━━ 一節 ━━

蒸気船。


快晴の下、潮風が心地よく、重低音の汽笛を船全体に響き渡らせる。


「ふォーーーッ!!」


そして、それに負けないくらい騒いでいる子供も…。


デッキのど真ん中で、両手を空に掲げるヒヨリは、手すりに寄っ掛かりながら、水平線ばかり眺めているハルカに声をかける。


しかし、彼女とは正反対で、気分は下げ下げだった。


「どうしたのハルちゃん、船酔い?」


「ちッがうよ…。

アンタ、この船に乗るまでの道のりをもう忘れたの?」


思い返す素振りを見せるヒヨリに、心底呆れてしまう。


旅が始まって早々、問題が発生したのだ。


港町に向かうハズが、何故か彼女はよく道から外れようとするのだ。


確かに看板や道を辿れば目的地に到着するのだが、たまには寄り道も必要なのだと言い張る。


最初は、オレも好奇心で面白おかしく彼女の後をついて行ったのだが、行き止まりにも関わらず障害物を乗り越えようとするし、二手の分かれ道だと真ん中の道なき道を通って崖に落ちそうになったり等々…。


2日で着く距離を5日もかかってしまったのだ。


深いため息を吐くと、ヒヨリが肩を叩いて慰めようとする。


「人生、山あり谷あり。

そんなに下ばかり見ていたら、幸せが逃げて行っちゃうゾ!」


「実際は壁と崖ばかりだったし、足元見ていなかったら死んでたじゃんッ!!」


的確なツッコミをいれるオレ。


「つか、流れで船に乗っちゃったけど、今から向かう国に本当にいるのかよ。

騎師団の残りのメンバーがそこに…」


疑心を抱きながら、口から不安を漏らす。


「絶対にいるよ! だって港町でランチしてたとき、おばあちゃんからあの国の話聞いたじゃん」


「オレの金でなッ」


「だから、そこに行く前に必要な物を揃えて━━」


「オレの金でなッ」


「入国手続きして、この蒸気船に乗ってるんじゃない!」


「オレの金でなッ」


ヒヨリの今までの経緯に口を挟むハルカ。


2時間程前、町に着いた2人は、気が緩んでしまったのか空腹だということに気付き、急に力が抜けてしまったのだ。


そこで、最初に目に入った食堂で腹ごしらえをすることに。


胃袋にみっちり食べ物を詰め込んで、満腹感に浸っていると、店内の片隅でゆっくりお茶をしている円背のお年寄りが、2人を見て珍しく思ったのか、声をかけてきたのだ。


軽く事情を説明をすると、ジャオという島国に行ってみるといいと勧められる。


10年程前に出来た発展途上国で、世界初最年少の若き国王が統治しているという。


国についての情報を色々教えてもらい、ヒヨリが突拍子に行ってみようと言い出したのが事の発端である。


「ちょっと! さっきから何小ッちゃいこと気にしてんの!?」


「小ッちゃかねェ!!

でけェよ損害がッ!!

何で姐さんの分の旅費をオレが出してんの!?」


「だって、アタシお金持ってないし…」


「ちょッ!? じゃあ、今までどうやって生活してきたんだよ!?」


言い返そうと口を開くが、グッとこらえて喉の奥に引っ込めた。


「とにかく!

あの話が本当だとしたら一気に4人増えることになる。

そうなれば、魔女を倒す日も近くなるってことでしょ!?」


「そりゃあそうだけど…」


無理矢理話を元に戻したヒヨリに、まだ言い足りなそうに腹の虫を抑え込んでちょっと不貞腐れてみる。




魔女、バートリ・エルジェーベト。


自分をこの世で最も美しい存在と称し、夢の中で世界最強の7人を揃え、強引に騎師団を結成させた張本人。


自分が最強すぎたため、討伐しようとする者が現れないことに落胆し、呪いをかけてまで自分を殺しに来るよう仕向けるという強行手段まで仕掛けてきたのだ。


平易に言うと、全てを持っていて何でも出来てしまう天才は、それが出来て当たり前すぎるためか、相手にしてもらえなくて面白くないので、自分からちょっかいをかけに行くという…。


