他の天使が出てくる事はない。異質な存在であるわたし達の前には姿を現さないのだろう。
しかし感じるのは敵意ではなく、興味だとかそういった感情の方が強い。それを指摘したら、きっと隠れている彼らも気にしてしまう。
そう思ってわたしは何を言うでもなく、サンダリオさんの後をついていった。
アルトさんはといえば、エールデ大神殿とは違う建築様式が珍しいのか、ひとつひとつの装飾を真剣に見つめていた。時折感嘆の吐息が薄く漏れるのは珍しい。
うちでも父の建築の本を読んでいたし、そういう方面への興味があるのだろうか。……この超人なら簡単に家を建ててしまいそうだ。家で収まらないで、神殿だとか城……いやいや、ない、よね?
「どうした?」
「お城も建てられます?」
「は?」
わたしの視線に気付いたアルトさんが優しい声で問うてくれたけれど、わたしが思考のままに問いを返すと、意味がわからないとばかりに眉を寄せられた。
「建築が好きなのかなって。アルトさんなら家くらい簡単に建てられそうだけど、お城も建てたり出来ちゃうのかなって思って」
「お前が城に住みたいなら頑張ろうか」
「無理とは言わないんですね」
返る言葉に気負ったものはなく、ただ彼は低く笑うばかり。この超人なら本当に建ててしまいそうだ。
そんな話をしていたら、少しサンダリオさんと離れてしまった。待ってくれている彼が呆れたような表情をしているのは見ない振りをして、小走りで距離を詰める。
白に金糸で刺繍がされた絨毯が敷かれた廊下を歩く、ただ静かに。柱だけの回廊を歩む。柱の影が蒼く伸びて、月華石に反射する。柔らかな絨毯に吸い込まれて足音のひとつも響かなかった。
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