59.魔王様とお茶①
イーヴォ君に先導されて案内されたのは、美しい庭園の中にある東屋だった。そこでは数人の従者を控えさせた、黒髪をきっちりと纏め上げた美女がお茶を楽しんでいる。……魔王様への謁見ではなかったかな?
「ヒルデガルト様、客人をお連れしました」
礼をするイーヴォ君に応えて立ち上がったのは、やっぱりその美女。フリルも優美な黒の半袖ブラウスに、スリットの入った黒のロングスカートという、シンプルな装いだけれど品がある。立ち上がったのだから、この美女が魔王様ということなのだろう。
薄茶の瞳と、その右目元にある小さなほくろが非常に色っぽい。色気というならそのスタイルも大変けしからんものだった。ぷりんぷりんじゃないか。
「イーヴォ、よく帰還してくれたな。客人らよ、貴方達が彼を助けてくれたと聞いた。礼を言う」
胸に手を当て礼をする魔王様は、凛々しくさえある。
「いえ、お助け出来てよかったです。謁見の場を設けて下さってありがとうございます」
「堅苦しくならないでくれ。謁見というよりは、共にティータイムを楽しもう」
「ありがとうございます」
お色気たっぷりなのに、その表情や言葉は凛々しい。これが魔族を統べる王。
わたし達は従者の方々に促されるままに、東屋の中に用意されたテーブルへとついた。イーヴォ君は魔王様の後ろに控えている。
「冷たいものでいいだろうか。ここは暑いだろう」
「お気遣い頂いてすみません」
「いや、貴方達は恩人だからな。私は魔王領を統べる王、ヒルデガルトだ」
「わたしはクレアといいます。彼はアルトです」
テーブルには冷たい紅茶が用意されていた。ガラスポットの中にはざく切りにされた桃が沢山沈んでいる。美味しそう。
ティータワーには様々なケーキが小さめサイズで並べられている。
「クレア嬢はもしや、シュパース山のご出身だろうか」
「はい、そうです。……先代様からお聞きになりました?」
「楽しい時間を過ごしたと聞いている」
「子どものわたしにも良くしてくれて、いつも遊んでくれました」
そう、実は先代の魔王様とは知り合いなのである。といっても、両親の知り合いなんだけど。
懐かしい思い出に目を細めていると、魔王様の後ろに控えるイーヴォ君が怪訝そうな顔をしているのが見えた。百面相かな?
わたしの視線を追いかけて、魔王様もイーヴォ君に目をやる。発言を許可するように頷くと、彼は言葉をどこか躊躇するような、迷うような様子で口を開いた。
「……先代がご存命だった時に、その、そこの……あー、クレアが、生まれているとは思えないんですが……」
なんだ、わたしの名前を呼ぶのを迷っていたのか。この男はなかなかに可愛いところがあるな。
「そうだな。私が魔王の座を継いで、五十年になるか。五十年以上も生きているようには見えないと、そう言いたいのだろう?」
「魔族の方々も長寿だと知ってはいましたが、魔王様は年齢不詳ですねぇ」
「ヒルダと呼んでくれ。私から見れば、クレア嬢の方が年齢不詳なんだが」
お互い顔を見合わせて、うふふと笑う。
わたしの隣に座るアルトさんから突き刺すような視線を感じるんだけれど、うぅん……これは年齢をばらす時が来てしまったかな。
「わたしもクレアと呼んでくださいな。……アルトさんには黙ってましたけど、わたし、実はもう七十年以上は生きているんですよ。ちゃんと数えてはないんですけど、それくらい」
「は……?」
アルトさんとイーヴォ君の声が重なる。ヒルダは「私より少し下だな」と頷いているけれど。同じような年月を生きている割に、この色気の差は何なのだろう。……種族差だな、うん。
「わたし、不老なんです。ほら、そこは流石、天使と悪魔のハーフってわけですねぇ」
「不老不死なのか?」
「いえいえ、不死ではないです。死にますよ。……老いないだけでいつかは寿命を迎えるでしょうね」
「そういったところは魔族に似ているのだな」
「そうかもしれないですねぇ」
魔族も、魔力に衰えがこない限りは若々しい姿を保つ。ヒルダが七十年以上も生きていて、二十代にしか見えないのはそういうわけだ。それはまぁ、わたしも同じなんだけど。
……あれ? そういえばエンシェントエルフもそうじゃなかったっけ?
わたしはすっかり忘れていたけれど、アルトさんはまたわたしの心を読んだのか頷くばかり。
「そうだ、俺も恐らくこの容貌から年を取る事はないだろう」
「ハーフでもやっぱりそうなんですか?」
「まだ二十五年しか生きていないが、二十の頃と容貌は変わらんらしい」
「いやいやいや、そっちもかよ」
イーヴォ君が話についていけないとばかりに、盛大に溜息をつく。ヒルダは分かっていたようだけれど、やっぱり魔力探知に長けてるのかな。
「エンシェントエルフか」
「ハーフだ。父親の血が濃いのか、能力は変わらないらしい」
「ね、アルトさん。わたしはそんなに子どもじゃなかったでしょ」
「そうだな」
「いやいや、見た目は小娘だからな」
イーヴォ君が手厳しい。わたしの方が年上だと思うんだから労わって欲しい。
わたしはガラスの繊細なカップを手にする。立ち上るのは紅茶の香りだけではなく、甘い桃の香り。
「確かに可愛らしいお嬢さんにしか見えないな。……それで、クレア。私に聞きたい事とは何だ?」
わたしと同じようにカップを手にしたヒルダが低く笑う。
「この戦争で、あなた達が戦っている者についてです」
にっこり笑ったのに、ヒルダの向こうでイーヴォ君が眉をしかめたのが見えた。失礼だな、ほんとに。
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