82.わたしの新しい部屋
わたしは衣服だとか日用品をまとめて空間収納に詰め込むと、アルトさんと一緒に家を出た。もう夜が明ける。黎明の空にたなびく雲が、朝焼けの色を映して美しい。
いつものように結界を厳重に張って……そういえば、アルトさんはどうやってここまで転移してきたんだろう。魔力の残滓を辿ると、アルトさんが最初に現れた辺りに転移陣の名残がある。
「アルトさん、どうやってここに来たんですか?」
「以前、魔王城で先代魔王がこの山に遊びに来ていたと言っていただろう? ヒルデガルトに協力して貰って、この山への転移陣を復元した」
「……さらっと言ってますけど、それ、とんでもない事ですからね?」
先代魔王は確かに、城に敷いた転移陣を使ってこの山に来ていた。
しかしあの転移陣は強大な魔力を持つ、先代だからこそ出来たこと。この山に展開された結界を越えるだけの転移陣など、そう簡単には描けない筈なのだ。
「魔力の消費がとんでもないな。半分以上持っていかれた」
「それくらいで済むのがおかしいんですよ」
この超人護衛は、相変わらず超人だった。
そうだ、この人に何が出来ても驚かないって決めたんだっけ。
わたしは盛大に溜息をついて見せるも、アルトさんが気にした様子は無い。いつものように手を差し出してくるので、わたしはそれに自分の手を重ねる。
アルトさんがぎゅっと握ったのを合図として、わたしは慣れ親しんだ大神殿へと意識を集中させたのだった。
「クレアさん!」
「クレアちゃん!」
大神殿の入口に転移をしたわたしは、帰還の連絡を聞いて駆けつけてきたレオナさんにもみくちゃにされていた。
抱き付いてきているのはレオナさんで、ヴェンデルさんもそれに混ざろうとした瞬間、アルトさんとライナーさんに襟首を掴まれていた。……ヴェンデルさんって偉い人だよね? 手荒いなぁ。
「あの……勝手にいなくなってごめんなさい。また、ここに置いて貰ってもいいですか?」
レオナさんの抱きついてくる腕が、段々ときつくなってくる。このままだと首を絞められて落ちそうなので、そうなる前に解放して貰いたいのだけど……心配をかけた自覚もあるから、いっそ落ちてしまった方がいいのだろうか。
「当たり前でしょ。但し、もう勝手に出て行ったりしたらだめだよ。僕達も心配したんだから」
「はい、本当にすみませんでした」
「レオナ、そろそろ離さないとクレアさんが窒息する」
ヴェンデルさんは困ったように眉を下げながら、相変わらずの穏やかな口調で頷いてくれる。レオナさんはライナーさんの指摘に従って、渋々といった様子でその腕から力を抜いてくれた。
「レオナさん、ごめんなさい」
「心配、したんですよぉ……っ、私、本当に……!」
レオナさんが泣いている。その美しいサファイアの瞳から、ぽろぽろと大きな涙を零して。
それを見たわたしも、目の奥が熱くなってきてしまって……結局わたし達は、抱き合ってわんわん泣いてしまったのだった。子どもみたいだけれど、わたしはもうひとりで泣かなくたっていいのだ。それを実感できた。
もっと怒られると思っていたけれど、言い方は悪いが拍子抜けするほどに叱られなかった。それを口にすると、レオナさん達は口を揃えるのだ。
「もっと怒ろうと思っていたのに、顔を見て安心した」と。
なんて優しい人達なんだろう。神官の方々や、使用人の皆さんも、わたしにお帰りなさいと告げてくれる。よく一緒にお掃除をした神官見習いの少女は、その瞳に涙の膜を張らせていたくらい。
わたしは、自分が思うよりも、この場所で受け入れられていたのだ。それを感じて、胸の奥が暖かくなるのを実感した。
「クレアさん、今日からはこのお部屋を使って下さいね」
わたしの腕に絡みついたまま離れないレオナさんは、わたしを部屋に案内する。……けれど、ここはいままでわたしが借りていた部屋ではない。
わたしが借りていたのは客間。客間は客人専用の棟にあったのに、今回わたしが案内されたのは住居棟。この神殿で生活をする、神官方や使用人の皆さんが使う場所。レオナさん達のお部屋もこの棟にある。
「えぇと……」
住居棟にお部屋を用意してくれる。それの意味する事が分からないほど、鈍感でもないけれど……それよりも。
この部屋のお隣は、アルトさんだよね?
わたしの戸惑いが伝わったのか、アルトさんは気まずげに頬を掻いている。
「……ヴェンデルとレオナが、俺の隣にすると聞かなくてな」
「アルト様のお隣なら、クレアさんがどこかに行こうとしても分かるでしょう?」
名案とばかりにレオナさんが笑う。
「もうどこにも行きませんよぅ」
「もっと早くから、こうしておけばよかったんですよね。クレアさん、何かあったらすぐにアルト様のお部屋に行くんですよ」
「壁を抜いて、部屋を繋げる案を阻止する事しか出来なかった」
いやいやいや。部屋を繋げるとか、アルトさんに迷惑が掛かりすぎるでしょうに。阻止してくれて本当に良かったー!
それにしても隣のお部屋かぁ。アルトさんが誰かを連れ込むなんて事があったら気まずいなぁ。
「変な事を考えていないか」
「……何も?」
この超人に隠せるわけもないんだけど、とりあえずわたしはへにゃりと笑っておいた。おでこを指で弾かれたという事は、誤魔化せなかったって事だな、うん。
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