32.悪夢ー夜明けは、まだー

「……クレア! 起きろ!」


 焦りさえ含むアルトさんの声。それに呼び起こされて、わたしはゆっくりと目を開けた。間近に東雲色の瞳が見えて、わたしは瞬きを繰り返した。顔が近い。


「……アルトさん」

「起きたか、よかった……。酷く魘されていたぞ。……ヤツか?」

「ええ……今回も最悪でした……」


 思い返して身震いする。先程よりも恐怖心がないのは、怒りが先行しているからか。

 ふと自分の状況を確認すると、アルトさんの膝に横抱きにされて抱えられているのが分かる。わたしの顔を覗き込む顔はまだ近い。


「……アルトさん、近いです」

「っ、ああ……すまない。振り返ったらお前が眠っていて、眠れるならそのままにしておこうと思ったのが間違いだったな。すぐに魘され始めた」


 アルトさんはわたしから顔を離すと、その隣に下ろしてくれた。ソファーの背凭れにこめかみを寄せるようにして、彼へと体を向けた。相変わらず毛布で包まれている。


「今回は少し話をしたんですけど、いやぁ……話が通じなくて気味が悪かったですねぇ」

「何を言っていた?」

「『君は僕のものだ』とか『欲しくて仕方ない』とか、本当に気持ちの悪いことばかり」


 そういえば髪や耳にキスをされた。拘束された手や、押し入られた足の間にも、未だ勇者クズの感覚が残っているようで気持ち悪い。わたしは両手を耳横にあてると、その感覚を打ち消そうとわしゃわしゃと乱した。


「触れられたか」


 わたしの様子に察したらしいアルトさんが苦笑を零す。両腕を摩ったり、足を叩いたりする様に溜息さえ漏らしている。

 アルトさんは手を伸ばすと、乱れたわたしの髪に手櫛を通した。優しく直すその仕草が心地いい。


「わたし、どれだけ寝ていました?」

「十分ほどだ」

「十分であれですか……えー、もう本当に無理。寝れない」


 それ以上夢に囚われていたら、襲われてしまう。いや、いまもどっちかっていえば襲われているけれど、もっとおぞましい目に遭わされる!

 寵愛を競っているあのセクシー集団で満足していてくれたらいいじゃないか。もう関わらないで欲しい。


「……アルトさんの声が聞こえたんです。わたしの名前を呼ぶ声が。それがアルトさんだって気付いたら、勇者の支配下から抜けられて……。助けてくれてありがとうございます」

「そう、か……届いていたなら良かった。勇者は夢について何か言っていたか?」


 勇者が言っていたこと。されたことの嫌悪感でいっぱいだったけれど、そういえば…。

 髪を整え終えたのか、アルトさんの手が離れていく。わたしは改めてソファーに座り直すとまた膝を抱えた。毛布の下で寝着の裾で膝を包み足首まで隠す。


「勇者とわたしを繋ぐ、ふたりだけの夢だとか。夢が勇者の支配下にある事を否定しなかったとか……」

「支配下にあった?」

「そう、何もない空間なのにわたしが逃げられないように、壁が出来たり」

「となると、ヤツの夢にお前が引きずられた形になるのか。他人の夢の支配権を奪うのは早々出来る事ではないからな。繋いだ回路を壊す必要があるな」

「父の書き残した魔導具帳で探してみますね」

「俺も古い文献で夢渡りについて調べよう」


 夢の支配権が勇者にある以上、これ以上夢で干渉されるのは非常にまずい。

 勇者はわたしを陥落させて、自分から勇者の元へくるようにさせたいのだろうか。それとも夢で接触するだけで暗示をかけているのだろうか。どちらにせよわたしが目的なのは間違いない。


「最初の夢より震えていないな」

「二回目は、気持ち悪さと怒りが勝っているようです」


 アルトさんの指摘に、そういえばと答える。怒りが持続している間はいいけれど、落ち着いたら恐怖に震えてしまうのだろうか。それは嫌だな。それならずっと怒っていたい。


「また魘されたら、俺が必ず起こしてやる」

「でもそれじゃあアルトさんが休めませんよぅ」

「お前と交代で眠ればいい」

「……盲点」


 アルトさんが本当に休んでくれるかは怪しいから、強制的に休めるようヴェンデルさんに掛け合おう。そしてアルトさんがいない時にわたしが魘されていたら、水をぶっかけるでも何でもして起こして貰えるよう、レオナさんにお願いしようとも思った。


 夜が明けきるまでもう少し。

 わたしはもう眠れそうにないから、先にアルトさんに休んで貰いたいんだけど……。気遣う視線を向けてくる彼は、いまはわたしを一人にしないようだ。それならそれで、いまは有難く甘える事にしようと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る