89.お買い物に行こう
神殿で再び過ごすようになってから、少し経ったある日のこと。
ヴェンデルさんに呼び出されたわたしとアルトさんは、執務室を訪ねていた。相変わらず机の上は散らかっていて、書類も山積みだ。
「頼みたい事があってさ」
「わたしにですか? それともアルトさんに?」
「二人に。もう少しで年越しだろう? 買い出しをお願いしたいんだよね」
買い出し。
今までにそんなお願いをされた事はなかった。神殿で必要なものは、ここで働く使用人の人達がやっているから。食材とかは配達されているのを見た事があるし。
隣のアルトさんを伺うと、彼も不思議に思ったのか首を傾げている。
「飾り付けを新しくしようと思ってさ。二人に、センスのいい装飾を買ってきて貰いたいんだよ」
「センスのいい装飾。……自信は全く無いんですが」
「クレアちゃんの好きなものでいいよ」
年越しの日まであと二週間ほど。
この年が終わり、新しい年が始まる日は、どこもかしこもお祭り騒ぎだ。光の魔石を使って家や庭を飾ったり、華やかなリースを飾ったり。その装飾を選ぶ……うん、自信が無いからアルトさんに任せたいな。
「お前の好きなものを選べ」
……心を読むのはやめて頂きたい。
「とにかく、二人で選んできてよ。請求は神殿に回しておいて」
有無を言わさないヴェンデルさんの笑顔に追い立てられるように、わたしとアルトさんは執務室を後にしたのだった……。
一度部屋に戻って支度をしたわたし達は、二人並んで街までの道を歩く。
石畳の道は雪が除けられていて歩きやすい。わたしは魔導具を使って、色彩を金髪青目に変えている。うん、レオナさんと同じ色だね。
厚手のコートのお陰で、寒さはそこまで厳しくない。ぐるぐると巻いたマフラーに口元を埋めながら、わたしはうんうん呻っていた。
「どうした?」
「どんな装飾がいいのかなって、悩んでるんです」
「お前の家は飾り付けをしていたか?」
「両親が居る頃は。わたしひとりになってからは、面倒になってやらなくなりましたねぇ」
「そうか。……難しく考えなくていいんだぞ。お前の好きなもので飾ればいい」
「だってセンスが無いものを飾ったら、大神殿が笑われちゃうかもしれないでしょう」
「そんな心配はしなくていいんだが」
アルトさんは笑うけれど、わたしにとって笑い事ではない。そこまでセンスだって悪くはないと思うけれど、大神殿の品位が疑われる事態になっては目もあてられない。
優しい手がわたしの頭にぽんと乗せられる。手袋をしているから伝わる事はないけれど、きっとその手は温かい。
「とりあえず、色々見てみるか」
「そうですねぇ……お店の飾りとか見てみたら、流行も分かるかもしれないですし」
まぁ頼まれてしまったのだから仕方ない。
神殿の人達には迷惑をかけてしまった自覚もあるし、忙しい彼らの手助けになるなら頑張ろうという気持ちもある。
それにこの超人護衛が一緒なら、何とかなるだろう。わたしはそんな事を考えながら、街までの一本道を歩いていた。
街はわたしが離れている間に、すっかりと年越えの飾り付けに溢れていた。
広場の噴水周りも、お店のショーウィンドウも、お役所までもが浮かれた装飾でいっぱいだ。街を歩く人達も楽しそうにそれを眺めている。
「凄いですねぇ、華やか」
「とりあえず、装飾を扱っている店に行くか」
「ええ、そうしましょう」
連れて行って貰ったお店は、通りの目立つところにあった。さすが取り扱っているだけあって、店も綺麗に飾り付けられている。
「わぁ……いっぱいありすぎて、どれを選んでいいのやら……」
わたしは店の中で途方に暮れていた、光飾だけでも数が多すぎる。青一色取ってみても、水色から深い青、青緑とバリエーションが豊かなのだ。
もちろん光飾だけではない。庭に飾る置物だって様々だし、リースだって大小という括りだけでは収まらないほどの種類があった。
「色を絞るか」
「去年までの飾りは、何色だったんですか?」
「レオナとヴェンデルが好きな色を選ぶから、様々な色に溢れていた」
「それも綺麗そうですねぇ」
「……いや、やめておけ」
そう言うアルトさんの表情は暗い。珍しいな、なんて思って見ていると苦々しげに笑った。
「色の洪水で目がちかちかする」
「目がちかちか」
「ああ。だからお前は気負わなくて大丈夫だ。いつも着ている服も、あの屋台も可愛らしいから自信を持っていい」
「……アルトさんは天然のタラシですか?」
この護衛はさらっと、何をぶっこんできているのだろう。わたしだからいいものの、他の人に言ったら惚れられるぞ。
わたしが呆れた視線を向けても、アルトさんはただ笑うだけだった。
でもまぁ、色を絞るというのはいいかもしれない。
エールデ様の色彩のような、白銀と緑なんてどうだろうか。アルトさんにそれを言ってみると同意してくれたので、とりあえず光飾は白と緑に決めた。銀色は見つからなかったのだから、まぁ白でもいいだろう。
どれだけ必要になるかは分からないので、その量を決めるのはアルトさんにお願いした。去年までの飾りを見ている人じゃないと、必要数が分からないからね。あの大神殿のどこまで飾るか分からないから。
その間にわたしはリースと置物を決める。色を絞った分、リースは華やかにしよう。でも白を基調にしたら、そこまで派手にならなくて済むんじゃないかな。白を基調に、黄色とピンク、挿し色にやっぱり緑。うん、可愛い。
「どうですか?」
「いいな、華やかだ。あとは置物か……」
置物が一番難しかった。
動物の形もあるけれど、あの広い庭に置くには相当な数が必要になる。それに今年は雪が多い。
「いっそ置物をやめて、光飾を雪の上にも敷き詰めちゃいます? 一部分だけでもいいので、花畑みたいになるかも」
「置物に積もった雪払いをしなくて済むな。そうしよう」
同意を得られたので、また光飾に戻る。
リースと揃えた色味にしようと、黄色とピンク、緑を選んで……うん、なかなかいいんじゃないかな?
大量の飾りを注文して、大神殿に届けて貰う手配をする。終わった頃にはわたしはすっかり疲れ果てていたのでした。
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