つまり、かまってちゃんだということだ。


なんともまァ、精神年齢が幼稚すぎて、傍迷惑な話である。


“梟雄”、“剣聖”、“封魔師”、“人形”、“偶像神”、“幽鬼”、そして“烙印者”━━。


魔女が称し、この世で最も自分を殺せる可能性を持つ者達らしい。


そのうちの4人が、もしかしたら今から向かう国にいるのではないかと姐さんは推測しているようだが…。


しかし、いくつか疑問に思うところがある。


なぜ、魔女はオレを選んだのだろう。


確かに、オレは普通の人とは違い、錬金術を扱えるが、初心者であり、基本中の基本、かじった程度である。


スーガさんに拾われたばかりの頃、毎日図書館に連れて行かれ、仕事が終わるまでここで大人しくしていろと言われたのを覚えている。


そこで、様々な本を読み、錬金術と出会った。


世間では、神への挑戦、魔術の対抗手段など色々噂されているが、オレからしたら料理と一緒である。


例えて言うなら、カレーを作るのに主な材料は、肉、人参、玉ねぎ、じゃがいも、ルー、水。


それらを必要な分切って、計って、熱すればカレーの出来上がり。


というように、錬金術とは、様々な成分、物質量を正確に計算して、それらを熱し、混ぜ合わせて形をつくることで出来上がるものなのだ。


オレの場合、一種類の物質量しか演算出来ない。


錬成陣を描いて行うのであれば話は別だが、それでも2種類が限度である。


錬金術師は、先ほど説明したように様々な成分、物質量を正確に演算しなくてはならないため、演算過程の補助の役割がある錬成陣を描くのが一般的なのである。


しかし、その成分、物質が何種類もとなると描く陣が複雑になっていき、頭の中の演算方法もまた複雑になっていくのだ。


この間、腐人に襲われたとき、姐さんが弱点は“銀”だと教えてくれた。


だから、武器を錬成するために必要な分の銀だけを周りからかき集め、錬成陣無しで頭で演算し、成功することが出来たのだ。


オレは、そこまで賢くないし、不器用なんでね…。


つまり、“肉”しか焼けないってことだよ。


そんなオレを魔女は“幽鬼”と称した。


名前からして禍々しさを感じるが、自分がまだ気付いていない特別な力みたいなものがあるというのだろうか。


もしくは、5年前にオレが記憶を無くしたことと何か関係が?


そして、“烙印者”ヒヨリである。


なぜ、オレの名前を知っていたのだろうか?


本人に問い質しても上手く流されてしまい、訳を話そうとしてくれない。


約一週間、一緒に過ごしてわかったことは、素直すぎて嘘をつけない性格であること。


そして、オレよりも世間知らずで、野生児なのではないかと思うくらいだ。


“烙印”━━。


そのおかげで超人的な力を手に入れたんだとしたら、一体どうやって? 元々は何のために?


「ハルちゃん! アレ!」


ヒヨリの浮かれた声が聞こえてきた。


色々考えているうちに、目的地が見えてきたようだ。


まァいいさ、そのうちわかるだろうし…。


自分の荷物をまとめ、上陸する準備をはじめる。




━━ジャオ国。


外国からの輸送船が何隻も行き来し、石油も産出している島国である。


巨大な工場がいくつもあり、そこで稼働している重機からは、重々しさを感じられる。


埠頭には、貨物用コンテナが積み重なり、船の荷物をクレーンが上げ下げしていた。


そんな中、埠頭に足をつけたばかりだというのに、またもや問題が発生する。


「入国許可証を失くした、だと!?」


眉間にシワを寄せる強面の入国審査官を前に、ヒヨリがたじたじになっている。


「あッいや、その、さっきまでポケットに入れてたハズなんだケド…」


頭を抱えながら聞いて呆れるハルカ。


2人分の許可証を、自分が責任持って管理すると言い張るので、仕方なく渡してしまった数分前の自分を恨む。


「入国は認められん。

しばらく身柄を拘束させてもらう」


「そんなァ!!」


ショックを受けるそばで、既にハルカが両手を差し出していた。


「姐さん、諦めろ。

姐さんなんかに持たせてしまったオレにも責任はある」


「それ、どういうこと!?」


すると、向こうから駆け足でこちらに向かって来る者がいた。


「すまない、その者達はわたしの客人なんだ」


止めに入ってくれたその者を前に、2人は愕然とする。


まとまった長い黒髪をかんざしでとめ、着物を羽織っている。


そして、腰には2本の刀。


間違いない、この人は夢の中で見た騎士団の一人。


“剣聖”である。


「とッとんたご無礼を! お許しください“国王様”!!」


突然の登場に、入国審査官は慌てて頭を下げる。


「こッ国王ォ~!?」


彼の身分に驚きを露にする2人だった。


あるじッ!」


後から続いて3人が彼の元へ駆け寄って来る。


皆、彼と同様に腰に2本の刀を携えている。


「急に離れないでくださいよ。

んで、この者達は?」


この場にいる誰よりも体格が大きい青年。


アゴヒゲを軽く擦りながら2人を見下ろす。


「この間話したろう? 夢の中に出てきた者達だ」


あるじが手も足も出なかったという、あの?」


彼の説明に、3人は疑いの目をヒヨリ達に向ける。


「自己紹介させてほしい。

私は、タオ。

この国で王をやらせてもらっている。

そして、この3人は、私を支えてくれる仲間であり、家族のユエン、ゴウ、イェジーだ」


中肉中背で物静かそうな青年と、前髪を七三に分け、メガネをかける女性が会釈する。


「ようこそ、我が国へ!!」


タオは、さわやかに2人を歓迎した。


緊張気味のハルカと違い、ヒヨリは元気いっぱいで手を上げながら挨拶を済ませる。



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