81.禁忌
「……嘆く両親に、モーント様は禁術を授けたそうです。命を呼び戻す禁術。両親はその術を使ってわたしを蘇らせ、自分達は死ぬつもりだったと」
「なぜそんな禁術を授けたんだろうな」
「天使が起こした事件ですからね、見過ごすことも出来なかったのか……。それとも両親やわたしに同情したのか、そこは憶測にしかならないんですけれど。
本当なら、禁術を使った時点で両親は死ぬはずでした。魂さえも消滅する筈だったんですが、それをドゥンケル様とエールデ様、モーント様、リュナ様が助けて下さったそうです」
「リュナ様もか?」
「はい。さすがに自分の生み出した天使の不祥事ですから、見過ごせなかったのかもしれないですね」
体の内側から起きる震えは治まったのに、まだ両手は冷えたままだ。わたしは肩を抱いてくれているのとは逆の、アルトさんの手を取ると懐炉代わりに暖を取らせて貰う事にした。彼は「冷えているな」と小さく呟くだけで、わたしのしたいようにさせてくれている。こういうところが優しいのだ。
「わたしには選択肢が与えられました。このまま両親を混沌の中に返していつか生まれ変わるのを待つか、わたしが贖罪をするかの二択です。
もちろん、わたしは贖罪を選びました。それでわたしに与えられたのが、この使命です」
胸元の水晶を指で示す。
これはわたしが贖罪の道を選んだ時に、埋め込まれたもの。この水晶に『生命の願い』を集める事が、わたしの使命。
「両親はわたしに『生きて欲しい』と願って禁術を使いました。わたしに『生』を願う声しか聞こえないのは、そういう理由です」
「十七年前といったな。お前はそんな長い間、ひとりで……」
「ふふ、そうなんです。ずっとひとりで使命を果たして、この家にひとりで暮らしていたんですよ」
不老のわたしからすれば、十七年などそう長い時でもない。しかし短い時間でもなかった。ひとりだと実感するには充分過ぎる時間だったのだ。
「両親の罪が許されるまで、どれだけの時間がかかるか分かりません。でもわたしは不老ですからね、毎年一本でもあの鎖を壊していくしかないんです」
両親を解放するまで、死ぬわけにはいかない。だからマティエルに殺されるわけにはいかないのだ。それに、勇者に囚われるわけにもいかない。わたしは贖罪を果たさなければならないから。
握っていたアルトさんの手と、わたしの手の温もりがいつの間にか同化していた。わたしの手のせいで冷えてしまっても、彼は文句のひとつも言わない。
ふと顔を上げると、アルトさんはその綺麗な東雲の瞳でわたしを見ていた。握っていた手が不意に離れる。その温もりを名残惜しく思うも、刹那、わたしはアルトさんに抱き締められていた。
「どれだけの時間がかかろうとも、俺にもその贖罪を担わせてくれ」
「いやいや、本当に、いつ終わるかも分からないんですよ」
「幸いにも俺はエンシェントエルフとのハーフで寿命が長い。時間ならたっぷりあるさ」
「……どうしてそこまで、優しいんですか」
「……さぁな。だが俺は、お前をもうひとりにはしない」
ふわりと香るムスクが心地いい。
どうしてこの人は、こんなにも優しくて、わたしの事を見透かすのだろう。わたしがもうひとりになりたくない事を知っている。
わたしは少しの躊躇の後、両腕を彼の背に回して自分からも抱きついた。
「ありがとうございます、アルトさん」
「ああ」
「お友達っていいですねぇ。こんなにも安心できるだなんて」
「……オトモダチ」
「えっ、違うんですか? 今更お友達じゃないなんて言われたら、恥ずかしくて穴に埋まりたいくらいなんですけど」
腕の中からアルトさんの様子を伺うと、何だか気難しそうな顔をしている。しかしそれも一瞬で、くつくつと低く笑い始めた。……大丈夫かな。
「いや、オトモダチだ。だから安心して、お前は俺の傍にいたらいい」
「……びっくりしました。穴を掘らないで済みそうです」
心底安堵する。これで友人じゃないなんて言われたら、恥ずかしすぎるじゃないか。
アルトさんはわたしの背中をぽんぽんと優しく撫でてから、抱き締める腕の力を抜いていった。
「さて、そろそろ戻る準備をするか」
「そうですね、わたしのお部屋ってまだ残っているんでしょうか……」
「あー……、それは気にしなくてもいい」
んん? なんだか含みがあるような……? まぁいいか。
それよりも山を降りる準備をしなくちゃいけない。きっと長くお世話になるから、最初から色々持っていこう。
わたしはアルトさんから離れると、自室へと向かう。アルトさんは手馴れた様子でリビングにある本棚から、また父の蔵書を選んでいるところだった。
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